(社福)東社協高齢者施設福祉部会・センター部会
被災地の福祉避難所への介護職員の派遣
掲載日:2017年11月30日
ブックレット番号:1  事例番号:11
宮城県気仙沼市/平成24年3月現在

東日本大震災に伴い、宮城県から東京都に対して宮城県気仙沼市に設置された2つの福祉避難所への介護職員派遣の要請があり、東京都は、東社協高齢者施設福祉部会・センター部会に協力を依頼しました。部会では、会員施設の職員により6~7日間のローテーションを組んで派遣することとし、平成23年4月10日から7月28日までに、79施設91人のべ586人の職員を派遣しました。

 

旧保育所が福祉避難所に

 

*派遣先:福祉避難所「落合保育所」

*派遣人数:50施設56人のべ366

 

 部会により介護職員を派遣した先の一つは、宮城県気仙沼市の「落合保育所」です。ここは数年前から一時的に使用しなくなった小規模保育所で、今回の震災で7月いっぱいまで福祉避難所となりました。もともとが保育所ですから、備品も子どもサイズでテーブルも低いものです。ライフラインは全て整っていますが、2つの保育室をそれぞれ就寝スペース、食堂として使用しました。トイレは和式のため、ポータブルトイレを居室のそばに一つ、トイレの中に一つ用意していました。

 

 時期により異なりますが、避難者は、一般の避難所で過ごすことが難しかった方々で、10人程度。ADLは高く、認知症状もほとんどみられません。派遣職員の役割は、見守りが主で、その他に、食事の準備、掃除、洗濯等の生活援助が中心でした。

 

 この福祉避難所の大きな特徴は、使用されていなかった建物を福祉避難所としたため、現地に固有の介護職員の配置がなく、県外からの派遣職員が交代で支援をつないでいた点です。部会から派遣された職員は3組2人ずつに分かれて、7:0016:0016:001:001:009:00を毎日交代で勤務しました。

 

東社協高齢者施設福祉部会・センター部会大規模災害対策検討委員会委員長の染谷一美さん(特別養護老人ホーム「文京白山の郷」施設長)は、落合保育所で活動した介護職員からの印象に残る話をふりかえります。「『介護施設としての設備が整っていない現場で、お互い初めてのチームで知恵を出し合い、いろんな工夫をした』という話に、介護職員としての専門性を感じた。普段から高齢者の生活に寄り添う仕事ができているからこそ、何もないところでも、どういうことが大事か考えることができる。工夫してプライバシーや腰痛に配慮したり、リハビリの環境が整っていない中で残存能力を発揮して機能が低下しないよう、洗濯物をのばす作業を一緒にやってもらったり。そういったことができたのは、やはり介護職員ならではだろう」と話します。

 

 落合保育所で活動した介護職員からの主な声には、次のようなものがありました。

 

震災当日の話をする方が多く、つらい話でしたが、ただ話を聞くことしかできませんでした。

震災当日の話を聞くとき、実際に被害に遭っていない自分が受容するような受け答えをしてしまってよいのか、相手が笑顔で話しているからといって、果たして笑顔で受け答えしてよいのかに悩みました。そんな中、避難者がお互いを思い合って声をかけあっている姿がありました。

避難していたのは自立している高齢者です。共同生活をサポートする意識で関わりました。普段、特養ホームで働いていると、ついつい手をさし伸ばしそうになってしまうので、その線引きは難しいものがありました。

ベッドが足りず、ビール瓶のケースを利用してベッドを作ったり、プライバシーを保持するためにあらゆるものを活用してトイレを作ったり、衣類の入ったダンボール箱の置き場所を工夫して安全を確保しました。「どうにかしたい」という気持ちがアイディアを生み、チームワークが自然に育ちました。

利用者には活気もあり、笑顔もありましたが、夜間に見守りをしていると、うなされたり、微弱な地震で飛び起きたり、心の傷は癒されていない状況がうかがえました。

 

特養に地域の高齢者を定員超過で受入れ

 

*派遣先:福祉避難所「特別養護老人ホーム春圃苑」

*派遣人数:29施設35人のべ220

 

 もう一つの部会からの介護職員の派遣先は、同じ気仙沼市の福祉避難所「特別養護老人ホーム春圃苑」です。春圃苑は、定員60人の平屋の特養にデイサービスセンター、地域包括支援センター、居宅介護支援事業所が併設されていて、海沿いの崖の上にあります。震災当日、海岸には21mの津波が押し寄せましたが、25mの崖の上にあったため、直接的な被害を受けず、利用者、職員、建物は無事でした。津波警報が鳴ったときは、万が一に備えて車に乗れる利用者は車に、乗れない利用者はベッドのまま駐車場の脇の丘まで避難しました。ライフラインが止まり、雪が降って氷点下となり、暖をとるのが困難となりました。施設内の石油ストーブ10台と職員の自宅から借りた10台で暖をとりました。物流が途絶えたときも備蓄品や地域住民のおかげで施設として機能することができ、電気は3月末、水道は5月末に復旧しました。

 

 染谷さんは「施設長からうかがった話で驚いたのは、ケアマネジャーと地域包括支援センターの職員が地域の避難所をまわって、避難所で生活が難しい要介護の高齢者を施設に連れてきたとのこと。定員60人の施設で一時期は最大110人まで受け入れている。こうしたことができるのは、やはり施設とコミュニティとの関係がしっかりできているからだろう」と話します。4050人を受け入れたところで、職員が施設長に「これ以上は無理でしょうか」と尋ねました。施設長が「もう少し頑張ってみよう」と答えると、職員がもう一回りしてくれたそうです。

 

 受け入れた高齢者は廊下や食堂、あらゆるところにベッドやマットレスを敷いて避難生活を送りました。デイサービスセンターが休止したので、その職員も含めた全体の職員と外からの支援者により介護を行いました。狭い空間で生活していたため、最も心配されたのは感染症です。掃除や食堂、口腔ケア、エコノミー症候群を防ぐためのケアに気が配られました。

 

 職員も被災しており、避難所から通う職員もいました。そうした中、職員からの提案で1516時間の連続勤務のシフトにして、交代で休みが取れる状況を作りました。部会からは各期3人の介護職員を派遣しました。「施設職員の負担を少しでも軽くすること」が目標となり、話を傾聴できて、自ら行動できる人が必要とされました。

 

 春圃苑で活動した介護職員からの主な声には、次のようなものがありました。

 

外から来た人間に津波の恐怖や避難生活のつらさを話すことによってストレスが解消されているように思えました。

勝手の異なる施設での業務で、難しさも感じましたが、毎日の業務終了後に派遣職員同士で「自分たちは何ができるか」「どのような視点が必要か」を綿密に話し合いました。

苑の職員が「被災者が被災者を看ている状況だった。派遣職員が利用者に寄り添って傾聴しているのを見て、必要なことはこういうことなんだろうなと思った」と話していましたが、苑の職員は利用者のペースを大事に笑顔を絶やさず利用者を支援していました。

定員超過で地域の高齢者を受け入れていましたが、自分の施設に置き換えてみて、同じことができるか考えさせられました。「地域交流」を理念に揚げつつ、自分の施設の周囲にどれくらいの高齢者が暮らしているのか、震災があったときどんな援助が必要なのかわかっていないことを改めて感じました。

 

機能を失った施設と避難区域に残る施設

東社協高齢者施設福祉部会、センター部会、介護保険居宅事業者連絡会では共同で義援金を募集し、東日本大震災により被災した福祉施設等へ贈呈しています。

 

 染谷さんが贈呈にあたって訪れた施設の一つ、仙台市にある特別養護老人ホーム「潮音荘」は訪れてみると、無人となった施設でした。津波によりエレベーターのドアがひしゃげて内部の調度品も流されてなくなり、がれきで埋め尽くされていました。地震後、約30分~40分で押し寄せた津波は海岸の防潮林をなぎ倒し、それが建物に突き刺さるように流れ込み、被害を一層大きくしました。利用者を連れて屋上に逃げたものの、利用者4人、職員2人が津波で亡くなり、利用者1人が行方不明となりました。潮音荘の利用者は同一法人内の施設で定員超過の状態で受け入れてもらっていました。

 

 染谷さんは「被災地の施設では、押し寄せる津波から利用者を2階に避難させる際、もうどうしようもない状態でまだ1階に残っている職員に施設長が『早く上がって来い』と呼びかけたところ、『そんなのはいやだ。まだ助けられる』と答えられた事例も報告されている。同じ管理者として身につまされる思いだ」と話します。

 

 また、染谷さんは義援金の贈呈のため、福島県飯舘村の特別養護老人ホーム「いいたてホーム」も訪れました。いいたてホームは、村が福島第一原発の事故に伴い計画避難区域となったとき、高齢者の避難移動が利用者の生命の危険にもつながると判断し、施設の事業継続を国等に働きかけて特例措置を認めてもらいました。職員は村内に住むことができないので、約30キロ離れたところから片道1時間~1時間半かけて通勤しています。食材等の買出しにも苦慮しています。施設内の線量は比較的低いのでホーム内で過ごす分には心配しなくてもよい状況ですが、屋外の活動が制限されるため、利用者を近隣の町へ外出に連れ出すなどの工夫をしています。

 

 染谷さんは、いいたてホームの重い決断に「職員、利用者、家族のコンセンサスがないとできないこと。利用者の生活と命を守ることを最優先に関係者が一丸となっていることにたいへん感動した」と話します。

 

 


 

取材先
名称
(社福)東社協高齢者施設福祉部会・センター部会
概要
(社福)東京都社会福祉協議会 高齢者施設福祉部会・センター部会
(平成26年4月1日より「東京都高齢者福祉施設協議会」)
https://www.tcsw.tvac.or.jp/bukai/kourei/
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