(社福)わかば福祉会 理事、日野わかば保育園園長 宇野 宏武さん(右)
NPO法人ことばのいずみ教室 理事 芳賀 道(左)
あらまし
- 知的な発達に遅れはないものの、読み書き等に困難を覚え、小学校で勉強についていけなくなる学習障害(LD)の子どもは、ADHD等と合わせると6~7%程度存在するといわれています。今号では、法人の社会貢献事案の一環としてLDの検査と予防教育を協力して実施している、社会福祉法人わかば福祉会の宇野宏武さんと、NPO法人ことばのいずみ教室の芳賀道さんにお話を伺いました。
社会福祉法人わかば福祉会の理事で、日野わかば保育園の園長を務める宇野さんが、中央大学の天野清教授から「LDの検査と予防教育に協力してほしい」との依頼を受けたのは平成12年のことでした。
LDは小学校の学習で困難を示して初めて発症が認められるものですが、知的障害等と違って、早期に適切な教育を行えば回復が可能だとされています。
天野教授は長年LDの研究に取組んでおり、小学校でLDと判断されてから教育を行うのではなく、就学前にLDとなる可能性のある子どもを検査で発見し、適切な教育を施すことで、その発症を未然に防ごうと考え、近くにあった日野わかば保育園に協力を依頼したのです。
宇野さんは自園の卒園児が小学校でLDとならずに楽しく教育が受けられるようになるならばと思い、天野教授からの申し出を快諾しました。
NPO法人「ことばのいずみ教室」と協力したLD予防教育の実施
活動をはじめて数年は、わかば保育園を含めた数か所の保育所と幼稚園の園児を対象に、中央大学の天野教授と学生たちが中心となって、LDの検査と予防教育の研究を行い、教育プログラムを完成させました。
状況が変化したのは、平成17年にわかば福祉会が日野市から子育てひろば「あかいやね」を受託してからでした。わかば福祉会は、「あかいやね」の一部を日野市の理解を得て活用し、日野市全域を対象としたLDの検査と予防教育の事業を開始したのです。
検査や指導を担う「ことばのいずみ教室」は天野教授が代表の任意団体として活動を始め、多くの研究者のボランティア精神に支えられて取組みを続け、平成24年にはNPO法人の認定を受けています。
検査は毎年3月から5月に、5歳児(新年長)を対象に実施しています。1次、2次、3次と検査は段階を踏んでおり、問題がなければ1次検査あるいは2次検査で「LDの心配なし」と判断されます。
2次、3次検査を経てLDになる可能性があると判断されれば、保護者にLD予防教育の受講を提案します。
対象児には6月から翌年3月まで、1週間に2回、子育てひろば「あかいやね」に通ってもらい、「ことばのいずみ教室」の指導員による、90分を単位とした1対1の指導が行われます。週に2回、90分という長時間の指導は子ども、保護者、指導員にとって大変なものではありますが、LDの予防にはそれくらいの時間と労力が不可欠だといいます。取組みを始めたころから活動に関わっている「ことばのいずみ教室」の芳賀道さんは、「子どもが楽しく学習に取組めるよう、工夫して指導を行っている」と話します。
LDの検査に使うカードとおはじき。
大学での長年の研究が、検査や指導に活用されている。
わかば福祉会としての取組み
わかば福祉会では、「あかいやね」の場所を活用するだけでなく、わかば保育園に通う対象児については指導員と情報を共有し、日々の保育でもその発達をより注意して見守るよう心がけたり、他の保育園や幼稚園に検査への参加を促すなど、LD予防のため、全面的に協力しています。
また、芳賀さんたちが研修を行い、わかば保育園の保育士は1次検査を自分たちで実施できるようになっています。宇野さんは、「保育士はこのような客観的な検査に携わることで、全く違う視点で子どもをみることが出来るようになった」と言います。
ベテランの保育士がはじめてこの検査の実施に参加し、おとなしいと思っていた子どもの積極的な一面を見て、驚いたというケースもありました。
子どもたちの成長するすがたが何よりのよろこび
指導の効果は目覚ましく、最初は消極的だった子どもが積極的になったり、口数の少なかった子どもが活発に話すようになる等、「子どもたち自身が、今まで出来なかったことが出来るようになり、生き生きとしてくる。その成長をみて、保護者も非常によろこんでくれる」と宇野さんは話します。
芳賀さんは、「小学校で勉強についていけるかいけないかは、本人の人生を大きく左右する。不登校やひきこもり等、社会的な問題にもつながる。
それを予防できるこの取組みには、本当にやりがいを感じている」と言います。
社会福祉法人であるわかば福祉会と協力して事業をすすめてきたことについては、「社会福祉法人だからこそ、私たちのような小さなNPO団体の活動でも、保護者の方が安心して検査を受け、指導に通うことができるという面はあると思う」とその意義を強調しました。
また、宇野さんは、「収益のことを考えれば、検査や指導のノウハウを対外的に公開するようなことはしないだろう。
『子どもたちのために』という思いで協力して取組んできたからこそ、取組みを日野市全域に広げ、事業を育ててこれたのだと思う。また、東京都から自主事業として認められたことも力になった」と話しました。
子育てひろば「あかいやね」の畳敷きの小さな一室。
ここで芳賀さんたち指導員が子どもの指導を行う。
保育園、幼稚園の垣根なく、地域の子どもたちのために
平成27年度のLDの検査には、62名が参加を申し込み、現在検査がすすめられています。説明会に参加した園は13園で、保育園だけでなく、幼稚園からの参加者も増えてきました。
「この事業の意義が地域に認められてきたと感じ、非常にうれしい」と宇野さんは話します。
指導を行う人材の確保が難しく、現在は年に6、7人の子どもの指導が限界ですが、今後も理解や協力体制の整備をすすめ、より多くの子どもに指導を受けてもらいたいと考えています。
「小学校に入った後に私たちのことを忘れてくれることは、よろこばしいことだと思っている。
検査や指導を思い出さないということは、問題なく勉強に取組めているということだからだ」と笑顔で話す芳賀さんに、宇野さんは何度もうなずき、「私たちのような小さな法人には、大きな注目を集めるような社会貢献は出来ない。
それでも、人材や場所、知識など、持っているものを活用して、地道に活動してきた。
これからも、地域の子どもたちの健やかな成長の一助のため、多くの人や団体と協力して、この取組みを続けていきたい」と話しました。
法人概要
- (社福)わかば福祉会
「自然を愛し、平和を愛する心身ともに健やかな子」の育成を目標に、昭和56年に設立された。
日野市内で保育所、一時預かり事業、地域子育て支援拠点事業等を実施している。 - NPO法人ことばのいずみ教室
LDが疑われる子どもの検査や個別指導の実施、LD教育の普及を行っている。
平成17年に任意団体として活動をはじめ、平成24年度に東京都の認可を受けてNPO法人となった。
http://www.wakaba1981.jp/index.html
NPO法人ことばのいずみ教室
https://blog.canpan.info/kotobanoizumi/archive/1