(社福)東京都福祉事業協会
特別養護老人ホーム赤羽北さくら荘 主任事務員 井坂 哲朗さん
東京都北区赤羽北高齢者あんしんセンター 社会福祉士さん 関口 久子さん
あらまし
- 「うきあか会(*1)」(北区)は、社会福祉法人の呼びかけにより結成された、地域包括支援センター圏域での介護事業所間のネットワークです。共に学ぶ研修の場を設けたり、物品の貸し借りや研修講師の派遣など、地域の中で事業所同士のご近所づきあいを10年続けています。その効果は、施設の職員定着率の良さや、地域内で育成に関わる人材が育つ地域づくりにもつながっています。(*1)うきあか会(うき=浮間・あか=北赤羽)
施設を出て地域の中へ
平成18年の介護保険制度改正当時は、民間企業が続々と介護業界に参入した時期でした。赤羽北高齢者あんしんセンターの関口久子さんは、「民間事業所やさまざまな福祉サービスが増える中、一緒に研修等を受けるたびに違和感があった」と話します。関口さんの声かけで、さくら荘内の特養やショートステイ、デイサービス、在宅介護支援センター(当時)、訪問介護、居宅介護支援の6部門の主任が集まり、地域の中の社会福祉法人である自分たちには、今後どのような役割が求められるのかを半年間話し合いました。そして「地域の中に出て行こう」と方向性が決まりました。施設内では反対の声はなかった。そのような施設の風土が実現を後押ししてくれた」と関口さんは話します。
施設長をはじめとする職員の賛同も得て、当時、地域包括支援センター設立にむけてイメージが出ていた圏域内の全施設・事業所に、さくら荘施設長名で施設間ネットワークの呼びかけを行いました。第1回目の会合では9施設の施設長が集まりました。2回目以降は現場の支援員や相談員が集まり意見を交換しています。事務局はさくら荘が担っていますが、実行委員会形式をとり、実行委員会の会合を毎月、会議を3〜4か月に1回開催しています。事業計画・報告も作成し、暑気払いや交流会なども実施しています。
事業所の“ご近所づきあい”
うきあか会の主な取組みは、参加者からのアイディアで、「圏域内で無料の研修の実施」と「物品貸出し」となりました。研修は各施設へのアンケートで上位のテーマを採用し、年2回実施しています。参加費無料で実施するために、うきあか会の施設・事業所職員の人的なネットワークを活用しています。当初は、つながりのある外部の方に講師をお願いしていましたが、10年続ける中で、うきあか会の施設職員や関係者が人材育成に関わる立場になり、研修を提供するという好循環も生まれています。圏域内で人材が育つ土壌がつくられることで、春にはうきあか会の各施設・事業所の主任を集めた中間管理職研修を実施したり、行政担当者に依頼し、勉強会を開くこともあります。研修開催に関わる、資料代や講師の交通費等は事務局を担うさくら荘が共催という立場をとり、負担しています。
物品貸出しについては、「お互いさま・貸し出しリスト」(表1)を毎年作成しています。各施設から貸出し可能な物品リストを提出してもらい更新しています。貸出し希望は事務局に連絡が入り調整を行います。例えば、敬老会の時期には紅白幕、夏祭り時期には椅子やテーブル、車いすなどの希望が多いです。グループホームやデイサービスなどは物品を保管しておくスペースがなく、購入するための予算にも限りがあります。特養は保管スペースが確保しやすく、新しい施設よりは歴史があり規模が大きい分、保有している物品数も多いです。
また、物品と共に、各施設の職員自身が提供できることもリストの項目に入れています。「英会話ができる」「介護保険の説明ができる」「トランス(=トランスファー:移乗)の指導ができる」などです。ある時、各施設の新任職員への指導について「先輩によって教え方が違う」という声がありました。そこで、この「指導できる」という人的資源を活用し、うきあか会の新任職員全体で学ぶ場も設けました。
制度に乗らない困りごとを頼みやすい関係は、お互いのやり取りの潤滑油になっています。本来業務を円滑に行うことができるようになった他にも、ちょっとしたお願いをし合える関係が生まれています(表2)。「地域の普通のお家にあるような交流がしたかった」と関口さんは言います。
研修会の様子
地域の力をつける
北区社協から、地域のおまつり参加の声かけがあったことをきっかけに、うきあか会として地域マップを作成し、イベント時に住民に配付し始めました。これまでに、AED、町のお医者さん、トイレマップ、車いす貸出場所などのマップを作成しました。日中事業所内で業務がある人は、情報をまとめる際の事務を担当します。外に出ることが多い包括の職員が情報収集するなど、本来業務を活かした情報収集と、住民への情報提供を行っています。福祉施設をまとめたマップを活用し、地域の方や民生児童委員向けに説明会を開催したことがあります。その際に、「地域内にこんなに福祉施設があったのか」という感想がありました。特養は建物も大きく地域の方に認識されやすいですが、グループホームのような外観からは目立たない施設についても、どのような施設かを説明し、理解を深める機会になりました。
10年間続けてきて
10年前は、道路でお互いの施設のバスがすれ違うことはあっても、職員同士が話す機会はほぼありませんでしたが、10年ご近所づきあいを続けていく中で、駅のホームで職員同士が立ち話ができるほどの関係になってきています。さくら荘主任事務員の井坂哲朗さんは、「中核職員同士の交流は、他ではなかなか耳にしない。この地域の福祉職の力の底上げにつながっていると感じる」と話します。そして、関口さんは「地域の福祉職の定着率の良さもあり、うきあか会が続けてこられた」と言います。さらに井坂さんは「顔がわかるだけでなく腹の内も見せられる関係になれ、うきあか会がある事で定着につながっている面もある。さくら荘でもこの数年退職者はいない」と言います。
今後の課題について井坂さんは、「民間事業所は異動や転勤などで数年で担当者が変わってしまうこともあり実行委員会も古くからのメンバーに固定しがち。地域公益活動を行いたいという目的を持つ施設が出てくるなど、10年を一つの節目にし、今後の自分たちの地域づくりをどうしていきたいかを、今年度の集まりでは話していくつもり」と話します。
困ったときに助けあえるご近所づきあいは、今後の福祉人材の確保・定着・育成を考えて行く上でも、地域の課題解決力を高めていく視点でも更に注目される取組みです。
(社福)東京都福祉事業協会 特別養護老人ホーム「赤羽北さくら荘」
http://www.tfjk.or.jp/