あらまし
- 団塊の世代がすべて75歳以上に到達する2025年(平成37年)まであと10年。平成27年6月15日に政府の医療費適正化に関する専門委員会は、高齢者人口が激増する首都圏等ではなお不足する病床を増やすものの、全国的には10年後に1割の病床を削減し、新たに30万人以上を在宅医療で対応すると発表しました。介護保険法改正においても区市町村による地域支援事業の一つに「在宅医療・介護連携推進事業」が新たに位置付けられています。今号では地域において幅広い参加と協働をすすめる視点から、医療と介護の連携を考えます。
東京都の今後10年の高齢者人口の推移の最大の特徴は、後期高齢者の増加で、これが地方と比べて短期間で急激な増加を見せることです。10年間で前期高齢者が微減するのに対して、後期高齢者は1・3倍の約198万人に達すると見込まれています(図)。そこで課題となるのが、「在宅医療と介護の連携」です。
平成27年4月に施行した介護保険法改正では、地域支援事業の充実の一つに「在宅医療・介護連携推進事業」を新たに設け、29年度末までに全区市町村で実施することとなっています。都内では、医療施策の流れによる包括補助を活用し、これまでに34区市が在宅療養推進協議会、26区市町村が在宅療養支援窓口を設置しています(26年度末現在)。国はこうした成果をふまえて、区市町村を保険者とする介護保険にほぼ同様のメニュー(表の8つの事業項目)を位置付けました。
区市町村が医療と介護の連携を推進する主体となることは、それが住民の暮らしをどう変えるかという視点をもつことを意味します。4つの区市の事例から、そのあり方を考えてみます。
顔の見える多職種連携と市民の視点 ― 府中市
府中市では、介護保険制度が定着してきた頃、在宅介護支援センター(当時)に病院から「明日、退院します」という連絡が急に増えた時期がありました。本人と家族に在宅療養のイメージも十分になく、「明日」ではどういうケアが必要かを十分に検討する時間もありません。そこで、基幹型在宅介護支援センターの保健師は、近隣の病院のMSWに呼びかけて在宅介護支援センターとの情報交換会を設定しました。地域が在宅療養を受入れるためには準備が必要であることを病院に理解してもらうためです。この情報交換会は今も続けられています。地域包括支援センター泉苑の清野哲男さんは「相互理解がすすみ、今では『明日』というケースはほぼなくなった」と話します。こうした経験からも、連携には「音頭を取る存在」が重要であることがわかります。
府中市では、25年度に都の包括補助を活用して、医療・保健・介護の関係者と公募市民等から構成する「在宅療養環境整備推進協議会」を設置しました。これまでの2年間、主に①市内の地域資源調査の実施、②自由な会話が成立しやすい「ワールドカフェ方式」の交流会による多職種連携の推進、③在宅療養支援窓口設置の検討をすすめてきました。協議会に委員として参加している清野さんは、「顔の見える関係ができた。また、市内にある都立の総合病院が地域に目を向けて医師に多職種が交流する場への参加を呼びかけてくれるので、医師からも参加が得られやすくなった」と、2年間をふりかえります。
各医療機関の在宅療養に関わる対応項目等を把握した「地域資源調査」は、定期的に情報を更新していく予定です。関係機関と共有して相談対応に活用していきますが、これは、市が在宅療養の現状と課題を把握することにもつながります。今後はさらに、「もし、自分や家族が高齢になって病気になったとき、どうすれば、在宅療養が可能なのか」を市民が正しく知るための情報をどう示していくかが課題です。また、協議会では「在宅療養支援窓口」のあり方を検討し、27年度から市内11の地域包括支援センターをその窓口に決め、積極的に周知を始めました。これは各センターに介護予防コーディネーターが増配置されているため、看護職が介護予防業務に忙殺されることなく、相談対応できる土壌があってこその選択でした。市は地域の相談窓口を後方支援する役割を担っていきます。一方、清野さんは「入院前に介護サービスを利用していない方は、『地域包括支援センターに在宅療養のことを相談すればよい』という信頼関係がまだない」と指摘します。公募市民の委員からは「わかりやすく具体例を挙げて周知してほしい」という意見もありました。専門職だけではない市民の視点がそこに活きてきます。
区民に実用的な連携のしくみを ― 世田谷区
世田谷区では、区民の6割は介護が必要になったら「自宅」で療養することを希望しています。また、区民が実際に亡くなる場所は「病院または診療所」が7割と最も多いものの、年々その割合は低下し、「老人ホーム」「自宅」が増加しています。区内に在宅療養支援診療所をはじめ社会資源は増えてきましたが、連携がスムーズになるしくみをどう整えていくかが求められています。
世田谷区は19年度から都の包括補助を活用して、「在宅医療電話相談センター」(以下、「センター」)を開設しました。区内に27か所あるあんしんすこやかセンター(地域包括支援センター)のうちの1か所に併設させ、2名の相談員(看護師・社会福祉士)を配置しています。センターの特徴は、高齢者や家族から相談を受けるだけでなく、あんしんすこやかセンターやケアマネジャー等を支援する機能をもつ点です。センターでは、病院等を積極的に訪問し、「病院・施設受入れ情報」にまとめ、その更新を重ねながら情報提供しています。また、事例や制度変更の情報などを「センター便り」として毎月発行し、地域における相談対応を支援しています。世田谷区保健福祉部計画調整課地域医療担当係長の小川英智さんは「社会資源のリストがあっても、区民が必要なものを選ぶのは難しい。『この人にはここがよい』という実用的な情報にしていかなければならない」と話します。
さらに、世田谷区では、積極的な支援が必要な利用者が入院する際、23年度から区の標準様式として活用している「医療と介護の連携シート」をケアマネジャーが病院に送付します。その際、各病院の「誰に」送ればよいのかを区として明確にしているので、円滑な支援ができています。また、地域包括ケアをすすめるため、区では中学校区単位(地区)に「出張所・まちづくりセンター」「あんしんすこやかセンター」「社協」の三者が一体化した地区展開を始めました。26年度は1地区(砧地区)、27年度は5地区でモデル事業を行い、28年度は全地区で展開していく予定です。保健福祉部計画調整課計画担当係長の相蘇康隆さんは「三者が同じ建物に入り、それぞれが得意分野を活かして連携する。例えば、専門職の連携だけでなく、見守りやふれあいサービスを調整したケースがモデル事業でみられた」と話します。区は、介護保険による「在宅医療・介護連携推進事業」を28年度から始めたいと考え、在宅療養支援の施策との調整をすすめています。それが身近な相談対応機能を高めながら、広域からバックアップするしくみの姿となることが期待されます。
本人・家族の意向が主体性をもつ連携 ― 荒川区
荒川区にある佐藤病院の医療福祉相談員の若月麻衣さんは「退院ケースのほとんどは自宅に帰るが、医療面以外の要因でそれが難しいケースもある」と話します。下町である荒川区では、1階が店舗で2階が家屋という住居形態も少なくありません。また、ギリギリまで家族で頑張ろうとして介護サービスを使わずに退院したケースでは、結局、再入院になることがあります。
荒川区は、高齢者福祉課に配置している医療福祉相談員が事務局となり、21年度からMSWや訪問看護師、ケアマネジャーなどの実務者レベルが広く参加する「医療連携会議」を設置し、そのネットワークづくりをすすめてきました。しかし、実務者レベルで積み重なった課題が解決するしくみづくりにつながらないのが悩みでした。病棟看護師が作成する「看護サマリー」を退院時にケアマネジャーが求める状況もありました。「実際に役立つ情報を共有できるようにならないか・・・」と考えていた折、区は24年度に都の包括補助を活用して「在宅療養連携推進会議」を設置しました。これは前述の会議と別に、医師会等も参加する医療・看護・介護の代表者レベルの会議です。
そして、代表者レベルの会議が徐々に顔の見える関係になってくると、「連携シートを作成したい」という実務者レベルの想いは、区として「取組むべき課題」と認知されるようになりました。そこで、25年度に若月さんをはじめ、MSW、訪問看護師、ケアマネジャーに地域包括支援センターが加わった13人のプロジェクトチームを発足させ、「医療と介護の連携シート」の作成にとりかかりました。意見を交換する中、「連携シート」は単に病院とケアマネジャーの情報のやりとりではなく、「その後のチームを支えるもの」という意識が共有されていきました。連携そのものが目的ではないので、シートが負担にならないよう真に必要な項目に絞り込んでいきました。そして、代表者レベルの会議で医師から「個人情報保護に配慮するように」という指摘を受けて調整し、会議で合意を得た形で荒川区独自のシートができあがりました。これを26年度に2つのモデル医療機関で試行し、27年度から活用を始めています。
若月さんは「シートに本人と家族の希望を文字にして書き、それをもとにチームが議論することは、本人と家族の意向が主体性をもつことを意味する」と話します。例えば、本人と家族の意向が異なるケースでは、在宅復帰の可能性を正しく見立てて提示する必要があります。そこに入院前の生活状況を知るケアマネジャーからの入院時シートの情報が活きていきます。そして今では、「病棟看護師から入院時に『あのシートは?』と聞かれることも出てきた」と、若月さん。病院内の共通理解にも活かされています。
区がすすめてきた職種を超えたつながりと連携しやすい環境整備が、在宅療養への区民の想いを実現する形で動き出しています。
「医療介護の連携シート」(荒川区標準様式)
総合サポートセンターとしての拠点 ― 千代田区
千代田区は、27年度中に地域包括ケアの拠点となる「かがやきプラザ(高齢者総合サポートセンター)」を旧区役所跡地に開設する予定です。①高齢者の相談拠点、②在宅ケア(医療)拠点、③高齢者活動拠点、④人材育成・研修拠点、⑤多世代交流拠点の5つの機能をもちます。
①高齢者の相談拠点は、区の在宅支援課と区内の地域包括支援センターを運営する社会福祉法人が運営し、24時間365日、高齢者の生活や介護等の相談に対応しつつ、医療と介護のサービス提供を調整します。②在宅ケア(医療)拠点は、「かがやきプラザ」と合築する九段坂病院が、相談拠点と同じく24時間365日、高齢者の体調急変時の救急診療、在宅療養を継続することが困難になった在宅療養者の緊急入院などの在宅療養支援機能を担うとともに、訪問看護、訪問リハビリテーション、通所リハビリテーションを併設して介護保険サービスを行います。医療対応と迅速に連携できる総合相談拠点の意味がそこにあります。
そして、千代田区社協もこの「かがやきプラザ」に移転し、地域に関わってきた実績を活かした③高齢者活動拠点、⑤多世代交流拠点に加えて、新たに④人材育成・研修拠点を運営する予定です。社協による人材育成は専門職のみならず、区民の在宅療養への理解を高め、元気な高齢者から在宅療養までの支援をつなぐ可能性が期待されます。
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東社協では、22~24年度に「退院後、行き場を見つけづらい高齢者への支援の構築プロジェクト」を設置し、実態調査をもとに区市町村が退院支援のしくみを構築するための工程を提言しました。その後、同プロジェクト委員長を務めた聖隷クリストファー大学教授の太田貞司さんは、前述の荒川区と府中市の会議で委員長を務め、東社協もその取組みに参加してきました。太田さんはそれぞれの委員に、あえて市民と社協を入れました。
太田さんは「連携パスのような専門職同士の必要性に始まり、それが成熟すると、専門職だけでなくインフォーマルな活動を巻き込む議論に発展する。そして、要介護者だけの話ではなく、要支援者や障害者の話に広がり、さらに高齢期の生き方の問題として市民の問題になっていく。そういう段階で区市町村の取組みをみていきたい」と話します。大都市東京の特性をふまえ、都民が主体的に高齢期を過ごすことをめざした医療と介護が連携する地域づくりが、今まさに始まっています。