あらまし
- ケアの必要な家族等へ「介護」「看病」「療育」「世話」「気づかい」などを、無償で行う人を「ケアラー」と呼びます(*1)。ケアの内容や形態は家庭によりさまざまです。最近では、18歳未満の子どもが介護等を行う「ヤングケアラー」などの言葉も注目されています。今号では、家族をケアしている子ども・若者について考えます。
- (*1) 一般社団法人日本ケアラー連盟より
〈事例1〉
「『ご飯を恵んでください』という子どもがいる」と地域住民から通報があり、行政が家庭を訪問。就労する父と、脳梗塞が原因で寝たきりの母、20代引きこもりの兄、中学校登校拒否の姉、小学生末っ子の5人世帯だった。家族それぞれが自分の課題を抱える中、末っ子はご飯をつくってもらえる環境になかった。小学校を休み母親の通院を介助することもあった。
〈事例2〉 精神疾患の母、難病の父。同居する祖母が孫の面倒を見てきたが認知症を発症。そのため、祖母の介護は20代前半の孫が中心となっている。今後、介護サービス利用に向けた事務手続きは孫が行う。 (事例は一部加工しています) |
これらは、地域包括支援センター(以下、地域包括)が遭遇した、家族をケアしている子ども・若者の事例です。地域包括では介護保険制度の利用を中心にケースの対象者や家族と関わります。しかし、それだけでは困り事が解決されない、就労や障害など複数の課題を抱える家庭があります。その中には、事例1のような要保護児童や、事例2のような若い孫や甥・姪と関わるケースもあります。
課題が小さな芽のうちに
府中市地域包括支援センター泉苑、センター長の清野哲男さんは「地域包括が扱うのは、家庭の課題が複雑化し完成してしまっているケースが多い。まだ困り事が小さい芽の段階で、行政や学校、地域が気づくタイミングがあったはず」と指摘します。長い時間、家庭だけで抱えてきてしまった課題に、地域包括が初めて専門機関として関わるケースも多くあります。次のようなケースがありました。80歳代の長女が、知的障害のある年下3人のきょうだいを60年以上みてきた高齢者のみ4人世帯。最近、長女に認知症状が出現したため制度利用をすすめるとともに、障害のあるきょうだいへは障害福祉課と連携し対応しました。長女は若い頃から3人の世話を一手に背負ってきた若者ケアラーだった可能性もあります。「『助けて』と言えない人や、そのような姿を見せたくない人もいる。申請主義の制度の中では課題が顕在化するまでに30~40年経ってしまうこともあり、空白期間が長すぎる」と清野さんは話します。また、「事例2のような場合、専門職は孫を”子どもの代わりに手続きしてくれる人“としか捉えないことが多い」と言います。現在でも、福祉事務所や障害福祉課をはじめ行政の各部署と必要に応じて連携しますが、「分野を超えての連携はまだまだ難しい。家族全体を見据えた支援の中核を担う専門職がいない」と指摘します。
ヤング・若者ケアラーとは
60歳代などの中高年層がケアの担い手の中心となる中、ここ数年で18歳未満の子どもがケアを行う「ヤングケアラー」や、概ね30歳代までの「若者ケアラー」という言葉が注目されています。
彼らは、障害や病気のある家族に代わり、「買い物・料理・掃除・洗濯などの家事」、「世話や見守り」、「声かけなどの気づかい」、「通訳」などを日常的に行っている子どもや若者です(*2)。役割や責任が年齢に釣り合わず、過度な負担になっている場合があります。深夜の介助や見守りで寝不足となり、遅刻、欠席、宿題をやってこない等の状況から、学校では課題がある子と見られてしまったり、退学してしまう場合もあります。また、18歳を越えていても、大学中退や、就職したばかりの会社を辞めざるを得ないなど社会生活や人生設計に大きな影響を与える場合もあります。
一般社団法人日本ケアラー連盟では、26年8月にヤングケアラー研究会を設置し、27年1月~2月に新潟県南魚沼市の教育委員会を通じて、全国で初めての体系的なヤングケアラーの調査を実施しました(*3)。その中で、回答者の4人に1人が、「これまでに教員としてかかわった児童・生徒の中で『家族のケアをしているのではないか』と感じた子どもがいる」と回答しました。気づいたきっかけは、「子ども本人との会話の中で」が最も多く、次いで「遅刻・早退・欠席・部活動欠席の理由」などでした。家族構成は、約半数が「ひとり親と子ども」で、ケアをしている相手は、父よりも母、祖父よりも祖母が多い状況でした。また、ケアの相手が母の場合は精神面・感情面のサポートが多いという特徴がみられました。
このような子どもへのサポートを考えた時の学校の強みは、子どもが自分のための時間と場所を確保でき家庭内の心配事から離れられるとともに、服装や給食の食べ方で状況がわかることや、学習面でのサポートや友人関係を見てあげられるという点があげられました。一方、困難な点として、家庭の内部事情についての保護者や本人へのアプローチ方法や、多様な側面からの支援が必要になる中、その全てを学校で行うことは難しいことがあげられました。
(*3) 新潟県南魚沼市内の公立小学校・中学校・総合支援学校(特別支援学校)の全教職員を対象に調査を実施。
イギリスの改正法
イギリスでは、2014年にヤングケアラーに関わる2つの法律が改正されました。①「2014年 子どもと家族に関する法律(Children and Families Act 2014)」と、②「2014年ケアに関する法律(Care Act 2014)」です。前者では、地方自治体は、支援を必要とするヤングケアラーを見つけるために合理的な措置をとることが義務づけられ、担当地区のヤングケアラーが支援を必要としているかどうか、またそのニーズを査定しなければならないとの条項が設けられました(*4)。後者には、ヤングケアラーが18歳を越えた後の大人期への移行期について配慮する文言が追加され、査定の実施について、「地方自治体から見てその子どもが支援を必要としていると思われる時」が加わりました。
ヤングケアラーの研究を行っている成蹊大学文学部准教授の澁谷智子さんは「ケアで大変な状況にある子どもが、サービスを知り申請まで行うのは困難。地方自治体が必要性を把握した際に査定するというのは画期的」と話します。地方自治体には、子どもがしているケアの量と性質とタイプを明確にし、過度あるいは不適切なケアの責任を負っていないか、教育や育ちに影響が出ていないかの見極めが求められています。澁谷さんは「子どもが家族を必要とし、家族が子どもを必要としている面もある。家族全体を考慮して考えることが大切」と話します。
(*4) 地方自治体は、「そのヤングケアラーが、自分の教育や訓練、レクリエーション、そして仕事に、どの程度関われているか、または関わりたいと思っているかを査定しなければならない」ことになっています。
子どもの立場ならではの悩み
「若年性認知症ねりまの会MARINE(マリネ)」は6年前、練馬区内で発足しました。毎月サロンを開き、当事者と家族(配偶者や子ども、きょうだい)の立場の方などが交流をしています。3年前からは、子ども世代に限定したつどいの場「まりねっこ」を開始し、3か月に1度定期開催しています。MARINE事務局長の田中悠美子さんは、「配偶者の立場とは違う、子どもならではの悩みがある。仕事や子育てをしながらの介護や、一人っ子だったり、きょうだいが離れて暮らしている中、親の病気をどう理解し、変化に向き合うか、さまざまな葛藤や介護の失敗も含めた悩みを話せる場所になっている」と話します。
ある時、まりねっこが主催したシンポジウムに、若年性認知症の父がいる小学校低学年の男の子が母親と参加しました。「『ぼくがしっかりしないといけない』と言っていた姿が印象的だった」と田中さんは言います。「親が変化していく姿に、自分のせいだと悩む子もいる。自分で情報を得て集まりに参加できるのは一定の年齢を越えてから。未成年や学齢期の子どものへサポートが今後の課題」と話します。また、ひとり親世帯の母が若年性認知症と診断され、20歳前後のきょうだいが専門相談機関に行ったところ、専門職に『大人と来てください』と言われたことがありました。「子ども世代が主介護者になる意味を専門職にも理解してもらい、話をしっかり聞いてほしい」と話します。そして、「若年性認知症者は、認知症高齢者とはまた違ったケアが求められる。相談機関では、介護が必要な人のことだけでなく、ケアする人へのケアも含めた家庭全体を視野に入れた対応が求められる。また、医療、介護、福祉行政機関、学校、職場などさまざまな人たちに理解してもらうよう働きかけ、今後の方針を一緒に考え、必要に応じたケアやサポートを調整できるコーディネーターの存在が必要」と指摘します。
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家族をケアしている子ども・若者の状況を理解し、必要な時にサポートが受けられる支援が求められます。また、将来、自分の経験を前むきにふり返ることができるように、それぞれの立場でできることを考えて支えていくことが望まれます。
http://www.tama-dhk.or.jp/izumi/jigyo_zaitaku.html
(一社)日本ケアラー連盟
http://carersjapan.com/
若年性認知症ねりまの会MARINE(マリネ)
http://blog.canpan.info/team_marine/