JDF被災地障がい者支援センターふくしま
多様な人たちや団体が緩やかにつながる場を創設
掲載日:2017年12月12日
ブックレット番号:2 事例番号:22
福島県郡山市/平成25年3月現在

 

JDF被災地障がい者支援センターふくしま(以下、センター)は、2012年3月に発行した本書の第一弾となる「災害時要援護者支援ブックレット 東日本大震災 高齢者、障害者、子どもを支えた人たち」でも登場しています。震災直後から障がい者に関する様々な団体とネットワークを組み、障がい者一人ひとりの目線で、命を守る取組み、生活を守る取組みを展開してきています。

 

震災直後の障害者の状況

震災直後、郡山市障害者福祉センターが障がい者の一時避難所となり、そこに郡山にある「あいえるの会」の会員をはじめとして数人が避難してきました。当初は、一般の方も避難されていましたが、徐々に障がい者が集まってきたので一般の方々には違うところに避難してもらい、そこが障がい者の福祉避難所のような形となりました。多いときは30名で、支援者には市の職員、あいえるの会職員、相談支援事業所の職員なども含めて三交代勤務で行いました。

 

そのほか、当初はガソリンが足りなくなったため、自宅での生活が困難となってしまった方が多くいました。そうした中、介護保険事業者の協力で在宅避難者に弁当を宅配してくれたり、移動に関しては介護タクシー(タクシーはガソリンでなくガスで動く)の協力があり、緊急事態ということで無料で車を提供してくださるなどの支援がありました。

 

また、福島県内の作業所では廃油を使ってバイオ燃料を作っていました。例えば郡山市の「にんじん舎」、会津若松市の「ピーターパン」などです。そうした作業所からバイオ燃料の提供を受け、多くの事業所の車輌を運行することができました。また、「難民を助ける会」が自家発電機を無償提供してくれたり、いわき自立生活センターが様々な段取りをしてくれるなど、多くの方々の協力がありました。

 

避難所での障がい者の生活は過酷なものでした。センターが立ち上がって、避難所への訪問活動を始めましたが、200か所の避難所を回って見つけた障がい者は100数名。あまりにも少なすぎる数字です。自閉症の方や発達障がいの方、精神障がいの方などは集団生活がそぐわず避難所にいることができませんでした。また、旅館やホテルも避難所に位置づけられましたが、そこでの生活も難病の方や身体障がいのある方にとっては不自由なものでした。交流サロン「しんせい」専属スタッフの富永美保さんは「災害時には、とりあえず、小さくても一旦、集まれる場が必要。地域にそういう小さな、まずここに逃げてという避難所があると障がいのある人も安心できる」と話します。

 

JDF被災地障がい者福祉センターふくしまのメンバー

 

福祉人材の不足が深刻な問題に

今、大きな問題となっているのは福祉人材の問題です。原発事故により若い人が避難していることから人材が不足しています。職員が避難しているために現在も事業が立ち行かない事業所が相双地域(※)の中にはあり、今でも全国から職員が派遣され、1週間交代で施設を運営している状態が続いています。

 

そうした状況を受け、センターでは、県から助成を受け「福祉介護職員マッチング事業」を展開しています(平成24年度で終了)。全国からの職員派遣はずっと続くものではないこと、また、受入れのたびに新しく派遣されてきた職員に現地の職員がレクチャーをしなければいけないという負担もあります。そこで、福祉介護職員マッチング事業では、地元で福祉の仕事に興味のある方を集めて、説明会などをしながら、資格取得サポートなどの支援を行っています。

 

※ …新地町、相馬市、南相馬市、浪江町、双葉町、大熊町、富岡町、楢葉町、広野町の2市7町。

 

交流サロン「しんせい」の立ち上げ

これまで自宅や仮設住宅で頑張って生活してきた人が生活困難となり、施設に入所する人が増えてきています。自立生活運動などが推し進めてきた地域生活支援とは逆の動きが出てきてしまっています。

 

「仮設住宅ではお風呂に段差があり、車椅子の方にとって生活することが困難。さらに、どこの仮設住宅にどのくらいの障がい者が生活されているのか守秘義務もあり、行政も教えてくれない。高齢者の場合には、仮設住宅に高齢者等サポート拠点事業があり、様々な支援があるが、障がい者にはそういった支援が整っていない」とセンター代表の白石清春さんは話します。

 

こうした状況から、センターでは、ひきこもりがちだったり、外出の機会が少ない方々を対象とした交流サロン「しんせい」を立ち上げました。白石さんは「そんなに毎日は来たくないけれども1カ月に1回とか、2か月に1回とか、集まってみんなで、ゆっくり話をしたり、近況を報告し合ったり。そういうコミュニケーションの場が求められていた」と話します。

 

また、サロンにくることが難しい人については、仮設住宅などに出向いていき、小さな集まりを開くための自助グループの活動の支援を行っています。障がいのある方を訪問して、一緒にお昼を作って食べたり、郡山に来てもらい一緒にヨガやDVD鑑賞をするなど、こちら側からの一方的な支援にならないように配慮しています。

 

交流サロンには現在8名のスタッフがおり、土日も開いています。サロンとしての利用だけでなく、様々な団体がちょっと打合せをする場としても利用していたり、障がい者だけでなく、引きこもりの方やニートの方の緩やかなつながる場となっています。白石さんは「しんせいは、マイサロンだ」と強調します。また、「しんせい」には市内の事業所で作られた商品が並べられていたり、写真展なども行っています。これらも、センターにつながる多様なネットワークの中で実現していきました。「緩やかなつながり。でも、何かあったときにはお願いして、お願いもされるような関係性をつくるには、日ごろからのおつき合いが大事」と富永さんは力を込めて話します。

 

 

取材先
名称
JDF被災地障がい者支援センターふくしま
概要
NPO法人しんせい
http://shinsei28.org/


タグ
関連特設ページ