あらまし
- 平成27年10月に公表された「東京都就業者数の予測」では、東京都の昼間就業者数は今後減少する中、「医療・福祉」は最も就業者数が増加する産業と予測されています。本号では、平成28年10月に実施した「質と量の好循環をめざした福祉人材の確保・育成・定着に関する調査」から見えてきた東京の福祉人材の成長イメージについて考えます。
「具体的なイメージがない方」が増加
施設長向け調査で新規採用における応募の状況を尋ねたところ、7割の施設で応募が減っており、4割の施設が「4月採用」「年度途中採用」ともに職員募集を行っても、十分な応募が得られないと回答しました。そのため、人材確保において望ましい質の確保は「できている」の53.7%に「できていない」の42.9%が迫っている状況です。
また、5年前と比較した新規採用における状況の変化について尋ねたところ、応募者が減る状況の中でも「中高年層の応募」(47.1%)や、「他業界からの転職」(26.6%)が増えている状況がありました。「福祉のしごとに対する具体的なイメージがない方」が増えていることが指摘されています。
望ましい福祉人材の成長イメージ
「望ましい福祉人材像」に必要なスキルを身につけていく成長イメージについて施設長向け調査で尋ねました。具体的な5つのスキルについて、それぞれ入職後、何年目程度での獲得が望ましいか答えてもらいました。(図1)
①あらかじめ身につけておいてほしいこと
「採用時にあらかじめ身につけておいてほしいスキル」では、最低限の具体的な援助技術以上に「権利擁護の意識」「利用者と向き合う姿勢(=利用者を敬う気持ちや学び、関わることを楽しめる)」「社会人としてのマナー」「あいさつや言葉遣い」「自らの基本的な生活能力」「適切に記録ができる」「自分自身の思いを持っている」などが重視されています。
②通常の一対一の支援をきちんとできるためのスキル [入職後、平均1.95年程度]
「利用者一人ひとりに応じた基本的な支援」を自分なりに考えることができ、他の職員と的確に共有できる力が重視されています。また、法人や施設がめざしていることへの適切な理解が併せて求められています。
③チームのリーダーとして活躍するためのスキル [入職後、平均4.64年程度]
②の経験を通じて「実践を自分なりに言語化して、伝えられる力」が重視され、それを向上させる意欲とともに「周囲に目を向ける力」「自分の考えを押し付けるのではなく、相手を理解する力」が求められています。組織的な権限よりも、見通しが持てる経験をもとに責任感をもって業務を遂行していくことが望まれています。
④他職種、他機関と連携するためのスキル [入職後、平均4.79年程度]
③の「チームリーダーとして活躍できるためのスキル」の平均4.64年程度とほぼ変わらない年数となっています。これは、福祉職の大きな特性の一つとして、リーダーとして活躍できることと他職種と連携できることがほぼ同一の専門性(=違いを理解し、表現できる)として期待されていると考えられます。また、事業所内の他職種との連携はより早期に身につけることが望まれ、他機関との連携にはもう少し経験が必要なことも指摘されています。ここでは、③と同様に「自分とは異なる考え方を理解しつつ、自分の考える内容を説明できる力」が望まれるとともに、「他の機関と円滑な人間関係が作れること」、そして、「利用者本人が中心にあること」がポイントに挙げられています。
⑤地域社会に課題解決の働きかけができるためのスキル [入職後、平均7.04年程度]
福祉施設が地域の課題解決に積極的な役割を果たしていくことが、今後一層求められる中で、個別支援の力を高めていくとともに、福祉職としての成長の姿の一つとして「地域力」を高める力が重視されています。日々向き合う利用者の地域での暮らしや福祉的課題の予防に何ができるかを考えることが福祉職のやりがいの一つとして、可視化されていくことが求められています。③④の連携する力を身につけ、さらに経験を積んでからのものとなっています。
「実践を通じたさまざまな経験を地域に向けて活かす」力を高めていくには、一つは「自施設のことだけではなく、地域での暮らしや課題に関心をもつ」「施設は何ができるかを考える」とともに、「地域の人にも理解しやすく伝えられる」ことがスキルとして望まれています。
⑥組織としての計画立案や人材育成、環境整備などのマネジメントができるスキル [入職後、平均8.97年程度]
「マネジメント」のスキルとして、⑤の地域社会に働きかけるスキルよりもさらに2年近くの経験が想定されています。ここでは、施設自身の都合によらない社会情勢に目を向け、「施設の方向性を中長期的に考えて、言語化できる力」「職員がやりがいをもって働きやすい環境を作る力」が望まれています。
福祉の仕事を通じて実現したいこと
前職の経験等は含まず、現在の事業所に入職してから1〜3年未満の職員を想定した初任者職員に、「福祉の仕事での経験を通して、将来実現したい目標や夢」について自由回答で尋ねました。ここでは、前述の施設長が考える「望ましい福祉人材像の成長イメージ」に沿って初任者職員の実現したい目標や夢を整理してみます。(図2)
①初任者職員としての姿勢、人としての成長
人としての自分自身の成長や、目の前の相手と関係をつくっていく際の視点や姿勢について「自然と手を差しのべられる人になりたい」「偏見を持たず色々な人と関わりたい」「誰かにとって安心できる存在になりたい」など、福祉職としての存在感や利用者とかかわる際の「ありたい姿」や「めざしたい姿」が表現されていました。
②利用者への個別支援の視点(一対一の支援)
利用者にかかわる上で高めたい支援のスキルや、「どんな利用者でも対応できる」「笑顔を引き出せる」「子どもから成人まで見通せる」「多くの引き出しから話を進められる」「支援に自信が持てる」などの理想の支援、実現したい支援のあり方についての目標や夢の記述がありました。
また、その中では、「先輩、後輩に尊敬、信頼される仕事のできる職員に」など、事業所内の職員との関係に関する記述もありました。そして、「先輩のような頼りになる存在になりたい」「目標となる先輩のような支援員になる」など、めざす姿となるモデルを身近に見つけられている様子や、「後輩ができた時、なぜこういう支援をしているのかを教えあげられるような先輩になりたい」「実習担当になりたい」など、自分が身につけた視点やスキルを次の世代に伝えていけるようになりたいという思いも示されています。
③チームのリーダーとして活躍する
事業所や職場づくりでめざしたいことや、先輩・後輩との関係についての記述はありましたが、「チーム」や「チームリーダー」についての記述は少なくなっています。
別の設問で初任者職員向けに「今後、受講したい研修」、指導的職員向けに「今後、後輩や部下に受講させたい研修」についてそれぞれ尋ねたところ、指導的職員の6割は後輩に「チームワークや組織性に関する研修」を受講してもらいたいと回答したのに対し、初任者職員の受講希望は2割にとどまっており、初任者職員の6割は今後「専門的な援助技術に関する研修」の受講を希望しています。今後、専門性やスキル、イメージを高めていく必要がある部分だと思われます。
④他職種、他機関と連携するためのスキル
初任者が考えるイメージでは、福祉にかかわりにくい方や貧困への課題解決の視点として、「NPO等含め、施設間、団体間のサービスを共有し、利用し合える環境作り」「公的な機関と民間団体(NPOなど)が同じ支援分野で、風通し良く協力できる関係をつくりたい」などの記述がありました。
特徴的なのは、新たな資格を取得して、あるいは、現在とは働く業種や職種を変えて、自身が多職種の資格や視点を得て活躍していきたいという目標や夢です。”すべてに対応できる福祉職“をめざす姿も見られます。今後、地域包括ケアをめざしていく中でも、住民層も含めた多職種・多機関とのかかわりがうたわれており、福祉職の正確なイメージを伝えていく上では、当事者性や専門性を備える他者との連携の視点や、目の前の相手に合わせてチームを組んで対応していく姿を可視化していく必要性がありそうです。
また、社会福祉法人による地域公益活動や、災害時における福祉職の視点には、このスキルを発揮する姿や連携による実践が見られます。
⑤地域社会に課題解決の働きかけ
福祉施設を地域に理解してもらうための地域への働きかけ以外に、福祉の仕事を通して実現したいこととして、利用者や利用者家族が安心して生活していく場としての地域への理解促進や地域との関係づくり、また、将来発生するかもしれない福祉的課題を予防する視点での地域への働きかけについての記述がありました。具体的には、「地域で支えることができるように環境を整える」「地域に根差した福祉の実現」「地域の人との関わり、家庭支援ができる窓口的な存在になりたい」「子育てに悩む方の援助を、より地域の中でその方の近くで行いたい」「障がいのある方と地域の方をつなげる場をつくる」などです。
⑥組織としてのマネジメント
初任者職員向け調査で将来担いたい業務について尋ねたところ、「直接サービスを担いたい」が42.2%と最も高い回答で、将来、指導的職員をめざしていく「経験を活かして他の職員のサービス提供をマネジメントするようになりたい」は7・6%と1割を切る状況でした。
「現在働いている施設の幹部になって」「事業所を担う立場になりたい」という回答がある一方で、自分自身が理想とする事業所を立ち上げたいという記述も複数見られました。
その他にも、福祉現場での経験を活かして現在足りない社会資源や新たな分野を創っていきたいという内容や、「その人らしく、安心して暮らせる」「地域の中で見守られて、おだやかに暮らすことができる社会」「すべての人が排除されない社会」「老いる事が不安でない社会」など、めざす社会の姿を思い描く方もいました。
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京都女子大学家政学部生活福祉学科教授の太田貞司さんは、「初任者職員が福祉の仕事を通して実現したい目標や夢の中に、”地域“を意識したものが以前より増えてきた印象がある。福祉職として日常生活を営むことを支援する中では、利用者との一対一の支援の先に、利用者や利用者家族が暮らす地域に関わる事も出てくる。福祉職が地域に貢献していける道筋を示していく必要があるだろう。今後、養成の面でもリーダー育成や他職種連携、地域資源の開発については力を入れていくべき部分である」と話します。
福祉職には、新しい視点を身につけ個人として成長していける魅力がありながら、目の前の方との一対一の支援が、その先に、地域づくりにつながっていくなど、これまであまり明確にされてこなかった姿もあります。「福祉人材の成長イメージ」を示すことで、現任者が今いるステージ、自分が実現したい目標や夢がどこにあるのか、そのために必要なことが何かが見ええてきます。そして、これから福祉の仕事に就く方にとって、就職後のイメージがもて、安心して成長していける福祉業界にしていくことが求められています。
- 調査について
- (1)調査名称:質と量の好循環をめざした福祉人材の確保・育成・定着に関する調査
(2)実施主体:社会福祉法人東京都社会福祉協議会
(3)実施期間:平成28年10月24日〜11月25日
(4)調査対象:東社協会員施設・事業所(2,645か所)
https://www.tcsw.tvac.or.jp
「質と量の好循環をめざした福祉人材の確保・育成・定着に関する調査」
https://www.tcsw.tvac.or.jp/chosa/documents/fukushijinzai-kakuho.ikusei.teichaku-chosa.pdf