(社福)大島社会福祉協議会、大島町子ども家庭支援センター、ホテル椿園 清水 勝子さん、大島マリンズFC
大島土石流災害から5年の福祉〜日々を取り戻してもなお…。そして、新たなつながり〜
掲載日:2018年10月9日
2018年10月号 NOW

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あらまし

  • 平成25年10月16日に伊豆大島を通過した台風26号は、激しい大雨による甚大な土石流災害を東京都大島町にもたらしました。それは大島のごく一部の元町、岡田、泉津地区に集中した被害ながら、36人が亡くなり、3人が今もなお行方不明となっています。この「大島土石流災害」から5年。本号では、復興住宅などの生活に移行した被災者の生活支援の今、そして高齢者や障害者、子どもたちの姿をふりかえります。

※本号で紹介する事例のさらに詳しい内容は、本会の「災害に強い福祉」実践ポータルサイトでご覧になれます。

(社福)大島社会福祉協議会

大島町子ども家庭支援センター

ホテル椿園 清水 勝子さん

大島マリンズFC

 

「ここに2年間、仮設住宅が建っていた。避難所のプライベートもない空間で過ごしていた被災者たちにとっては、やっと落ち着けた場所だったろう」。そう語る八木靖雄さんは、大島町の北の山地区を担当する元民生児童委員です。八木さんにとっては当時、自分の担当エリアでない元町地区からの被災者を担当エリアにできた仮設住宅に受け入れるという経験でした。

 

旧小学校跡のグラウンドに建設された仮設住宅への入居は、発災から3か月後の平成26年1月25日に始まりました。被災者にとって、さらにその先の暮らしをどうするか決めなければならない2年間。だからこそ、「落ち着いて過ごすことができる」、それが大切でした。八木さんは「ここでできた新しい人間関係が、今の暮らしに活きている人もいる。とはいっても、やはり仮設住宅。トタン屋根の雨音で災害を思い出し、おびえる子どももいた」と、当時をふり返ります。

 

28年には2つの地区に復興住宅ができました。若い世代は元町から離れた「岡田地区」、高齢の世代は住み慣れた元町にある「家の上地区」の復興住宅に入りました。復興住宅に入居したAさんを訪問すると、ドアを開けてくれました。「元の家に近いからここにした。住むところがあるのはありがたい。『しょうがない』と、発災直後からずっと思っている。帰らない身内を思うと、『落ち着いた』とはね…」。5年の歳月を経た今の気持ちをそう話してくれました。

取材先
名称
(社福)大島社会福祉協議会、大島町子ども家庭支援センター、ホテル椿園 清水 勝子さん、大島マリンズFC
概要
(社福)大島社会福祉協議会、大島町子ども家庭支援センター、ホテル椿園 清水 勝子さん、大島マリンズFC
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