小池良実さん
あらまし
- 小池良実さんは、東京・世田谷区にある「岡さんのいえTOMO」のオーナーとして、子どもからお年寄りまで誰もがホッとできる居場所づくりに取組んでいます。近年その活動は、中高生や児童養護施設の退所者など、若者世代へも広がっています。
岡さんのいえの誕生
私の大叔母にあたる岡ちとせは、戦後、世田谷区上北沢で近所の子どもたちに英語やピアノを教えていました。私は子どもの頃、大好きな岡さんに会うため、にぎわいのあるこの家にたびたび遊びに来ていました。岡さんはいつも紅茶とケーキで迎えてくれ、笑顔で私の話に耳を傾けてくれました。
私が結婚し出産した頃には岡さんは90歳近くになっていて、そのうちに区内在住の唯一の親族である私が医療や介護の窓口を務めるようになりました。それから6年ほど経った平成18年、岡さんは「この家は私の子どもみたいなものだから、子どもたちや地域のために役立てて」と言い遺し、天に召されました。その遺言に従って始めたのが「岡さんのいえTOMO」です。
水曜日は自由に過ごせる「開いてるデー」、日曜日は囲碁や水彩などの「サンデークラブ」として開けているほか、各種教室やイベントなども行っています。27年からは、世田谷区が実施する中高生対象の居場所「たからばこ」を受託事業者である(公財)児童育成協会とともに週1回開催しています。また、28年からは児童養護施設などの退所者のための食事会「岡’s(おかず)キッチン」を月1回、区から委託を受け、始めました。
児童館の後に寄れる居場所を
たからばこには前身となる取組みがあります。24年、「児童館が閉館する18時以降に、中学生がコンビニでたむろしていたら通報されてしまった」という話を近くの児童館から聞きました。当時、岡さんのいえの活動を熱心に手伝ってくれていた学生に「何かできないかねぇ」と相談したら「じゃあ食事会でもやりましょうか」と言ってくれたので、月に1回「岡さんち食堂」を始めることになりました。
ナタを振り下ろすように野菜を切る女の子や、初めて生の肉に触れる男の子など、生活経験の少なさに驚きましたが、世代の違う人たちが集まって夕飯を一緒に作って食べるということが、この家にとても似つかわしい感じがしました。岡さんち食堂は子どもたちの卒業と同時に自然消滅してしまいましたが、その後、区の若者支援担当課とつながるご縁があり、子ども達やボランティアスタッフの大学生の声を聞きながらたからばことして運営しています。
関わってくれたスタッフの思い
当初、大学生ボランティアと私と元プレーワーカーの青年が入り、手探りで始まった中高生の居場所。「小学生までは居場所がある。でも中高生になると行く場所がなくなってしまう」と心を砕いていた彼でしたが病気で急逝。私は、たからばこには彼の命も乗っていると思って取組んでいます。
今は、多くの大学から学生ボランティアを募集し始めて、約1年経ったところです。空中分解の危機は何度もあったのですが、学生や大人などその時々で助けてくださる方がいて、今日があるように感じています。
岡さんだったらどうするか
私が区から2つの事業を受託することを運営会議で報告したとき、メンバーからは「小池さんは福祉に舵を切ったのですか」と言われました。ゆるやかにまちに場をひらくことを岡さんへの恩返しと思ってやってきた私自身は、福祉やまちづくりということをあまり意識しないでやってきました。むしろ岡さんはそういった言葉がない時代からこの町にしっかり根を下ろしていらしたので、「いや、岡さんだったらどうするかなって考えました」と説明したらみんな納得してくれました。
どこの家族にも問題の大小はあっても、誰にも言えないことがあるものではないかと私は思っています。問題を抱えたとき、私は岡さんにたくさんの話を聞いてもらっていました。その岡さんと過ごした時間が今の自分を後押ししてくれています。私はそこで「あなたはあなたのままでいいから」と教えてもらった気がしています。その言葉があってここまで生きて来られたと思っているので、若い世代にその恩を送りたいと思っています。
たからばこは、こちらだけが何かを「やってあげている」という感覚はなく、相互作用で相手からもらっているものもたくさんあります。警戒していた子どもに笑顔が出てきたときは、役に立てているのかなと感じられてうれしいです。中高生に囲まれてご飯を作る機会。それはありそうでない時間なので、私自身、豊かな時をもらっています。
みなさんがやりたいことを
岡さんのいえは、みなさんがどうしたいのかを具現できる場でありたいと思います。私の場ではなく、みんなの場だということを大切にしたい。みんなには、中高生も高齢者も含まれます。私を手伝うのではなく、自分がやっているという実感をみなさんにもっていただけるとうれしい。
「あなたはどうしたいの?」ということを問いかけていって、できることがあれば、じゃあやろうかという姿勢は変えたくないと思っています。でも夕食会でビーフシチューやすき焼きをご希望されても、材料費がかかりすぎるので無理ですよ(笑)。
プロフィール
- 小池 良実 Koike Kazumi
- 「岡さんのいえTOMO」オーナー
- 大叔母から託された昭和の面影を色濃く残す一軒家を、平成19年に世田谷区地域共生のいえとして地域に開放。「まちのお茶の間」をめざして、世田谷トラストまちづくり大学卒業生をはじめとする仲間とともに運営会議を組織して活動を続け、年間2000人が訪れる地域の居場所として定着している。羽根木プレーパーク元世話人。東京ボランティア・市民活動センター(TVAC)26年度地域の居場所活性化モデル事業検討委員。現TVAC運営委員。
http://www.okasannoie.com/