中村雅彦さん(福島県視覚障がい者福祉協会 専務理事)
東日本大震災で被災した障がい者の困難さを聞き取る
掲載日:2017年12月19日
ブックレット番号:4 事例番号:44
福島県福島市/平成27年3月現在

 

中村雅彦さんは、福島県で特別支援学校の教諭として勤務した後、福島県教育庁や県立養護学校及び盲学校の校長、県立養護教育センター所長、大学教授など、長年にわたり障がい者の教育と福祉に従事してきました。

平成23 年3 月に起きた東日本大震災を受け、障がいの種別を問わず被災した障がい者及び関係者およそ100人に聞き取りを行いました。

 

中村雅彦さん

公益社団法人福島県視覚障がい者福祉

協会専務理事及び福島県点字図書館館

長、福島県視覚障がい者生活支援セン

ター所長を兼任している。

 

避難が難しかった障がい者の聞き取りを始める

東日本大震災が発生し、中村さんはそれまでに関わってきた多くの教え子たちの安否が気がかりでした。特にいわき市の学校に勤めていた際の卒業生の多くが海辺に住んでいることを知っていたため、津波の被害が心配で安否確認を始めました。数十年ぶりに会う教え子も多い中、堰を切るように話をしてくる姿から、震災及びその後の避難生活で相当のストレスを抱えていることが伺えました。そんな矢先、中村さんのもとに教え子の悲報が届きました。

中村さんは、避難や避難後の生活が困難である障がい者の支援を訴えるためには多くの事例が必要だと感じました。そして、平成23年4月から福島県内の自治体や社会福祉協議会、当事者団体等から紹介をしてもらいながら、視覚障がい、聴覚障がい、知的障がい、発達障がい、歩行困難な身体障がい者の当事者や遺族等関係者への聞き取り調査を始めました。その中で、大規模な災害が発生した際の障がい者の実態が見えてきました。

防災対策・災害対応を考える上で、「自助・共助・公助」という考え方があります。自助とは、自ら(家族も含む) の命は自らが守ること、または備えること。共助とは、近隣が互いに助け合って地域を守ること、または備えること。公助とは、自治体をはじめ警察・消防・ライフラインを支える各社による応急・復旧対策活動、を指します。阪神淡路大震災以降注目され、東日本大震災で改めて理解が求められています。

 

障がい者の防災教育を改めて考える

障がいの程度によってできることの差はありますが、災害が発生した時に始めから誰かの助けを待つよりも、自分でできる限りのことをしている方が、助かる確率は上がります。中村さんは聞き取りの中で、このような事例に出会いました。

 

  • 知的障がいのある男子高校生は、東日本大震災の発生時、祖母と一緒に自宅にいました。自宅は海に近い地域でしたが、祖母からまず「2 階にいなさい」と指示されました。その指示を守ったことによって、津波にのまれ亡くなってしまいました。

 

祖母は彼を守るため、高いところにいるよう指示を出したのだと思います。「普段はさまざまなことを自分でできる子なのに、目の前まで津波が来ても指示を守って逃げられなかったのは、防災教育のあり方に課題があるのでは」と、障がい者の教育に長年携わってきた中村さんは感じました。それは指示を待つことを教えてきたからです。

東日本大震災を受けて、避難訓練の実施方法を再考した教育関係者は多いと思います。特別支援学校においても、成長の過程で危険回避能力を高めていくような教育が必要です。これまでの避難訓練に多く見られる避難経路の途中で、「ここで全員が揃うのを待ちます」という指示で十分な災害もあるけれど、大規模な災害で津波が来た時に、「水に浸かってもいいからとにかく少しでも先に逃げなさい」と指示することや、比較的軽度な障がい者が重度な障がい者を守るような観点の避難を想定しておくことが重要です。また、障がいの程度によってできることにも差があります。それぞれの自助能力を最大限に発揮できるよう、個々に合わせた避難訓練の実施方法の再考が必要だと、中村さんは考えています。

 

支援者だけでない地域の人に対して障がい者が自分を開く

厚生労働省は、地震直後の平成23 年3 月11 日と3 月20 日の2 回にわたって、事務連絡「視聴覚障害者等への避難所等における情報・コミュニケーション支援について」を発出しました。被災地の県等へ視聴覚障がい者情報提供施設等と連携して、支援を行うよう依頼しています。

住み慣れた家の中であればスムーズに生活することができる視覚障がい者でも、地震で物が倒れてしまうと玄関に行くことすら難しくなります。また、普段から必要な情報を入手しているテレビやラジオ等も停電により使用することができません。避難をするには人の力が必要になります。聴覚障がい者も、がれきを避けて避難することはできますが、やはりテレビやFAX が停電で使えないと情報を入手することができません。避難を指示するアナウンスやサイレンの音は、聴覚障がい者には届きません。また、たとえ緊急用のメール配信等により情報が入ったとしても、混乱した状態の中で避難するのはとても難しく、障がいがあると気付かずに話しかけられても無視してしまい、トラブルになることもあります。障がいを理解した上で支援してくれる人の力が必要です。

中村さんのもとには地域の人の力が少しでもあれば助かった、辛い思いをしなかった、という事例が集まりました。「災害時要援護者名簿があったとしても、それを利用するのは人。大事なのはいかにして人の力を借りられるか」ということに中村さんは気付きました。

この問題を解決するためのヒントとなる事例があります。

 

  • 筋ジストロフィーの男性は24 時間体制でヘルパーの介助を受けていた。地域の方はその男性が電動車椅子に乗っているところを見たことはあったが、「あの人はヘルパーがいるから大丈夫」と思っていた。しかし、実際は週3 回、90 分だけヘルパーを頼まずに自分だけの自由な時間を作っていた。その間に地震が起き、津波が来て亡くなってしまった。後にそれを知った地域の方は「わかっていれば助けに行けたのに…」と漏らした。

 

  • 知的障がい者の男性。高齢の母と一緒に1 日おきにスーパーに買い物に行き、地域の方と会えば挨拶をしていた。地震の際に地域の方が、「あの人はどうしているだろう。母は高齢だし助けられないだろう」と思い、助けに向かい津波から逃れることができた。

 

障がい者には、普段から家族やヘルパー等、特定の人としか関わっていないという方は多くいます。「聞き取り調査の中で、地域の方の支援を受けて助かった障がい者の多くは、普段から地域に対して自分を開いて関わっていた。それは挨拶程度で十分」と中村さんは話します。まずは地域においてどこに障がい者が生活していて、災害の際には手助けが必要ということを地域住民が認知しておくことが地域の助け合いシステムを構築します。

また、地域に対して障がい者が自分を開くということは、地域で生きる楽しさにもつながると中村さんは考えています。

 

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中村雅彦さん(福島県視覚障がい者福祉協会 専務理事)
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