墨田区・(社福)賛育会・すみだ日本語教育支援の会
広がる外国人材の受入れ(4)地域共生につながる外国人職員の支援(墨田区・社会福祉法人賛育会、すみだ日本語教育支援の会)
掲載日:2020年1月21日
2020年1月号 連載

(左から)社会福祉法人賛育会
中央区特別養護老人ホーム マイホーム新川施設長 羽生隆司さん
法人事務局ミッションサポート部係長 薄井佳代さん

 

あらまし

  • 福祉人材の確保・育成・定着に向けたさまざまな取組みの一つとして、福祉施設や事業所では、福祉を学んだ新卒学生だけでなく、未経験者や主婦層、高齢者、外国人など多様な人材に対し、採用や育成・定着のためのさまざまな工夫やアプローチを行っています。多様な背景を持つ人たちが、福祉の仕事に関わるきっかけや働く環境をつくるための取組みや工夫等を取り上げます。

 

日本に定住する外国人の採用

墨田区に法人本部がある社会福祉法人賛育会では、都内施設の介護職員502名のうち、24名が外国人です(令和元年12月現在)。

 

同法人の墨田区特別養護老人ホームたちばなホームでは、平成17年に初めてフィリピン人介護職員を採用しました。平成20年に日本とインドネシアの間にEPAの協定が結ばれる3年前のことです。当時の施設長、羽生隆司さん(現中央区特別養護老人ホーム マイホーム新川施設長)が、人材不足の中、ホームヘルパー2級を修了した日本人配偶者等のフィリピン出身者たちがいるという話を耳にしたことがきっかけです。

 

当時は外国人を採用する福祉施設がほとんどなく、養成課程を修了しても就職先がなく困っているということでした。思い切って4人を採用してみると、持ち前の明るさや高齢者に対する優しい接し方が好評で、利用者・家族・同僚たちからすぐに受け入れられました。

 

しかし、採用から2か月経過すると、日本語の壁という大きな課題も見えてきました。彼女たちは日常会話に不自由はないものの、複雑な指示や現場特有の言い回しには理解が追い付かないことがありました。これについては、日本人職員側が伝え方を変えることで、徐々に互いの思い込みや行き違いを減らすことができるようになりました。

 

残る課題は、日本語の読み書きでした。体系的に日本語を学んだ経験がなかったため、彼女たち自身からも「改めて学び直したい」との声が上がりました。しかし、出身国で高卒以上の学歴があったため、日本の夜間中学への就学はできませんでした。

 

産・官・学と地域が連携

ちょうどそのころ、たちばなホームで外国人職員が働いていることを新聞記事で知った、早稲田大学大学院日本語教育研究科教授の宮崎里司さんから、日本語支援への協力の申し出がありました。当時、早稲田大学が社会貢献として、墨田区と産官学連携を図っていたこともあり、話し合いの末、外国人介護従事者向けに「介護の日本語」に特化した日本語教室を開講することが決まりました。準備の段階で、日本語教室の運営については、当時の墨田区高齢者福祉課長から、定年後のセカンドステージを応援する「てーねんどすこい倶楽部※1」という区内のシニアボランティア団体を紹介されました。この団体のパソコン教室のメンバーが運営を担ってくれることになりました。こうして、施設(産)・区(官)・大学(学)・ボランティア(地域)の四者の連携で「すみだ日本語教育支援の会※2」が始まりました。

 

年間約200万円かかる運営費用は、国・都・区などのさまざまな助成金プログラムや支援事業を活用し賄ってきました。「運営費用の確保には毎回苦労しているが、関係者が一丸となって事業継続に取り組んでいる。年ごとに受講生募集や実績報告、メディアへの働きかけを振り返ることは、よい刺激になるし、動機付けにつながる」と羽生さんは話します。

 

※1 NPO法人 てーねんどすこい倶楽部
http://tehnendosukoiclub.jpn.org/
退職や子育て後の地域のシニアが集まり地域活動をすることを目的として、平成19年に発足。

 

※2 すみだ日本語教育支援の会
http://sumidanihongo.web.fc2.com/
登録希望者は、賛育会 法人事務局(担当:薄井)TEL:03-3622-7614まで。

 

すみだ日本語教育支援の会

毎週金曜日、午後2時頃になると墨田区横川3丁目集会所に、ボランティアや講師、受講生が集まり始めます。現在、墨田区在住・在勤者を中心に約50名が受講登録をしています。一度登録すれば、予約不要でいつでも受講することができます。最近の受講者数は毎回10名程度で、国別には、発足時からフィリピン出身者が最も多く、台湾・ベトナム・ミャンマー出身者もいます。介護分野への就職を考えている人や、介護従事者、介護福祉士国家試験受験を目指す人などが受講しています。毎回5名程度のボランティアによるマンツーマンレッスンと、2時間程度の日本語講師による難易度別グループレッスンが行われます。

 

グループレッスンの様子

 

教室に参加し、現在は受講者をサポートしている疋島ヘルミニアさんは、フィリピン人職員として、たちばなホームに最初に採用されたうちの一人です。この日本語教室で学び、平成24年に介護福祉士国家試験に合格を果たしました。どの施設でも通用する資格を得たことが自信につながり、利用者からより信頼されるようになったことが嬉しかったと言います。最近、日本語能力試験※3N2レベルの認定を受け、今はN1レベルを目指して勉強中です。

 

疋島ヘルミニアさん
「自分が熱中できる何かを常に持っていたい」と語ります。

 

※3 日本語能力試験
https://www.jlpt.jp/index.html
日本語の「読む」「書く」能力をN1~5の5段階で測る。N1が最も高度なレベル。

 

地域へ恩返しを~アボット・カマイの結成~

疋島さん以降、さらに数名の介護福祉士国家資格取得者がこの教室から誕生しました。現在彼女たちは、日本語による授業で理解するのに苦労した経験をもとに、講義内容を母語で分かりやすく説明する役目を自らすすんで引き受けています。そして「日本語学習を支えてくれる地域にも何か恩返しがしたい」という考えから、平成28年4月にフィリピン人ボランティア団体「アボット・カマイ※4」を結成しました。区のイベントや福祉施設で、母国の衣装で伝統舞踊を披露するなどの活動をしています。

 

また、平成30年4月に墨田区オリンピック・パラリンピック地域協議会の「おもてなし交流部会」に「アボット・カマイ」が会員として登録され、疋島さんは代表として部会や総会に参加しています。来年に向け、「東京五輪音頭2020」を地域のイベントで披露するため振りつけを練習しています。また、メンバーたちは、都市ボランティアとして個人登録し、疋島さんはパラリンピックの表彰式のプレゼンターに選出されました。

 

羽生さんは、日本語支援に悩んでいた受入れ当初を振り返り、「こんなことで困っている、と外に助けを求めると不思議と誰かが手を差し伸べてくれた。地域にはそうした資源が思った以上にあると感じた。地域に支えられ、育ててもらい、そして恩返しをする。支援する側も地域貢献や異文化交流ができ、情報発信のヒントも得られる。関係者全員が受益者となれる」と地域を巻き込んだ支援体制のメリットを語ります。

 

※4 アボット・カマイ
タガログ語で「助け合う・手を取り合う」という意味

 

留学生の受入れも

賛育会では、平成29年度から留学生の就学や就労の支援にも取り組んでいます。受け入れていたミャンマー・カンボジア・ベトナム・台湾からの留学生が介護福祉士養成校を卒業し、今春、正規職員として入職予定です。留学生たちが学校に通いながら、アルバイトとして就労する姿を見守ってきた経験から、羽生さんは「彼らが職場に求めるものは、報酬・キャリアパス・里帰りのための休暇・日本語支援の4つ。報酬・キャリアパスは、日本人職員と同様の待遇で迎える。里帰り休暇は、遠く母国を離れて働く彼らが安心して働くためには不可欠。現場に負担感や不公平感が生じることのないよう、施設側は説明と体制づくりをする姿勢が求められている。日本語支援については、現行の受入れ制度では現場任せにならざるを得ないことを課題に感じている。日本語が不十分でも単純な業務に偏らせたり、処遇にばらつきが出てはいけない。しっかりした学習体制の構築が求められる」と話します。また、介護福祉士国家試験の課題として「EPA候補者には試験時間の延長が認められている。その他の制度を利用して来日した受験者についてもぜひ拡大してもらいたい」と語りました。

 

外国人職員への支援を地域に投げかけたことが、多文化共生、そして地域共生に向けた実践にもつながりました。「生活者」として支え、時に支えられ、地域によい循環が生まれています。

 

  • 外国人介護職受入れガイドライン
  • ~東京都高齢者福祉施設協議会人材対策委員会の取組み~
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  • 羽生さんが委員長を務める、東京都高齢者福祉施設協議会の人材対策委員会では現在「外国人介護職受入ガイドライン(仮称)」の作成に取り組んでいます。
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  • ガイドラインでは、受入れ制度の概要や手続き、入職後の支援や配慮しなければならないこと、トラブル対応などとともに現場の外国人と日本人双方の職員の生の声を紹介する予定です。採用を検討している施設や関係者等に広く情報を共有し、介護分野での外国人職員受入れの姿勢と「生活者」としての支援の必要性を示していきたいとの思いから作成を始めました。
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  • 発行は、令和2年春ごろを予定しています。
取材先
名称
墨田区・(社福)賛育会・すみだ日本語教育支援の会
概要
(社福)賛育会
https://www.san-ikukai.or.jp/index.html

すみだ日本語教育支援の会
http://sumidanihongo.web.fc2.com/

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