福島県福島市/平成27年3月現在
元の施設に戻れないとき、利用者の生命を守るには…
施設に戻ることのできた方は406人(37.2% ) です。一方、32.1%の350人が「避難先で死亡」となっています(84頁参照)。福島県社会福祉協議会老人福祉施設協議会復興委員会事務局長兼コーディネーターの高木健さんは「過酷な避難と環境の変化を経て、避難した入居者は通常の施設入居者よりも死亡率が高い傾向にある」と指摘します。こうした事態は、原発事故に固有のものではありません。全国どの施設でも、災害の発生やその被害により「元の施設に戻れない」といった事態はさまざまにありえます。しかし、多くの施設がその想定をしていません。そうした事態になったとき、利用者や職員の生命をどう守るか厳しい現実がつきつけられることになります。
福島県老人福祉施設協議会 会員施設現況調査表 (平成26年1月1日現在)
元の所在地から避難した施設とは異なる選択をした施設もあります。東日本大震災で、福島県飯舘村は災害発生の1か月後に「計画的避難区域」に指定され、全村民が避難する事態となりました。その時、村内唯一の特別養護老人ホーム「いいたてホーム」は災害直後に避難した施設利用者の過酷な状況を目の当たりにし、あえて避難せず、村内に止まることを選択しました。職員は区域外から全村民が避難した飯舘村に通勤して施設運営を維持しています。「従来型」と「ユニット型」の居室により運営していた施設は、現在、「ユニット型」のみの定員で運営しています。
高木さんは、震災当時、楢葉町で「デイサービスセンターゆずのさと」を運営していました。高木さんは、「入所だから、通所だからではなく、災害の発生する時間帯によって通所施設も利用者を守り抜かなければならない」と話します。
震災の当時を高木さんは振り返ります。通所施設の「ゆずのさと」では、建物の中が地震でぐちゃぐちゃになり、外はマンホールも飛び出て橋も危険な状態でした。「まるで戦場のような風景だった」と、高木さんは語ります。利用者を連れて避難した体育館では、騒然とした状況に落ち着かない利用者とともに情報もなく寒さと戦う不安な一夜を過ごしました。行政に相談しましたが、町民の対応に追われ何も情報や支援が得られませんでした。高木さんは公衆電話に並び、知り合いの施設に連絡し、利用者を連れて南へ南へと車で移動しました。
目の前にいる利用者を懸命に守る職員にも被災した家族がいました。「利用者の命と家族」。この大きな2つの選択肢に葛藤しながら職員は利用者を守り続けたのです。災害が発生すると、利用者も職員も家族も自治体職員も全員が被災者となるのです。
震災当時から老施協事務局を担ってきた福島県社会福祉協議会人材研修課主査の今関稔子さんは「被災者が被災者を支援するには限界がある」と話します。そして、「支援の持続性、安定性を維持するためには、被災していない(被害が少ない)地域が支援することを原則にしなければならない。そのために、市町村を越えた県域、さらに全国組織をはじめとした関係団体のネットワークの構築が必要」と指摘します。
福島県社会福祉協議会 老人福祉施設協議会
高木健さん、今関稔子さん
大規模災害で老施協に求められる機能
福島県老施協は、東日本大震災の際に「多数の要介護者を事前調整もないまま避難させる」という前代未聞の事態を経験しました。そこでは、①長距離の移動(移送)方法、②物資(高齢者用の食事、介護用品等)の手配、③介護職員の派遣、④施設での受入れ調整、これらに多くの課題を残しました。
この経験をふまえ、福島県社協では「避難の経過を時系列に並べるだけでは、利用者や職員が経験した避難の過酷さが伝わらない。そのとき当事者たちが『何を思ったか』、『どういう言葉を発したか』を残しておく必要がある」と考えました。そのため、平成24年度にこの事態を記録として残すべく、避難を経験した施設の関係者への取材に取組み、避難の経過を改めて検証しました。当事者が思い、発した言葉を克明に記した『避難弱者』は、平成25年8月に東洋経済新報社から発行されています。
『避難弱者』による取材で明らかになった事実をふまえ、災害時の課題や対応、施設間の連携について老施協役員会、復興委員会を中心に検討が重ねられました。ただ、その協定を意味あるものとしていくために、福島県老施協は協定を検討する前提に次の3つを置きました
一点目は、職員も被災者になるため、「常に支援を必要とする要援護者」を支援する人材そのものが不足、もしくはいなくなるということです。前述のとおり、それを補うために、福島県老施協がそのネットワークの機能を担う必要があります。
二点目は、一施設(事業所)の限界を誰が支えるべきかです。多数の要介護の利用者を安全に移送する手段は限られ、専門的な設備、用品、個々の利用者ごとに欠かせない医薬品のない状況となります。必要とするサービスが途切れることは、利用者の生命に関わる問題です。そして、要援護者の支援には専門的な知識を持つ人材が欠かせません。これを補うためには、異なる種別では対応が困難なことも想定されます。特に避難が長期化することを考慮すれば、同種別間での支援を組むことが利用者にとっても負担が小さく、混乱を少なくすると考えられます。この点においても、種別を同じくする老施協のネットワークの存在意義があります。
三点目は、どんな災害であっても初動期は自施設で対応せざるを得ないということです。そのため、自施設で初動期の対応策を検討しておく必要があります。今関さんは、「『協定を締結している』=『困ったときはいつでも助けてくれる』の発想は間違い。常日頃から自施設のリスクの検証を繰り返し、訓練を重ねることが最も重要。そのことが前提にあって協定がある」と指摘します。
施設ごとに立地している地形や環境によって、どんな災害でどのような影響を受けるかは異なってきます。「ライフラインが機能しない」、「人材が確保できない」といった事態を想定したとき、どのようなリスクが想定され、それに対して初動期に何ができるかを考えておかなければなりません。また、住民や地域の社会資源の被害を受けた時、そもそも「地域にある施設」ということを考えれば、福祉避難所としての役割も期待されます。逆に、自施設だけでは解決できない問題も地域住民との協力関係を築くことで対応できることもあります。
こうしたことから、自施設でマニユアルを整備し、訓練を重ねることが協定に参加する前提として必要となります。その整備や訓練の実施を福島県老施協が支援することを考えています。
http://www.fukushimakenshakyo.or.jp