あらまし
- 令和元年9月から10月にかけて関東・東北地方を中心に通過した台風第15・19号は、各地に甚大な被害をもたらしました。記録的な強風により民家の屋根が吹き飛ばされたり、河川の氾濫により水や泥が侵入したりするなどの被害が発生しました。福祉施設でも、浸水や土砂災害、停電や断水等、利用者の安全に関わる被害がありました。
今回は、広域での情報収集にあたった千葉県知的障害者福祉協会と、埼玉県で浸水被害を受けた施設の気づきや振り返りをお伝えします。
千葉県知的障害者福祉協会
台風第15号は、9月9日に強い勢力で千葉市付近に上陸し、伊豆諸島や関東地方南部を中心に記録的で猛烈な風雨をもたらしました。これにより、千葉県を中心とした広範囲で、最大約1ヶ月にわたる停電や断水、多くの住家損壊や農林水産業の被害が発生し、人々の生活に甚大な影響をおよぼしています。
千葉県知的障害者福祉協会(以下、協会) 事務局長で社会福祉法人大久保学園 園長の千日 清さんは、協会の事務局として千葉県内の協会加盟施設・事業所の被害状況の情報収集に奔走したと言います。「幸いにも大久保学園は、台風15号で大きな被害を受けずに済んだ。一時的な停電はあったが、それを除いてライフラインが生きていたため、朝9時の開所と同時に協会の事務局を務める私宛に、行政や関係機関から千葉県内の施設の被害状況を確認する電話が鳴りやまず、日常業務もままならなかった」と発災当日の朝を振り返ります。
協会として県内施設の被害状況を確認するため、千日さんは施設に次々に電話をかけていきましたが、停電のため電話が繋がらない施設も多くありました。個人的に連絡先を把握している施設職員の携帯電話に連絡してみるなど、状況確認を続け、被害情報を集めていきました。そして、今どこの施設が困っているかをまとめ、県内の施設宛にメールを配信しました。千日さんは「大規模な停電が続いていたため、もちろんメールが届かない施設もあったと思う。それでも、どこの施設が困っているのかという情報をメールで配信すると、メールを受け取った近くの施設の方がその施設を見に行ってくれたりした。千葉県内では協会の活動や研修が活発で、施設同士の横のつながりも強い。平時から顔の見える関係ができているため、困った時には助け合える土壌がある」と話します。
協会としての情報収集体制
協会では9月25日~10月1日にかけて改めて台風第15号の被害状況調査を行いました。停電・断水、建物内外の被害状況や被害額に加え、利用者の受入れが困難になったことによる損害額、利用者の健康状況や食事の状況、発災時の備えとして良かったもの、どんな支援があれば良かったと感じているかについて取りまとめました。調査の結果では、情報収集について「備品や物資等必要なものや連絡先を含めた情報が早い段階で入手できていれば、備品・発電機等の貸し借りができた」という課題もあがりました。大規模災害時等の協会としての連絡体制について、千日さんは「今回は大久保学園のライフラインが大きな被害がなかったため、情報収集を行うことができたが、常にそうであるとは限らない。災害の種類や、発災の時間帯などによっても対応は異なると思うが、協会内で『事務局の電話がつながらなかったら、ここに連絡する』などと連絡先の順番を決めておいたり、エリアを分けての対応や、SNSなどの活用等も非常時を想定して検討したい。また、今回の発災時には携帯電話の方が繋がりやすく役に立った。差し支えない範囲で各施設職員の携帯電話の番号を協会に知らせてもらうことも必要と感じている。今後は調査の検証から得られたことを提言したり、今後の災害の際に活かしていくとともに、県内の施設全体で災害への備えの底上げを図っていきたい」と話します。
社会福祉法人 けやきの郷
台風第19号は猛烈な大雨や暴風を伴い、10月12~13日にかけて関東地方を通過しました。関東甲信越地方、東北地方に河川の決壊による氾濫、家屋等への浸水や土砂の流入等の甚大な被害をもたらしました。
埼玉県川越市にある社会福祉法人 けやきの郷も近辺の川の氾濫により、運営する入所・通所施設が浸水し、土砂が流入する被害を受けました。現在も建物の1階部分の外壁に浸水の跡が残っています。
被災から2か月が経過しようとしていた12月上旬に電気は復旧しましたが、水道は断水したままで、仮設トイレが設置されています。総務課長の内山 智裕さんは復旧状況について「軒並みすすんでいない状況だ」と語りました。
けやきの郷では、史上最大勢力と見込まれた台風第19号が上陸すると判明した時点で、可能な人は在宅避難を保護者に依頼するなど、施設ができうる準備を早めにすすめていました。ただし、大半の入所者の親は高齢等の事情があり、長期的な避難は難しく、家庭には「緊急的」にお願いしたと言います。
台風上陸の当日、残った入所者はグループホームの2階に垂直避難しました。その後2m近く浸水し、消防に救出されました。
台風通過後、入所者は避難所に避難しましたが、12月10日までに入所者は4か所の避難先を転々としています。
1か所目は行政と相談し、市民センターに自主避難しました。しかし、一般の方の利用予約が入っていたので、翌日2か所目の小学校へ移動することになりました。そこでも授業が始まるため移動となり、3か所目となる公民館、その後4か所目となる福祉総合センターへ行政との連絡調整のうえ移動することとなりました。
「入所者の大半に自閉症や行動障害があり、一般避難所は無理だと思った。避難生活は、元々男女別で生活していたのが共同生活になったり、日中活動がなくなったことでルーティンがなくなり不安定になるなど、入所者にストレスがかかっている。これまでの施設での生活の中で安定してできるようになってきたことが、できなくなってしまった」と内山さんは語ります。
職員は被災後1ヶ月は施設の復旧と避難先での支援に半々に分かれて業務にあたりました。現在は、復旧にあたっていた職員も避難先で支援員として勤務しています。被災直後は、職員から給料の支払いを心配する声も聞かれました。
自分たちと同じ状況を生まないために伝えたい
被災した施設の工事は始まっていますが、再び入所できるようになるまでには早くて3、4か月、全面復旧には約9か月かかると言います。復旧予算も9億円ほどかかると見込まれます。「水害による被災は今回で2回目で、違う土地で施設を建て直したい気持ちもあるが、土地が見つからない。利用者が待っているので、同じ土地で復旧するしかない」と内山さんは言います。
今回の被災を受け、内山さんは平時からの準備として必要なことについて「集団で避難できる場所を確保しておくべきだった。さらに言えば、県外など同時に被災しない場所への避難も視野に入れておくと良かったかもしれない。また、災害救助法など災害時に適用される法律や、公的な支援はどのような法律に基づいて動くのか、被災時に起こりうる事態について予め知っておけば良かった」と振り返ります。
また「支援の申し出や必要な支援について聞かれたことも多くあった。しかし、こちらもどこに何をお願いすれば良いか分からない状況だった。『これとこれができます』等、何ができるのか具体的に提案していただけるとお願いしやすかったかもしれない」とも振り返ります。
今回、被災直後には埼玉県立大学、日本社会事業大学、埼玉工業大学の教員や学生、ボランティア、埼玉県内の知的障害関係施設職員等が泥出しを行ってくれました。また、空いていたデイサービスに一時的に避難させてくれたりするなど、「共助」の力が大きかったと言います。
「次に自分たちと同じ状況で困る施設がないように、教訓として伝えられることを伝えていきたい」と内山さんは語ります。