法学博士・早稲田大学名誉教授 田山輝明さん
成年後見制度の現状と課題に向き合いながら
掲載日:2020年5月8日
2020年5月号 福祉職が語る

法学博士・早稲田大学名誉教授 田山輝明さん

 

私が「福祉」の分野に研究者として初めて関与したのは、平成2年に当時の東京都福祉局が設置した「精神薄弱者・痴呆性高齢者擁護機関検討委員会」でした。この委員会は、判断能力が十分でない方たちが豊かで安定した地域生活が送れるよう、権利擁護体制の整備を図ることを目的としていました。最終報告(平成3年7月)の直前まで、後に東社協会長となられた金平輝子氏も委員長として関わっていました。私は、当時の民法の「禁治産制度」の専門家として呼んでいただいたと理解していますが、この委員会では、私は「お役に立つ」というよりも、もっぱら勉強をさせていただきました。

 

「権利擁護センターすてっぷ」の設立と役割

平成3年11月、東京における判断能力が十分でない方たちのための権利擁護機関「東京精神薄弱者・痴呆性高齢者権利擁護センター/愛称:権利擁護センターすてっぷ」(以下、すてっぷ)が東社協に設置され、私も「すてっぷ」の権利擁護委員として活動することになりました。権利擁護委員長は、元札幌高裁長官の野田愛子先生でした。「知的障害者の権利宣言(国連・1971)」等に添った権利擁護機関として設立し、日本の禁治産制度の改正を検討するために、欧米の成年後見制度の研究と検討も重ねました。この成果は、『新しい成年後見制度をめざして』(平成5年・東社協発行)に詳しく書かれています。また、野田先生を団長としてイギリス、ドイツ、オーストリアの法制度の実地調査を実施し、私も調査団の一員として現地に赴きました。特に、既に民法改正を済ませていたドイツとオーストリアの改正の方向は参考になりました。

 

「すてっぷ」は「意思能力が十分でない人々の社会生活を支援するために」専門相談員による相談援助や連絡調整等さまざまな活動をしてきました。これらの人々が安心して社会生活を送れるような社会的システムを創設するために、法律や制度の改正も広く社会に訴えました。真にノーマライゼーションが実現されるための啓発活動を積極的に展開しました。その後、禁治産制度は成年後見制度に転換され、制度の理念は根本的に転換されました。

 

この他にも、「すてっぷ」は「本人」との契約関係を前提にして、「生活アシスタント」を通じて日常生活の援助も行いました。知的障害者等の方々に契約内容を理解していただくために、印刷物などは可能な限り「わかりやすい言葉」で「ひらがな」を多く用いるなどさまざまな努力をしました。当時、厚生省の障害福祉課長の浅野史郎氏にも注目していただき、私は、「すてっぷ」の専門相談員で大学の同窓生でもある長谷川泰造弁護士とともに浅野氏の「勉強会」に招かれました。このようにして、「すてっぷ」の取組みは全国に知られるようになりました。

 

地域福祉権利擁護事業

その後、平成11年に福祉サービスの利用手続きや日常的な金銭管理等の「お手伝い」をする「地域福祉権利擁護事業」がスタートしました。利用契約は、本人にとっては、利用料を負担する点を除けば、不利になる点はありません。サービスの内容につき時間をかけてでも理解できる方であれば、この「お手伝い」の利用が可能です。この点では、法定代理権(他人による決定)を前提とする成年後見制度よりは、望ましい制度です。もちろん利用を可能とする判断能力を有しない方については、成年後見制度の利用が必要になります。

 

この制度は、できる限り、利用者の方の身近な場所にあることが望ましいので、区市町村ごとにこのような機関を設置することを前提にして、平成13年に「すてっぷ」は任務を終えました。

 

障害者権利条約が求めているもの

日本でも、平成26年に障害者権利条約が批准されました。第12条が提示している「支援つき意思決定制度」の趣旨は、本人意思の尊重の下で、本人が支援者を拒否でき、さらに、法的能力の行使に関連する措置が、(1)利益相反を回避し、不当な影響を排除し、(2)本人の状況の変化に適合し、(3)後見制度等の利用をできるだけ短期間にし、(4)その利用の必要性につき定期的に審査がなされることです。

支援つき意思決定制度は、「個人の意思と選好」に第一義的重要性を与え、人権規範を尊重するさまざまな支援の選択肢から成り、自律に関する権利を含むすべての権利と、虐待および不適切な扱いからの自由に関する権利を保護するものです。

 

欧米諸国においても、最近では、「最善の利益(ベストインタレスト)」よりも本人の「意思と選好の最善の解釈」が強調されています。成年後見制度に関連する仕事に携わる人には、ぜひ国際的な潮流にも目を向けていただきたいと思います。

 

私が代表を務めている「比較後見法制研究所」では、月に一回、国内外の成年後見に関する研究会を行っています。また、年に一度、海外の研究者の方をお招きして公開講演会も行っています。福祉分野の方たちの参加もあります。関心のある方は大歓迎、ホームページをご覧下さい。
比較後見法制研究所ホームページ

 

 

  • 法学博士・早稲田大学名誉教授 田山輝明さん
    〈経歴〉
    昭和53年 早稲田大学法学部教授
    平成10年 早稲田大学法学部長
    平成14年 早稲田大学副総長・常任理事
    一社)多摩南部成年後見センター理事長
    公社)杉並区成年後見センター理事長
    一社)比較後見法制研究所理事長
    平成12年~東社協 福祉サービス運営適正化委員会苦情解決合議体委員長
    平成16年~東社協 福祉サービス運営適正化委員会委員長
    平成17年~全社協 地域福祉権利擁護に関する検討委員会委員長
取材先
名称
法学博士・早稲田大学名誉教授 田山輝明さん
概要
比較後見法制研究所
https://www.hikaku-kouken.or.jp/
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