医療法人社団つくし会 理事長 新田國夫さん
「命を救う」ための医療から、その人の「生活を支える」ための地域医療へ
掲載日:2020年11月24日
2020年11月号 福祉職が語る

医療法人社団つくし会 理事長 新田國夫さん

 

大学病院等の救急救命センターを掛け持ちする外科医が私の医師としてのスタートでした。脳卒中やがん患者さんの「命を救う」ために手術をし、術後の治療にあたっていました。経管栄養やバルーンカテーテル、点滴の投与といった大病院ならではの治療を行い、容体がある程度安定したところで退院です。当時の医療現場では【早期退院】がキーワードでした。私は、退院していく患者さんたちが、退院後にどのような生活をしていくのかを気にしながら、日々治療をしていました。
その後、大学病院ではなく、もっと地に足をつけて地域医療に取り組みたいと思い、平成2年に国立市で【新田クリニック】を開院しました。
他の病院を退院したての患者さんが来院すると、私は、その患者さんが自宅でも入院中と同等に近い療養ができるようにさまざまな手配をして、家族や周囲の方たちに療養の指導をしました。開院当初1~2年は、どこにいても同じレベルの医療を提供することが重要だと思っていました。今思うと家族の方たちにとても大きな負担をかけていたのかもしれません。

 

在宅療養の高齢者と向き合って

一人ひとりの症状が違うように、一人ひとりの暮らしも違います。日々、多くの高齢の患者さんを診療していく中で、在宅医療では、治療するだけではなく、その患者さんの「生活を支える」ための医療を提供することが必要だと思いを深めました。むしろ、治療の優先が患者さんの生活の質を落とすことに気づいたのです。

 

開院時から在宅訪問診療も行っています。在宅で生活している多くの認知症の患者さんを診る中で、認知症の初期から終末までの関わりも数多く経験しました。

 

在宅で生活する認知症の方たちを支援するため、平成9年に地域の社協の協力の下で、市内の古民家を借りて「つくしの家」を開設しました。つくしの家は、数名の認知症の方たちが日中に来てそこで過ごし、夕方には家に帰る、今でいうデイサービスのようなものです。毎日6~7名の方がお手伝いをしてくれていて、つくしの家でそれぞれの時間を、その人なりに過ごしてもらうために支えます。

 

当時の認知症の方に対する医療は、周辺症状(BPSD)を抑えるための薬物治療が中心でした。つくしの家に来ている認知症の方たちにもBPSDはありましたが、つくしの家で過ごすうちに徐々にBPSDが改善して、投薬を減らすことができました。さらに、表情が豊かになり会話もできるようになっていきました。私は、支援者が生活を支えることで認知症の症状が消失し家族の負担も軽減することを知り、在宅医療にとって生活支援は必要不可欠なものであることを学びました。介護保険開始前のことです。

 

医療と介護の連携(介護職員スキルアップ研修への期待)

その後、地域の介護事業所や医療関係者とともに、在宅医療に関する学習会を重ねて、医療と介護の連携の重要性を共有する取組みに尽力しました。
平成12年に介護保険制度がスタートし、現在では多くの介護職が高齢者の生活を支えています。

 

介護職は、日常生活の支援の中で、その高齢者の心身の変化にいち早く気づくことができます。高齢者の身体の特徴や、高齢者に多い疾病の概要、健康状態の観察方法や医療介入の必要性などを学ぶことによって、日常の介護をより安全で質の高いものにするとともに、適切に医療職等と連携することができます。

 

介護職がこういったことを学ぶ場として、東社協では、東京都福祉保健局から委託を受けて【介護職員スキルアップ研修】を行っています。東京都医師会も全面的に協力し、私もカリキュラムづくりから関わり、講師の一人として毎年参加しています。

 

一人ひとりの職員のスキルアップを図るだけでなく、職場全体の支援の質を高めることをめざしています。介護関係者の皆さんには、こういった研修を積極的に活用していただきたいと思っています。

 

看取りについて考える

人の死の判定は医師の役割です。だからといって死は医療職が独占するものではありません。介護職の方たちにとっても、看取りは大きなテーマです。

 

最期をどこで迎えるか、医療の選択はどの様に考えるのか、家族の思いはどうなのか、そこには多くの選択肢があります。すぐに結論が出る問題ではないため、本人の日頃の言葉や思いから感じ取ったことを記録し書き綴り、本人の思いを尊重し家族がその思いを実現できるとよいと思っています。日常生活の支援の中に、こういったACP(アドバンス・ケア・プランニング)の視点を取り入れることが大切です。

 

看取りには「学び」と「経験」が必要です。介護職の方たちも、死について学ぶことを意識し、デス・カンファレンスを取り入れるなど、看取りの体験を共有して今後の介護に資する、といったスキルアップに努めてもらいたいと思います。

 

  • 〈経歴〉
    1967 早稲田大学第一商学部卒業
    1979 帝京大学医学部卒業
    帝京大学病院第一外科・救急救命センターなどを経て
    1990 東京都国立市に新田クリニック開設 在宅医療を開始
    1992 医療法人社団つくし会設立 理事長に就任し現在に至る
  • 〈資格・公職等〉
    医学博士、日本外科学会外科専門医、日本消化器病学会専門医、
    日本医師会認定産業医
    一般社団法人 全国在宅療養支援医協会会長
    日本臨床倫理学会理事長
    NPO法人 福祉フォーラム・東北会長
    NPO法人 福祉フォーラム・ジャパン副会長
    日本在宅ケアアライアンス議長
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