清水裕香里さん(NPO法人Jin事務局長)
荒れ果てた浪江町を緑にぬり変える
掲載日:2017年12月14日
ブックレット番号:- 事例番号:52
福島県浪江町/平成28年11月現在

 

ポイント

  • (1) 荒れ果てた被災地に美しい花を植え、人々が復興に向けて希望を持てることを具体的に感じられるように支えている。
  • (2)「帰る人」「帰らない人」というどちらかではなく、一人ひとりに想いがある。そのいろんな想いに応えようとしている。

 

あらまし

  • 生まれ育った浪江町(福島県双葉郡)にたくさん人を呼びたいと、浪江町サラダ農園の仲間たちと美しい花を育てる清水裕香里さんにお話をうかがいました。
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  • 東日本大震災で浪江町は、震度6強の揺れと津波で被害を受け、その後の東京電力福島第一原発の事故により、全ての町民が避難しなければなりませんでした。はじめは、「町に戻りたい」と言っていた町民も避難が長期化すると、「今さら帰れない」という想いが強くなるとともに、避難先の生活に慣れ、「帰らない」ことを選ぶ人が増えてきました。
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  • 震災から2年後の平成25年4月に、浪江町サラダ農園のある地区は午前9時から午後4時までの立入りができるようになりました。約2年間、手つかずだった浪江町は、音もなければ色もありませんでした。何もなくなった農園に「花をたくさん植えたらきれいかな」という思いつきから、私たちはサラダ農園に6,600本のチューリップを植えました。また、震災前に農園で飼っていたうさぎが奇跡的に命をつないで子どもを産み殖やしたことも私たちを元気づけました。家の片づけなどで町に戻っていた方々が美しく咲いた花を見かけて喜んでくれます。トルコギキョウの出荷という産業も見えてきて、花づくりは、私たちの希望となりました。
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  • 平成29年4月に避難指示が全面解除されたら、私は浪江町に帰ります。高齢者・障害者の事業所をこの地に立ち上げてきたときから続けてきたことをなくすことはできないと思います。これからもこの場所にいろんな花を植えて、たくさんの美しい花で「帰ってくる人」も「帰らない人」も迎えたいという気持ちでいます。

 

取材先
名称
清水裕香里さん(NPO法人Jin事務局長)
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