東京都福祉保健局、世田谷区児童相談所、江戸川区児童相談所、荒川区子ども家庭総合センター
特別区児童相談所の設置の経緯と現状~先行3区の特徴と取組み
掲載日:2021年2月10日
2021年2月号 NOW

 

あらまし

  • 家族形態の変化や地域のつながりの希薄化など、子どもや家庭を取り巻く環境は大きく変化し、その抱える問題も複雑化・多様化しています。また、令和元年度中に全国215か所の児童相談所(以下、児相)が児童虐待相談として対応した件数は19万3千780件(速報値)で過去最多となり、児童虐待を防止する体制を強化していくことが求められています。
  • そのような中、平成28年5月に児童福祉法が改正されたことにより、特別区が児相を設置できるようになりました。都内では、令和2年4月に世田谷区と江戸川区が、次いで7月には荒川区が設置しました。今後19区がこれに続く予定です。今号では特別区児相設置の経緯と現状、ならびに先行した3区の特徴と取組みについてお伝えします。

 

児童相談所とは

児相は、児童福祉法に基づいて設置された児童福祉の専門の相談機関です。原則18歳未満の子どもおよびその家庭に関する相談に応じ、問題解決に必要な指導、援助、措置を行います。児童福祉司、児童心理司、医師、保健師等の専門職が、虐待や養育困難、不登校、障害、非行等の相談、里親の相談等に対応します。

 

相談に対しては、受理し、調査・診断等を専門的に行い、援助方針を決定します。必要に応じ専門機関へのつなぎや、専門職による継続的な治療プログラム、カウンセリング等も行います。また、緊急な保護や、保護による行動観察、短期入所指導の必要がある場合には「一時保護」を行います。そのほかに、里親制度の推進や「療育手帳(東京都では愛の手帳)」の判定等を行っています。

 

児童福祉法改正と特別区児相設置の動き

児相の設置は、都道府県(指定都市を含む)に義務が課されています。これに加え、平成16年11月の児童福祉法改正により、政令で指定された市も児相を設置できることになりました。これにより、子育て支援から要保護児童対策までの一貫した児童福祉施策や、中核市は保健所設置市でもあるため、保健と児童福祉行政の一体的な展開が可能となることなどに期待がされています。しかし、設置市はこれまで金沢市と横須賀市、明石市の3市にとどまっています。

 

平成28年5月の児童福祉法改正により特別区(※1)にも児相を設置できることとなりました。一般の市町村と同じ基礎自治体であり、特別区の多くが中核市と同等の人口規模を有していることなどからです。法改正を受け、東京23区のうち22区が設置の意向を示し、令和2年4月に世田谷区と江戸川区が、7月に荒川区が設置しました。特別区での児相設置がすすむ背景について、東京都福祉保健局少子社会対策部事業調整担当課長の宿岩雅弘さんは「平成28年の法改正以前から都と特別区の間では、さまざまな行政分野の事務の連携と分担について幅広の議論がなされてきた。その議論の中でも、児相を特別区が担いたいという意見があがるなど、特別区において児相設置に関する検討がなされてきた」と話します。

 

(※1)全国で現時点では東京23区のみ

 

(右から)
 東京都福祉保健局少子社会対策部

     事業調整担当課長      宿岩 雅弘さん
   家庭支援課 課長代理  布施 裕司さん

 

なお、東京都の特色として、区市町村が設置する「子供家庭支援センター(以下、子家セン)」は子どもと家庭に関する総合相談窓口として、都児相は専門性の高い困難事例等の対応窓口として、互いに連携しながら児童相談を行ってきました。先行して児相を設置した3区においては、それぞれの区が地域に合った児童相談体制を構築しています。

 

今号では、先行3区の各児相の特徴や、取組みなどについて聞きました。

 

◆開設を機に、児童福祉行政を再構築~世田谷区児童相談所~

世田谷区は、平成3年度より、地域行政制度(※2)を導入し、28の出張所、5つの総合支所、本庁という体制のもと、地域住民に身近な行政サービスを実施しています。子育て支援や母子保健については、子家センが中心となって取り組んできました。また、平成28年4月から、児童養護施設や里親等の元を巣立った若者の進学や社会的自立を応援する「せたがや若者フェアスタート事業」として、給付型奨学金・住宅支援・居場所支援を実施するなど、児童福祉に関する事業に積極的に取り組んできた経緯があります。児相の開設について、所長の土橋俊彦さんは「妊娠から出産、保育・幼児教育、学校教育までの一貫した支援を実現するため、開設に向けて取組みをすすめることになった」と話します。また、副所長の河島貴子さんは「地域行政制度を取り入れている世田谷区にとって、児童相談所の開設にあたって子家センと一元的な運用により運営していくという流れは自然だった」と話します。

 

(※2)都市としての一体性を保ちながら、住民自治の実をあげるため、区内を適正な地域に区分して地域の行政拠点を設置し、これを中核として総合的な行政サービスやまちづくりを実施するしくみ(せたがや自治政策研究所『地域行政の推進に関する研究 令和元年度報告書』より)

 

(左から)

世田谷区児童相談所
    所長   土橋 俊彦さん
    副所長  河島 貴子さん

 

準備期から職員と共に児相を創り上げる

開設にあたって、さまざまな工夫のうえ人材確保やケースの引継ぎを行いました。人材確保については平成30年度から本格的に動き出し、庁内公募等も行い、開設1年前には必要な職員の約85%を専任配置できました。

土橋さんは「専任配置の職員がいたことで、運営上のマニュアルや、建物改修にあたっての内装等のデザイン等、職員の力で一から創り上げることができた。自分たちで創り上げたという愛着や団結力が生まれたことは大きい」と強調します。都の世田谷児相からのケースや業務の引継ぎには、半年程度の期間を設けました。区内5つのエリアごとに担当を割り振り、担当エリアの複数の職員で1つのケースを引き継ぐ体制をとりました。土橋さんは「ケースの引継ぎは大変だということを想定していたため、職員を多く配置した。複数の職員が1つのケースを共有することで、勉強の機会としても活用した」と話します。

 

「のりしろ型」支援の推進と窓口の一本化

児相の運営にあたっては、これまで子育て支援や母子保健の土台を築いてきた5つの子家センの形を基本にしながら、有機的に連携できるしくみを構築する必要があったと言います。児相と5つの子家センとの月1回の合同会議を実施するほか、子家センと児相が担当者レベルで連携できるよう、所内組織をエリア担当ごとに分け、専任の職員を配置しました。連携体制のひとつとして、世田谷区では「のりしろ型」支援を展開しています。「のりしろ型」支援とは、子家センと児相の両機関の職員がチームとなり、1つのケースについて日常から情報共有を行い、必要に応じて協働で支援する世田谷区独自の体制です。これによって虐待等の要保護児童等の早期発見・早期対応を意識した支援を展開することができます。

 

その他、これまで5つの子家センと都児相で受けていた虐待等の通告窓口について区民向けのフリーダイヤルを開設し、児相に一本化しました。専門機関である児相で一括して通告を受理し、初動対応の一時的方針の判断を行う体制とすることで、より適切な支援につなげることが可能となりました。

 

枠組みを超えた経験を通じて総合力を高める

今後について、土橋さんは「ようやく8か月が経った。今は、とにかく経験を蓄積し、職員の質を高めていきたい」と話します。河島さんは「連携は相手の立場や役割を知るところからはじまる。将来的には区内の人事異動等を通してさまざまな職場を経験することにより、子どもの育ちや将来像を見据えた支援ができる人材が育てば良いと思っている」と話しました。 

 

世田谷区児童相談所

 

◆事件をきっかけに、いち早く開設を~江戸川区児童相談所~

江戸川区がいち早く児相設置に向けて動いたきっかけは、区内で平成22年1月に起きた小学校1年生男児の虐待による死亡事件でした。区では独自に事件を検証し、機関同士の連携の不十分さにより、この家庭が機関のはざまに落ち、結果として支援が十分に届かなかったことが分かりました。これを抜本的に解決するには「児相を区に設置し、区が児童相談行政の責任を持てる体制が必要」と考え、都や他区と検討を重ねてきました。そして法改正を受け江戸川区は設置を表明し、平成29年4月に開設準備担当課を設置、3年後の開設を目標としました。

 

人材については、子家センの職員を児相職員として確保するとともに、新卒者や経験者の職員採用を行いました。また、育成のために児相設置を見越した時点から、他の自治体の児相への職員派遣を積極的に行いました。人材確保について江戸川区児童相談所相談課長の木村浩之さんは「採用のほかにも区職員の中からの発掘も必要。開設にあたっての区職員向け勉強会には毎回100人以上が参加し、アンケートでは児相で勤務を希望する声も聞かれた」と話します。

 

そして、開設1年前からは、各児相に派遣していた職員を江戸川区を管轄する都の江東児相に集約してケースワークをしながら引継ぎを行ってきました。木村さんは「ケース数が多く、引継ぎは困難を極めた。追加で職員を派遣し、開設までに全てのケースの引継ぎを完了できた」と振り返ります。

 

江戸川区児童相談所
相談課長 木村 浩之さん

 

江戸川区児相の3つの「一元化」

江戸川区ではこれまで3つの「一元化」の実現をめざしてきました。1つめは「指揮系統の一元化」です。先述の痛ましい事件の教訓から、江戸川区では子家センと児相の二元体制を一機関に集約することが命題でした。開設後は子家セン機能を持つ課と児相機能を持つ課が連携して迅速かつ、きめ細やかに対応しています。2つめは「支援対応の一元化」です。基礎自治体であることを活かし、母子保健や子育て支援、学校教育、そして地域住民や関係団体と連携を強化し虐待の発生を防止します。3つめは「窓口の一元化」です。以前は、子家セン、虐待専用ダイヤル、江東児相、189(※3)の4つの電話番号があり、相談者からは分かりづらい状況がありました。現在は189のほかは、総合相談窓口の電話番号の1つのみとし、児童に関するあらゆる相談を受け付けています。また、建物の1階には地域交流スペースが設けられ、子育てひろばや里親相談会等を行っています。

 

里親支援は、フォスタリング機関事業(※4)を社会福祉法人へ委託し包括的支援に取り組んでいます。また、児童養護施設が区内に無かったため、区有地を活用し設置をすすめました。現在、令和3年4月の開設に向けて準備中です。

 

(※3)児童相談所に通告・相談ができる全国共通の電話番号

 

(※4)児童福祉法第11条第1項第2号に掲げる業務に相当する、里親のリクルートおよびアセスメント、登録前、登録後および委託後における里親に対する研修、子どもと里親家庭のマッチング、里親養育への支援(未委託期間中および委託解除後のフォローを含む。)をフォスタリング業務といい、一連のフォスタリング業務を包括的に実施する機関をフォスタリング機関という。

 

子どもの権利を擁護する一時保護所

新築した区児相内に設置された一時保護所は、子どもの権利を最大限擁護できる施設をめざしました。多数の個室、家庭用ユニットバスを男女4基ずつ設置しました。また、意見箱を置いたり、月1回子どもたちだけの会議の場を設けるなど、子どもが意見を出しやすい工夫をしています。木村さんは「身近な地域の一時保護所なので、今後は子どもが在学する学校の先生との連携にも取り組んでいきたい」と話します。

 

“地域力”で虐待防止に取り組む

区に児相が設置され、学校等の地域の関係団体とのつながりが密になりました。相談課が事務局を担う要保護児童対策地域協議会に地域の校長先生も出席するなど、より近い関係が築けています。地域との連携を強化し、虐待の数を減らしていくことが大きな目標です。

 

木村さんは「現在の江戸川区児相が完成形だとは思わない。柔軟に形を変えながら、江戸川区らしい相談体制・支援のあり方を確立していきたい。江戸川区は”地域力”が自慢で、地域の皆さんが力を貸してくれる。児童虐待の防止にも、この”地域力”を活かして取組みをすすめていきたい」と今後の展望について話します。

 

江戸川区児童相談所

 

◆地域と関係を築き、開かれたセンターに
~荒川区子ども家庭総合センター(荒川区児童相談所)~

荒川区では「荒川区の子どもは荒川区で守る」という理念のもと、令和2年4月に「子ども家庭総合センター」を開設しました。開設当初は、これまで子家センが担っていた業務を引き継ぐ形で開始し、児相業務は7月から開始しました。副所長の小堀明美さんは「4月から6月までの3か月間は区職員を都の北児相に派遣し、ケースの引継ぎ期間とした。4月に人事異動があった後に、職員が確実にケースを引き継ぐ体制を整えることができた」と振り返ります。開設にあたって新築した建物は木材や丸みのあるデザインを採用し、温かみのある雰囲気をつくっています。また、名称には”児童相談所”を掲げていません。小堀さんは「区民が気軽に相談できるよう名称にもこだわった」と言います。

 

荒川区子ども家庭総合センター
(荒川区児童相談所)
副所長 小堀 明美さん

 

予防的支援の推進と関係機関との連携強化

「子ども家庭総合センター」は、同一自治体において一貫した支援が行えるメリットを最大限に活かせるよう、子家セン機能、児相機能および一児保護所を一体的な組織の中で運営しています。小堀さんは「これまでは、関係機関との連携には物理的な時間を要していたが、区内に児相が設置されてからは、内線一本で保健師等と情報共有ができるようになった。健診の情報や特定妊婦の情報等、必要な情報を素早く共有できるようになったため、早期発見・早期支援につながっている。また、学校や保育所等の関係機関の中には、以前一緒に働いたことがある職員もおり、顔が見え、スムーズに連携がとれるようになったと感じる」と話します。

 

潤沢な職員配置による手厚い支援

人材の確保については、児相の設置を見据え、数年前から計画的に福祉職の採用をすすめていました。その結果、国の基準よりもはるかに余裕をもって職員を確保できました。小堀さんは「一人あたりのケース数に余裕を持たせることができた。また、荒川区は自転車があれば30分程度で行き来できるコンパクトな区。都の北児相では、距離が遠いことから月に1回程度しか訪問できなかったケースも、複数回訪問できるようになり、手厚い支援が可能となった」と話します。

 

荒川区の一時保護所は、家庭的な雰囲気となるよう生活空間をユニット形式としています。小堀さんは「一時保護所に従事する職員も十分に配置しており、子どもたちと丁寧に関係を築く環境を整えている」と話します。

 

複雑・多様なケースに対応できる人材の育成

荒川区に児相が設置されたことは、地域住民にも影響を与えています。小堀さんは「荒川区には下町気質の住民が多いことから、住民や関係機関との関係性を築きやすいという強みがある。開設以前から児相の設置について地域住民にしっかりと周知していたことが功を奏したのか”気がかりなことは児相に”という意識が地域住民の中で芽生えつつあり、地域住民からの通告や相談等も多い。今後も地域にとって開かれた場所となるよう、積極的に周知していきたい」と話します。続けて「新型コロナの影響で職員研修がほぼ中止になり、研修を十分に受けられないまま現場に出ざるを得ない職員もいた。現在定期的に実施している事例検討やロールプレイ等のセンター内研修を充実させ、複雑・多様なケースにも対応できる職員の育成に引き続き力を入れていきたい。また、積極的なアウトリーチを意識し、声を上げられずに困っているなど、支援を必要とする方に子ども家庭総合センターの存在を知ってもらいたい」と話しました。

 

荒川区子ども家庭総合センター
(荒川区児童相談所)

 

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3区が児相を設置したことによる新しい課題もあります。都福祉保健局の宿岩さんは「これまで都児相のみであった設置主体が増えたことにより、一時保護所の空き状況の共有方法や、児童養護施設等が行う措置費の請求手続きが複雑化したことなどがあげられる。ケースの引継ぎ方法についても、区からの派遣職員の数や期間等、3区それぞれに違いがあった。その経験もふまえ、今後の都と区の連携のあり方について検討が必要」と話します。

 

また、人材確保や用地等の課題から開設予定を延期する区も出てきています。特に人材については、平成31年3月の児童福祉法施行令改正により、児童福祉司の配置基準が人口4万人あたり1人から3万人あたり1人となるなど、さらなる体制の強化も求められています。宿岩さんは「人材確保は都と区に共通する大きな課題。異動や退職もある。また、採用後にすぐ即戦力になれるわけではないため、丁寧に育成していく必要がある。厳しい状況ではあるが、質と量を確保していくことが重要」と話します。

 

令和3年度には港区と中野区が設置予定とし、17区が順次これに続きます。今後、身近な地域である特別区に児相が設置され、子家センをはじめ、保健所や地域の関係機関との連携を一層円滑に行うなど、きめ細かな支援を展開することにより、支援が必要な子どもや家庭の早期発見、児童虐待の未然防止につながっていくことが期待されます。

取材先
名称
東京都福祉保健局、世田谷区児童相談所、江戸川区児童相談所、荒川区子ども家庭総合センター
住所
世田谷区児童相談所
https://www.city.setagaya.lg.jp/mokuji/kodomo/009/005/d00185374.html

江戸川区児童相談所
https://www.city.edogawa.tokyo.jp/jiso/index.html

荒川区子ども家庭総合センター(荒川区児童相談所)
https://www.city.arakawa.tokyo.jp/a039/kosodate/sougou_center.html
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