(社福)筑水会 特別養護老人ホーム 筑水苑
被害を最小限に抑え利用者を守り、施設自身が早めに立ち直る ~床上64センチの浸水被害を受けた施設が再開するまで~
掲載日:2018年3月26日
ブックレット番号:6 事例番号:55
茨城県常総市/平成29年3月現在

 

想定していなかった豪雨水害の発生

(社福)筑水会 特別養護老人ホーム「筑水苑」は、市内で一番規模の大きいユニット制の施設です。平成16年8月に70床で開設した後、21年に40床の新館を増築し、合計110床(内ショートステイ20床)と、定員25名のデイサービスを運営しています。職員数は被災当時93人でした。茨城県内で、医療・介護に関わる13事業所を運営する「今川医療福祉グループ」の一員として、安心・安全・快適を理念に施設運営を行っています。

平成23年の東日本大震災発災後は、スプリンクラーで水浸しになった3か所の介護老人保健施設(老健)から約40人の利用者を受入れた経験があります。東日本大震災以降、職員には自宅付近のハザードマップをよく確認するように伝え、防災対策委員会を設置し、連絡網など各職員に情報を伝える方法の見直し等を行ってきました。

 

施設長の長尾智恵子さんは、「豪雨による水害には津波とはまた違う備えが必要。ライフラインが徐々に使えなくなるなど、豪雨災害の発生から実際に施設で影響を受けるまでのタイムラグがあった」と当時をふり返ります。堤防決壊は平成27年9月10日午後12時50分でしたが、実際に筑水苑の敷地に浸水が始まったのは、11日の早朝5時27分でした。

鬼怒川が決壊した10日には、職員自身が避難しているという連絡や、近隣の施設にも水が入ったという話も耳に入っていたため、緊急事態かもしれないとグループ内で連絡を取り合い用心していました。しかし、決壊地点から13km離れていることもあり、まさかここにまで水は来ないだろうという思いがありました。午後7時に断水すると聞き、筑水苑にいた職員はお風呂や桶、やかんに水を張りました。そして、水や夕飯を買って戻り、床に布団を敷いて寝ました。

 

普段、夜間は6人の体制ですが、10日の堤防決壊で自宅が流された職員や道路の封鎖等で帰宅できなかった職員、そして、被災により翌日出勤できないとの連絡が相次いだため、中堅職員を中心に、栄養士、事務員などを含め計15人の職員が当時筑水苑にいました。

深夜2時頃、一般市民からの電話を宿直が受けました。「そちらにも水が行くかもしれないから気をつけた方がいい」という内容でした。それ以降、宿直は敷地の外の様子の変化を気にしていました。

実際に筑水苑の敷地に水が入ってきたのは早朝5時27分です。6時56分には、敷地内にあった職員の車が水没する水かさとなりました。その後、7時少し前に近隣一帯が停電となりました。浸水開始から水没、停電までの間はわずか1時間強でした。

 

その間に職員は、1階の利用者を2階に避難させ、1階倉庫の備蓄を運び出し、普段は1階にある医務室の機能を2階の研修室に移しました。利用者の健康にかかわるカルテや薬を一か所に集約し、鍵がかかる場所で安全に管理するためです。看護師は夜間不在でしたが、浸水が始まったころに、救急救命士の息子と一緒に駆けつけました。息子さんの力添えもあり、荷物を持ち上げる手が増え、大切な利用者の薬とカルテを全て守ることができました。

1階には、本館に3ユニット、新館に2ユニットありました。まだ寝ている利用者も多く、一人ひとりをベッドから起こして車椅子に移乗させ、エレベーターを使い2階に移動させました。エレベーターは車椅子が4台入る大きさです。介護士と相談員が一緒に、1時間弱で1階にいた全ての利用者を2階に移動させました。

その頃、厨房の職員と管理栄養士は、卓上コンロ10台や大きなお鍋など、調理に関わる備品を2階に上げていきました。また、防災備蓄品を1階にある地域交流センター内倉庫に保管していたため、そこから2階に運び出す対応も必要でした。

 

長尾さんは、デイ職員と備蓄・備品を2階に上げる作業を行った後、事務職員と事務機器等を上げる作業をしました。事務室にある利用者に関する書類、事務作業にかかわるコピー機、プリンター、PC、サーバー……限られた時間の中で優先順位の判断を迫られながら時間の許す限り対応しました。利用者に関わる書類を優先したため、施設宛にFAXで届いた書類、研修資料、職員の署名捺印を要する書類等は水に浸かりました。この経験をふまえて、今後はPDF化をしての書類保管を検討しています。

利用者全員の安全は確保できました。利用者のリネンはかろうじて上げることができましたが、ベットは時間的に間に合わず1台も上げることができませんでした。また、利用者の部屋の荷物も運びきれる状況ではありませんでした。機転を利かせた職員が各部屋のベッドの上に利用者が大切にしていた配偶者の位牌や写真などを乗せ、ギャッチアップさせていきました。幸運にも、ベッドの上の荷物は守ることができ、後々、利用者のご家族から「母の大切なものを守ってくれてありがとう」などの御礼の言葉をいただきました。

 

停電により、施設内に3機あったエレベーターのうち2機が水没しました。1機は職員のとっさの判断で、2階で開いている状態でバケツをドアの隙間に挟ませ降下しないようにしました。1機だけでも水没をまぬがれ、全取り替えではなく修理のみで済んだことは、交換にかかる時間や費用面で助かりました。

全利用者と3日分の食料など備蓄品の2階避難を完了したことから、長尾さんは、利用者の安全を確保するため「水が引くまで屋内待機すること」を決断しました。

 

9月11日5時27分に筑水苑に浸水開始

 

発電機と福祉車両7台を含む車15台が全損となった

事務所の机の中の書類

 

事務所内の床の状況

 

独立した部屋で棚があり、鍵がかかることから、研修室に医務室の機能を移した

 

利用者のベッドの上にできる限りの荷物を乗せギャッチアップさせた

 

取材先
名称
(社福)筑水会 特別養護老人ホーム 筑水苑
概要
(社福)筑水会 特別養護老人ホーム 筑水苑
http://www.tikusuien.jp/
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