東京都の「多文化共生」と外国籍住民
掲載日:2021年8月13日
2021年8月号 連載

明治学院大学 長谷部美佳さん

明治学院大学教養教育センター教員。ボランティア学、多文化共生論担当。専門は社会学。国際移動女性のジェンダー分析、インドシナ難民研究の傍ら、外国人集住地域で支援活動に従事。自治体多文化関係の委員を兼務。

 

あらまし

  • 東京都在住の外国人の数は、30年間増加し続け、現在、全国で最も多い55万人近くに上ります。彼らは、言葉や文化、生活習慣の違いなどから、普段の暮らしや地域住民との関係の中で、さまざまな困りごとを抱える場面も少なくないと考えられます。
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  • この間、都内では日本語教室や学習支援、相談支援等の活動や、外国にルーツのある方と地域住民が相互理解を深めるための多文化交流など、多くの取組みが行われています。
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  • 今回の連載では、同じ地域に暮らす一員である彼らの日常生活のサポートや住民同士の交流を深める取組みを紹介し、地域において多文化共生をすすめる活動から見える現状や課題を発信していきます。
  • 今号では、東京における外国にルーツのある方の状況と福祉分野での外国にルーツのある方への期待について寄稿いただきました。

 

東京都の「多文化共生」と外国籍住民

日本に長期的に滞在/在住する外国籍の住民の数は30年間増加し続け、現在約300万人となっています。外国籍住民との「共生」をめざす「多文化共生社会」という言葉が使われるようになって、すでに20年が経過しています。しかし「多文化共生」という考え方は、定着していないようにも思われます。特に、東京都に在住する外国籍住民は、55万人近くにのぼり、常に日本の中で一番の外国籍住民人口を抱えていますが、東京都の多文化共生の歴史は長くありません。そこで、東京都の外国籍住民の概要、「多文化共生」という言葉の背景と東京都の状況、福祉分野での外国籍住民の方の活躍について述べていきます。

 

東京都の外国籍住民の概要

東京都の外国籍住民の人口は、2021年現在で54万6千人に上ります。1979年の外国人人口は10万人程度でしたが、10年ごとに10万人ずつ増え、40年間で約5倍になったことになります。このうち3分の1以上を占めるのは中国出身者で、次いで韓国、ベトナム、フィリピン、ネパールと続きます。全国でみるとベトナム出身者が第2位となっていますが、東京では韓国出身者がベトナム出身者の2倍以上在留しています。また同じく全国では第5位になるブラジル出身者が非常に少なく(3千661人)、ネパール出身者が多いのは、東京の特徴といえるでしょう。

 

区市町村で見ると、全体の約8割が23区内に在住し、一番多いのが新宿区です。それ以外は江戸川区、足立区、江東区となり、23区の中でも東部に多くの外国籍の方が住んでいます。ただし、23区内は千代田区、中央区、目黒区以外はすべて1万人以上在住しています。23区外で最も多くの外国籍住民を抱えているのは八王子市です。新宿区に外国籍住民が多いのは、企業以外に、大学、日本語学校、専門学校が集中しているためです。そしてそれは東京都全体としてもいえることです。東京都には、大学や専門学校、企業が集中していることが、外国籍住民が集住する一番大きな理由と考えてよいでしょう。

 

東京都と「多文化共生」

こうした背景が、実は東京都においての「多文化共生」が進展しない、大きな理由でもありました。「多文化共生」とは基本的に、地域で長期的に暮らす「定住者」を対象者としてきた経緯があります。東京都には学生や企業に勤務する人が多かったため、外国籍住民は「定住者」、つまり生活をする人という認識のされ方が、近年までなされていませんでした。

 

「多文化共生」という言葉は、1989年に出入国管理及び難民認定法が改正され、1990年に施行された後に急増した、日本に定住する外国籍住民への対応として生まれてきた言葉です。ここで急増した人たちは、日系南米出身者でした。それまで日本において長らく外国人といえば、戦前から在住する「オールドカマー」(多くは日本で生まれ日本で教育を受けた人たち)でした。また1980年代に「外国人労働者」が急増しますが、基本は「労働者」=単身者で出稼ぎの人たちでした。それが改正入管法施行により、初めて外国人の問題が、「日本語が十分ではないけれども長らく定住する」人の問題へと変化しました。外国人の「家族」が急増し、社会保障や教育の問題となったのです。また、一般的に教育や社会保障が問題になるのは、労働環境や社会環境が不安定な場合に多いと考えられます。「定住者」の場合は家族の生活の基盤が日本社会の中にできていることもあり、生活困窮の問題が可視化することになったのです。こうした「定住者」の問題が顕著になれば、地方自治体も対策を打たざるを得ず、その対策が「多文化共生」施策と呼ばれるようになりました。本国に帰る人も多い留学生や、あるいは大企業勤務/経営者で、日本語が話せなくても生活に困らないという人が多かった東京都では、こうした多文化共生施策を特に打ち出す必要がない時代が続きました。先の入管法改正以降、特に2000年代に入って多くの政令指定都市が指針を打ち出す中、東京都の多文化共生推進指針が公表されるのは2016年となりました。

 

また、東京都の外国人人口の増加は、全国の増加の理由とは必ずしも一致しません。現在日本全国で急激に増加しているのは「技能実習生」という人たちです。「技能実習生」は、中小零細企業や農家に配置されることが多く、現在全国で40万人ほどが在住していますが、東京都には、1万人強しかいません。それにも関わらず東京都での外国籍住民の人口が多いのは、「留学生」の3分の1、「経営・管理」の3分の1、「高度専門職人材」の半数、など国が政策として受け入れている高度人材の多数が東京都に在住しているからです。

 

福祉の対象から福祉の担い手へ

東京都の行政としての「多文化共生」の歴史は短いものの、東京都の多くの市民団体やNPOは、長らく外国人の支援にあたってきています。2016年の指針の中で、東京都の多くの市民団体が「外国⼈を福祉的観点から⽀援を⾏う対象として捉えた取組み」を行ってきたとしています。例えば、労働相談や外国ルーツの子どもへの支援活動、外国籍住民への防災知識の伝達などです。

 

とはいえ、外国籍住民は、今や福祉の対象ではなく、福祉の担い手となっています。全国的に、日本の介護業界は多くの外国人によって支えられていますし、介護に限らず日本に暮らすすべての人たちの福祉ニーズに応える外国籍住民は多数います。それは東京都内でも同様です。ここで、東京都内で福祉の担い手となっている外国籍(あるいは外国ルーツ)住民の事例を二つ紹介したいと思います。

 

一つ目は、中国残留孤児の第二世代の人たちが、第一世代の人たちの介護のために会社を起業したケースがあります。中国語しか話せない残留孤児の第一世代の人のために、中国語での介護サービスを提供している一笑苑という会社です。年齢が高くなってから日本に帰国した残留孤児第一世代にとって、日本語での介護サービスは、困難を伴うことが多いという、具体的な経験から立ち上げられた会社です。東京都内では板橋区と江戸川区に施設があります。

 

二つ目は、「マスジド大塚」の事例です。「マスジド大塚」は、朝日新聞によれば1980年代後半から1990年代に来日したパキスタン人貿易商3人が資金を出し合って設立したイスラム教のモスクです。2011年の東日本大震災の時には、100回以上被災地に炊き出しに通ったというこのモスクの人たちが、その経験を生かして、池袋の路上生活者のための支援団体とともに、年に数回は池袋の公園での炊き出しを行なっているというものです。パキスタン出身のムスリムの人たちが、日本人の路上生活者を支援しているのです。

 

福祉分野での外国籍住民の活躍は、その他の分野(例えばコンビニ弁当の工場など)と比較すると、日本人にとって見えやすいものです。彼らの活躍にもっと注目を集めて発信していくことで、多文化共生の理解が促進される可能性が高いといえるのではないでしょうか。

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