NPO法人Mother's Tree Japan
言葉の理解を超えた心の寄り添いを通じて、安心・安全な産前産後を迎えるために
掲載日:2021年12月15日
2021年12月号 連載

事務局長
坪野谷 知美さん

 

NPO法人Mother’s Tree Japan(マザーズ・ツリー・ジャパン)・・・東京都豊島区において、産前産後、子育て中の外国人女性の文化や宗教、個性に寄り添いながら、日本での安心した出産、子育てを支援する団体として令和2年6月に設立。母国語によるカウンセリングや付き添いサービス、交流イベントの企画等を通して地域や子育てのコミュニティづくりの場を提供している。

 

「Mother’s Tree Japan(以下、マザーズ・ツリー・ジャパン)」の拠点がある豊島区の人口は、28万4千134人、うち外国人は2万4千488人(約8・6%)(※)と、都内でも外国人住民の割合が高い地域です。

 

 

NPO法人設立の経緯

マザーズ・ツリー・ジャパンの設立の背景には、事務局長の坪野谷知美さんと、坪野谷さんの父で理事長の坪野谷雅之さんの海外での生活経験があります。坪野谷さんは、雅之さんの海外赴任により、幼少期から中学生までを香港とイギリスで過ごしました。坪野谷さんは「幼少期は病院にかかることが多かった。母は、慣れない言葉と文化の中で苦労しながら育ててくれていた」と振り返ります。坪野谷さんが中学生の時に、盲腸炎になりイギリスの病院に入院した時のことです。「医師の説明が理解できず、痛みや手術への不安を簡単な英語でしか伝えられなかった。印象的だったのは発熱時に扇風機で身体を冷やされたこと。症状が悪化してしまったため、父から医師に『日本では発熱時に身体を温める習慣がある』ということを伝えてもらい、なんとか症状が改善した。人種が違えば持っている免疫、体質も違うため、症状への対応が異なると知ったが、家族ともども不安な入院生活だった」と話します。一方で「言葉があまり通じなくても、寄り添い、励ましながら看護をしてくれたスタッフの存在に救われた」と言います。

 

帰国後、祖国日本をより知るため大学で日本史学を学んだ後、通信で保育士資格を取得しました。保育士として保育園に勤めていた頃、友人の産後うつを目の当たりにしたことがきっかけで、自宅で産前産後の女性に寄り添うサロンを始めました。坪野谷さんは「サロンには、外国人女性の方も来ていた。産前産後の精神的不安に加え、異文化の環境の中で、言葉で伝えられない不安な気持ちを押し殺して出産、子育てをしている方が多いことを知った」と話します。産前産後のサロンは継続しており、今年で15年目になります。

 

これらの経験から、「それぞれの文化や宗教、思いに寄り添いながら、安心・安全に産前産後を迎えられる環境をつくりたい」と思い、令和2年6月に産前産後、子育て中の外国人女性に特化したNPO法人を設立しました。

 

オンライン中心の啓発活動、事業を展開

令和2年10月より事業を開始する予定でしたが、新型コロナの影響により、予定していた妊娠、産後、子育ての対面相談やイベント等は自粛し、オンラインを中心とした啓発活動、事業展開に重点を置いてきました。

具体的には、区内保健所や区内で多文化共生に取り組む団体とのネットワークづくりや、区内のカフェや公共施設にチラシを配るなどの周知活動を実施しています。坪野谷さんは「新型コロナの影響で、思うように事業展開ができなかったが、ネットワークづくりに時間をかけることができたのは大きい。保健所が対象家庭に訪問する際に、通訳として同行するなど、区内関係団体とのつながりができてきている」と話します。

 

現在の活動の大半は「母国語によるオンライン相談」です。LINEやZoom、Messengerなどのアプリを用いて個別に相談に応じるほか、月に1回助産師による母国語別の母親相談会を実施しています。これらの相談会には毎回在日外国人スタッフが通訳に入ります。助産師から直接話が聞けることもあり、SNSを通じて海外からの参加もあります。

 

産褥期は母国語で、乳児が生後半年過ぎた頃からは、地域コミュニティを見据え、母国語に加え、日本語でのやりとりや、母親同士の交流を意識したサロンを実施しています。坪野谷さんは「産褥期は心身ともに疲労し、不安が大きい時期。正確な情報を知りたい時期には母国語で伝えるようにしている」と話します。

 

そのほか、講師を招いたオンラインでの多文化共生ワークショップや、YouTubeチャンネルを開設し、「産前産後に役立つ日本の情報」や、「季節ごとの過ごし方と体のケアの方法」等のテーマに基づき、動画を公開する等の情報発信も行っています。

 

一方で、課題となっているのは周知の方法です。坪野谷さんは「オンライン化により、インターネットを使う習慣のない方には届きづらくなってしまう。また、国によって、情報を得るツールが異なり、得たい情報もさまざま。ニーズに合わせた情報提供を意識している」と話します。

 

母親一人ひとりの意思を尊重した「指差しお産ボード」の開発

「日本人が思っている以上に、文化や風習を大切にしている外国人女性は多い」と坪野谷さんは言います。例えば、病院食に豚肉が使われていたり、主治医が男性といった状況は、宗教上の理由から精神的負担を与えることがあります。そういった状況に対し「まずは『つらかったね』と外国人女性が直面した感情に寄り添いたい」と坪野谷さんは話します。続けて「多文化支援の活動は、多言語対応に重きが置かれることが多いが、私たちが大切にしているのは、本人の意思を尊重すること。言葉の理解を超えた心の寄り添いを意識している」と強調します。

 

マザーズ・ツリー・ジャパンでは、助産師や出産を経験した在日外国人スタッフの意見をふまえ、出産の時に役立つ「指差しお産ボード」を開発しました。産前産後に母親と病院がコミュニケーションを取る際に活用できる意思表示ボードで、母親用、病院用をそれぞれ作成しました。坪野谷さんは「お産ボードを活用することで、言葉に表せない不安な感情が共有され、安心・安全にお産が迎えられると良い。内容は今後も意見を聞きながらブラッシュアップしていく予定」と話します。

 

「指差しお産ボード(タイ語・産前ママ用)」
団体ホームページからダウンロードできます。

 

多文化共生を通して豊かな社会へ

多文化共生への理解がすすみ、産前産後や、子育て中に活用できる多言語対応のツールが複数の団体でつくられるようになりました。一方で、自ら情報を調べ、活用できる人は少ないと考えられます。マザーズ・ツリー・ジャパンでは、それらの情報やツールをまとめて印刷し、すぐ使える状態で外国人女性の手元に届ける「在日外国人ママ応援ギフトプロジェクト」を令和3年11月から始めました。坪野谷さんは「既存の情報、制度を適切に伝えることも私たちの役割。日本人なら当たり前に分かる情報を、外国人女性にも当たり前に届けたい」と話します。

 

令和3年度内はオンラインの活動を中心に行い、次年度以降、徐々に対面での活動を増やしていく予定です。坪野谷さんは「さまざまな文化に触れることは、自分の経験や考え方を柔軟にさせ、豊かにさせる。外国人女性は『知恵の宝庫』。今後は、母国の子育ての知恵を持ち寄ったワークショップなども開催し、国籍、人種を問わず、多文化共生を楽しめる環境をつくりたい」と話します。

 

(※)令和3年11月1日現在。東京都ホームページ「住民基本台帳による世帯と人口」参照。

 

取材先
名称
NPO法人Mother's Tree Japan
概要
NPO法人Mother's Tree Japan
https://mothers-tree-japan.org/
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