代表理事 室津瞳さん
ダブルケアとは
ダブルケアとは、子育てと介護を同時に行っている状態を意味します。民間保険会社が、2018年に全国の大学生以下の子どもを持つ30~55歳の男女約1万7千名を対象に「ダブルケアとは『子育てと親・義親の世話・見守り・介護が同時期に発生する状況』である」と説明し、行った調査によると、過去、現在、未来においてダブルケアに直面する人の割合は36・6%でした(※)。高齢者人口の増加や出産年齢の高齢化が背景に挙げられ、今後ますますダブルケア当事者の増加が予測されています。
そのような状況に対し、ダブルケア当事者の思いを行政や支援者に届け、支援のしくみや体制整備に貢献することをめざしているのが、「こだまの集い」です。
(※)ソニー生命保険株式会社「ダブルケアに関する調査2018」https://www.sonylife.co.jp/company/news/30/nr_180718.html
ダブルケアはマイノリティじゃない
設立の背景には、代表理事である室津瞳さん自身のダブルケアの経験があります。当時第二子を妊娠中だった室津さんは、3歳の子を育てながら看護師としてフルタイム勤務していました。そんな中、実家に帰ったある日、父が末期がんの診断を受けたことを聞いたといいます。父がターミナルケアに入った頃、母もがんを患い、入院しました。室津さんは「今思えばダブルケアになる予兆はあったとも思うが、その時は、育児と両親のケア、妊婦である自分のケア、そして仕事を突然同時に行うことになったという印象だった」と振り返ります。「介護福祉士として働いていた経験もあり、福祉の知識はあったものの、ダブルケアと仕事を両立するための有益な情報や社会資源には結びつかなかった。家族みんながケアしたりされたりしながら必死に生活していた」と、当時のひっ迫した状況を語ります。
「私と同じような状況の人はほかにもいるのではないか」と感じ、調べていく中でダブルケアが決してマイノリティではないこと、一方でダブルケアの状況を支えるためのしくみや体制は足りていないことを知ったといいます。当事者が何についてどのように困っているのかを行政や支援者に届け、ダブルケアの支援体制の整備をめざすため、2019年5月にこだまの集いを設立しました。
困りごとを社会に届ける
こだまの集いは、ダブルケアを経験したメンバーや、保育や介護に関わる事業所を運営するメンバー11名で構成されています。そのため、子育て分野と介護分野の制度に明るく、支援現場のリアルな声、当事者としての経験も併せ持つチームであることが強みです。
現在は、大きく分けて3つの活動を行っています。一つ目は、「ダブルケア366~子育て×介護×仕事の見える化ワークショップ~」です。育児や介護に関するよくある場面がカードに書かれており「自分でやる」「誰かに頼める」と振り分けることで、何を優先したいかという思考を整理し、周囲を頼ることや早期に社会資源につながることをめざす体験型ワークショップです。当事者だけでなく、今後ダブルケアになりそうという方や支援者の参加もあり、オンラインで2か月に1回程度開催しています。室津さんは「遊び感覚だから話しやすいこともあると思う。ふとした時に思わぬ本音が聞けたり、泣いてしまった参加者をみんなで見守ったり、おしゃべり会の役割も担っているワークショップ」と話します。
二つ目は、武蔵野大学と協働しているダブルケア研究です。室津さんは「支援者からはダブルケアの実態が分からないが故にサポートの仕方が分からないという声もあったので、支援者への情報提供は優先順位が高いことだと考えている」と言います。現在、調査から明らかになったダブルケア当事者の実態や課題、ニーズを伝えられるよう準備をすすめています。
三つ目はセミナーの開催です。さまざまな依頼に応じて行っていますが、最近は、特に介護現場の支援者に向けた依頼が増えているといいます。「支援者がダブルケアの問題にアンテナを立ててくれているのだと思う。現場ではダブルケアの困難さが見え始めているからこそ、こうしたセミナーの機会が必要とされているのかもしれない」と、室津さんは話します。
また、さまざまな人の話を聞く中で、東京と地方では介護の性質が違うことも分かったといいます。「東京は子育て、介護ともに社会資源が比較的多くあるが、頼れる親族や知人は少ない傾向がある。一方、地方では、親族など助けを求められる人が近くにいる可能性は高いが、社会資源が少ないため、身近な人に頼れない場合にはダブルケアラーの負担が大きい」と、室津さんは話します。
「ダブルケア366~子育て×介護×仕事の見える化ワークショップ~」の様子
ダブルケアラーは見えにくい存在
ダブルケアは、世の中での認知度が低く、その大変さも理解されにくいといいます。それは、ダブルケア当事者の多くが現役世代であることや、子育ても介護もまずは身内で行うという意識があるからだと考えられます。「介護をしている子ども世代が出産を経て子育てに手一杯になると、必然的に親世代へのサポートが弱まる。すると、家族のバランスが崩れ、時には家庭内での暴力や不和につながってしまうこともある。子育ても介護もほかにできる人がいないという理由で、出産2日後に自宅に戻った方もいた。大切な家族のことだからこそ『自分がやるしかない』『頑張るしかない』と無理してしまうと同時に、無理をして何とかなってしまう年齢層だからこそ見えにくい状況があると思う。一見、成り立っているように見えることが一番の危うさであり、それぞれの頑張りだけに頼らないサポートのしくみづくりは急務」と、室津さんは体制づくりの必要性を強調します。
室津さんは「子育て支援の制度、介護に関わる制度はそれぞれあるが、ダブルケアを担う現役世代は時間も体力も限られており、その中で社会資源を調べ、調整することはハードルが高い」と言います。続けて「それぞれの分野が課題を共有し、分野を超えた支援体制を構築して、相談者の状況をつなげていけると負担は軽減できるのではないか」と話します。
子育てにも介護にも後悔しない
現在、支援団体を中心に2月を「ダブルケア月間」と定め、「ダブルケア」という言葉を広く世の中に知ってもらい、支援のネットワークをつくろうとする動きがあります。こだまの集いでも、この動きに合わせ、2月にダブルケア勉強会を開催予定です。
「今後、ダブルケアがさらに増えていくことが予想されている中で、ダブルケアによって、やりたいことや仕事を諦めざるを得ない状況をなくしたい。そして、子育てにも介護にも追い詰められず、後悔もしない社会をめざしたい」と、室津さんは話します。
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