あらまし
- 令和3年度から始まった「重層的支援体制整備事業」は、地域住民の複雑化・複合化した課題に対して、【図】のような①具体的な課題解決をめざすアプローチ、②つながり続けることをめざすアプローチを地域につくり上げる事業です。
- 東社協地域福祉部では、「重層的支援体制整備事業に向けた社協の取組み方策プロジェクト」を設置し、実施地区のヒアリングを重ねながら地域の対応力を高めるための方策を検討しています。本号では、実施地区の取組みをもとに、同事業のポイントを紹介します。
地域住民の抱える「複雑化・複合化した課題」とは、一つの世帯に複数の課題が存在している状態です。例えば、高齢の親と障害のある子の二人世帯で、親が入院して要介護状態になったため、今後の生活について地域包括支援センターに相談のあったケース。また、ゴミの問題で近隣から相談があり、地域福祉コーディネーターがその家を訪問してみると、世帯が地域から孤立している上、世帯の構成員それぞれが課題を抱えていることがわかった、といったケースになります。これらのケースは従来の属性別の支援では、対応が困難となりがちです。
八王子市では、令和3年4月から「重層的支援体制整備事業」を実施するに先立ち、各所管がそれまで対応してきた「複雑化・複合化した課題がある」と思われる事例を集めて、同事業で新しく創設される「多機関協働事業」ではどのようなケースにどう対応すべきかを整理しました。集めた事例は次の4つに分けられました。
①相談を受け付けた機関だけでは解決できないが、他の機関の協力を得て解決することが実際にできた事例
▼これは機関同士の連携が既にできているものです。こうした連携を増やし、多様な課題に対応できるようにしていく必要があります。
②主訴が多岐にわたり、相談を受けた機関だけでは解決できず他の機関の関わりが必要と思われるが、他の機関との役割分担ができず、解決に結び付かなかった事例
▼こういったケースは、多機関で集まって各機関の関わりを整理して、①のようにできるようにしていく必要があります。
③相談者の主訴をもとに状況を把握してみると、本人の課題だけでなく世帯の課題も含まれ、解決の方向性が世帯の再構築にある事例
▼多機関協働事業になじみそうです。
④本人以外から相談が入り、支援に向けた検討から始めなければならない事例や制度の狭間にあり対応できる機関がはっきりしない事例
▼多機関協働事業になじみそうです。
相談支援の「のりしろ」を広げる
令和3年4月から改正社会福祉法が施行し、「重層的支援体制整備事業」が始まっています。同事業は区市町村の手上げによる任意事業で、東京都内では、令和3年度から世田谷区と八王子市の2つの自治体が取り組んでいます。4年度からは、さらに墨田区、中野区、立川市、狛江市、西東京市での実施が予定されています(※)。
この事業は、【表】に掲げる事業を一体的に実施することによって、①断らない相談支援、②参加支援、③地域づくりに向けた支援、の3つを地域で重層的に展開する事業です。【表】にあるように、「包括的相談支援事業」に位置づけられるのは、地域包括支援センターや子ども家庭支援センター、障害者相談支援事業所、生活困窮者の自立相談支援窓口などで、これらは既に各分野にある機関です。既存事業に加えた役割には、相談者の属性や世代、相談内容に関わらず相談を受けとめ、自らだけでは解決できない場合に他の機関と連携したり、多機関協働事業へとつなぐ役割が期待されます。冒頭のような「複雑化・複合化した課題」への対応力を高めるためには、各機関が「のりしろ」を広げて多様な相談を受けとめることが必要となります。また、八王子市では、9つのエリアごとに配置している社協のCSW(=地域福祉コーディネーター)も包括的相談支援の一翼を担います。世田谷区でも、平成28年度から身近な地区にまちづくりセンター、地域包括支援センター、社協の三者が連携した「福祉の相談窓口」を設けており(現在、28地区)、引き続き包括的相談支援を実施していくことが期待されます。
【表】の「地域づくり事業」も同様に既存の財源を活かしたものです。既存のしくみを土台に、世代や属性を超えて地域の多様な主体がつながる場づくり、そして、生きづらさを許容できる地域にしていくため、地域住民の理解を高めていくことが必要となります。
(※)令和5年度以降の実施を想定した「移行準備事業」には、令和4年度は中央区、品川区、目黒区、大田区、杉並区、豊島区、江戸川区、三鷹市、青梅市、調布市、町田市、小金井市、小平市、日野市、国分寺市、国立市、多摩市の17自治体が取り組む予定となっている。
多機関協働事業で、支援力を高める
新たな機能に位置づけられる3つの事業の一つが「多機関協働事業」です。多機関協働事業には、一つの包括的相談支援事業の窓口では対応が難しいケースがつながってきます。ただ、困難事例を持ち込めばそこで解決してもらえるわけではありません。困難な事例は誰がやっても困難。多機関がお互いに持つ支援のノウハウを共有し、協働で支援の道筋を調整することがこの事業の特徴です。
多機関協働事業では、「重層的支援会議」と「支援会議」の2つの会議体が設けられます。前者は、情報共有に本人が同意した上で開かれる会議です。一方、後者の「支援会議」は社会福祉法に新たに法定化された会議体で、守秘義務を設けることで、関係機関が気になるケースについて他の機関と積極的に情報を共有できます。これまでも地域には要保護児童対策地域協議会、介護保険制度、生活困窮者自立支援制度において守秘義務をかけることで開催に本人同意を必要としない会議体が法定化されていますが、この「支援会議」では分野を特定せず幅広いニーズに対応できることが期待されます。
世田谷区の場合、多機関協働事業を活用して令和4年4月から「ひきこもり相談窓口(仮称)」を設置する予定です。若者総合支援センター、就労支援機関、社協が受託している生活困窮者自立相談支援センターの三者を中心とした多機関協働により、ひきこもり支援を強化しようとしています。
社会福祉法人の地域公益活動にも期待
もう一つの新たな機能である「アウトリーチ等を通じた継続的支援事業」は、支援が届いていない人に支援を届けたり、本人との継続的な関わりを持つために丁寧な働きかけを行う取組みが想定されています。早急さよりも時間をかけた支援になります。そういった支援のあり方への共通理解が必要となってきます。
新たな機能の三つ目が「参加支援事業」です。就労に限らず幅広い参加支援のメニューをつくっていくことが必要です。大切なのは対象者を既存の受け皿に当てはめるのではなく、当事者の参加を得てオーダーメイドの活動の場づくりをすすめていくことになります。
なお、厚生労働省は令和3年3月31日に「重層的支援体制整備事業における社会福祉法人による『地域における公益的な取組』等の推進について」を通知しています。社会参加に向けた支援を展開する際には、社会福祉法人の地域における公益的な取組みや地域の社会福祉法人のネットワークと連携した多様な場づくりをすすめていくことが考えられます。また、令和4年度からは「成年後見制度利用促進基本計画」の第二期が始まります。権利擁護支援のための地域連携ネットワークとの連携も期待されます。
さらに、実施市町村は『重層的支援体制整備事業実施計画』の策定に努めるとされています。計画づくりのプロセスも大切になりそうです。
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継続的な関わりをつくること。人と人とのつながりそのものが、セーフティネットの基盤となることでしょう。そして、コロナ禍で地域に表出している課題を地域に可視化し、継続的な関わりをつくっていくことに重層的支援体制整備事業を活用していくことが期待されます。
https://www.tcsw.tvac.or.jp/