(社福)東京都社会福祉協議会地域福祉部
コロナ禍で実習や福祉の体験機会が減少〜福祉人材確保・育成への影響は?
掲載日:2022年8月3日
2022年7月号NOW

 

あらまし

  • 福祉施設・事業所では、コロナ禍によって社会福祉士、精神保健福祉士、介護福祉士、保育士の資格取得のための実習や次世代に向けた福祉の職場体験の受入れが困難となりました。こうした機会の減少は、今後の福祉人材の確保・育成にどのような影響を与えるでしょうか。
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  • 東社協地域福祉推進委員会は、都内の大学等の養成校を対象にアンケート調査を実施しました。
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  • 今号では、その調査結果から、福祉における実習や体験の意義を改めて考えます。

 

 

―「資格を活かすとはいえ、実習を経験していないことから不安が大きく、福祉に就職するか決めかねている」、「二つの施設種別での実習を予定していたが、一つ目が中止になり、その種別は就職先の選択肢から外した」、「実習が延期になり、就職先を考える時期がギリギリになった」、「実習時期が遅くなり、採用選考の日程も最終締め切りが多く就職活動に苦労した」、「日誌の書き方にも実習を経験している人と差が出るのでは…と不安に思う」、「現場で求められるスキルに実際に対応できるかが不安」―

 

これらは、2020~21年度にコロナ禍で福祉施設・事業所での実習が予定どおりにできなかった学生たちにうかがった声です。

 

新型コロナウイルスの感染者が国内で初めて確認された20年1月16日以降、それまでの日常生活とは一変しました。国は同年2月28日に『新型コロナウイルス感染症の発生に伴う医療関係職種等の各学校、養成所及び養成施設等の対応について』を文部科学省と厚生労働省の関係部局の連名で発出しました。そこでは、実習の確保が困難な場合、「実習に代えて演習又は学内実習等を実施することにより、必要な知識及び技能を修得することとして差し支えない」と示しています。この通知の対象は、福祉系では社会福祉士、介護福祉士、精神保健福祉士が含まれ、3月2日には保育士についても同様の取扱いとすることが通知されています。そして、21年5月14日、さらに、本年度に入り22年4月14日にも同様の対応を継続することが通知されています。

 

実習や体験の機会を十分に提供できなくなると、どんな影響があるのでしょう。東社協地域福祉推進委員会では、22年1月27日~3月10日に都内の養成校にアンケート調査を実施し、実習担当教員40名、そして、20~21年度に実習を予定していた学生340名から回答を得ました。

 

 

実習は不足したが福祉をあきらめない

調査では21年度も82・5%の教員が「予定どおりに実習ができなかった」と回答しています。そのうち、「実習の時期を変更」と「希望していた実習先の変更があった」がそれぞれ78・8%、「実習の一部または全てを学内演習で代替した」が54・5%となっています。そして、予定どおりに実習ができなかった学生の半数は「就職先の選択に影響があった」としています。

 

学校側も何とか学生を実習に行かせたいと努力を重ねています。全員の教員が「実習前の一定期間、体調管理を記録させている」とし、89・7%の教員が「実習前の一定期間は行動制限」を学生に指導しています。「一定期間」には「2週間」が多く、「行動制限」には「通学以外に外出しない」「アルバイト等を禁止」などが挙げられました。

 

そうした中、教員の16・2%が「福祉職場への就職をあきらめた学生がいる」と答えています。一方、「福祉職場への就職は予定しつつも不安をもつ学生がいる」と答えた教員が61・5%。不安を抱えながらも福祉の道をすすもうとする学生の志を福祉職場として受けとめ、その育成と定着をいかに支援できるかが問われています。

 

対人援助技術には現場でしか学べないことがあります。実習機会の不足は、一定のスキルの獲得に影響を与えそうです。教員は、「コミュニケーション力」(84・2%)、「援助技術の実際」(76・3%)、「対象者理解」(73・7%)、「知識と技術の統合」(65・8%)、「チームワーク」(65・8%)の5つの獲得に影響があるだろうと指摘します。さらに、就職後の具体的な影響として、「現場に対するイメージと実際のギャップに悩むだろう」、「自ら行動することへの不安から消極的になる」、「対象者の内面を理解しようとすることが不足」、「想像力の弱さから丁寧な指導が必要になる」、「臨機応変な対応や保護者対応のスキルが不足」が挙げられ、「早期離職が増える可能性もある」といった危惧が示されています。

 

実習機会が十分に得られずに就職した福祉従事者は、多忙な業務と向き合いつつも先輩職員の実務から学びを得て成長のできる職場内研修の機会が必要になると考えられます。また、利用者支援をめぐる悩みを抱え込むことなく、職場内外で相談できる場があることが望まれます。

 

とはいえ、こうした取組みは各福祉施設・事業所だけでは困難なことも想定されます。それぞれの地域で同じ不安をもつ福祉従事者同士のつながりも大切になりそうです。例えば、新宿区内社会福祉法人連絡会では、21年10月に各法人・事業所の新人職員等を対象とした『オンラインサロン』を実施しています。参加者からは、悩みややりがいを共有し、モチベーションを高めるきっかけになったとの声が聞かれました。

 

 

コロナ禍の新たな経験を活かす

「未来の人材確保のため、できるだけ実習生を受け入れようと頑張った」。福祉施設・事業所では「実習は大切」と考え、何重もの感染症対策をしながら現場に入ってもらった施設・事業所もあります。また、オンラインを活用した実習に取り組んだ施設・事業所からは「五感を通じて気づいてもらいたいことが、オンラインではなかなか伝わりにくい」、「通常の実習では耳元で話してもらっているので、オンラインでは学生の声を高齢の利用者が聴きとることができなかったようだ」といった課題も指摘されました。

 

一方、調査では、学生に「実習の代替プログラムで印象に残ったもの、今後もあるとよいと思われるプログラム」も尋ねてみました。学生からは「現場の方が来校して多くの学生で話を聴くことができた」、「施設と学校をオンラインでつなぎ、授業で施設現場の話を聴くことができた」、「家族介護者懇談会など、現場の周辺の取組みを知ることができた」などが挙げられています。オンラインでは深くを知ることは難しくなりますが、逆にその特性を活かして幅広く現場の実際を発信できる可能性も広がっています。

 

さらに、今後、大きな災害や感染症の拡大などがあった際に柔軟かつ着実に実習や福祉職場の体験プログラムが提供できるよう備えておくことも重要になります。

 

 

次世代が福祉に関心をもつきっかけ

学生には「入学前に福祉サービスや支援を必要とする利用者との接点があったか」も尋ねました。すると、「身近に福祉サービスが必要な人がいた」は30・3%にとどまり、それを上回って、「中学生の職場体験など」が60・6%、「ボランティア活動を通じて」が37・6%となっています。福祉に関心を持つきっかけにはやはり「体験の機会」が重要です。

 

コロナ禍前には、中学生の職場体験のほか、地域にも開放された福祉施設のお祭り、夏の体験ボランティアなど、身近に「体験の場」がさまざまにありました。そうした機会の多くがコロナ禍に中止になりました。機会が減少したままでは次世代が福祉に関心をもつきっかけが失われるおそれがあります。これまでにあった「体験」を着実に再開していくことが求められます。

 

また、コロナ禍にはエッセンシャルワーカーの活躍に社会の目が集まりました。コロナ禍に福祉従事者はその専門性を発揮して利用者の安心・安全な暮らしを守り抜きました。そうした「福祉」の実践がコロナ禍に果たした役割の重要性も次世代に伝えていくべきものと考えられます。

 

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知識は、実際を見て気づきの体験を伴うことで、自分なりのスキルとなります。また、利用者からの直接の学びは他に代替することができないものです。実習や体験の機会を一つずつ取り戻しながら、このコロナ禍の経験をふまえ、新たな手法も活用した積極的な情報発信に今こそ取り組んでいくことが必要です。

 

調査結果の詳細は、東社協ホームページの調査・提言に掲載しています。

取材先
名称
(社福)東京都社会福祉協議会地域福祉部
概要
(社福)東京都社会福祉協議会
https://www.tcsw.tvac.or.jp/
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