あらまし
- 2021年6月、「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律(以下、医療的ケア児支援法)」が可決され、同年9月に施行されました。この法律は、医療的ケア児を明確に定義し、国や地方自治体に医療的ケア児の支援を行う責務があることを初めて明文化したものです。
この法律に関連して、今号では、医療的ケア児支援法の施行前から、医療的ケア児とその家族のピア相談事業を行ってきた杉並区高井戸保健センターとNPO法人みかんぐみの取組みを紹介します。
医療的ケア児の現状
医療的ケア児とは、日常生活や社会生活を営むために、気管に溜まったたんを吸引する「たんの吸引」やチューブで胃に直接栄養を送る「経管栄養」などの医療的ケアを必要とする子どもを指します。医学の進歩を背景に、在宅の医療的ケア児はこの10年で倍増し、2020年時点で全国に約1万9千人いると推計されています。その一方で、地域で暮らしていくための支援体制は十分とはいえません。
医療的ケア児の健やかな成長を図るとともに、その家族の離職防止を目的とした医療的ケア児支援法の施行により、各地域で必要な支援体制をつくりあげていくことが求められています。
医療的ケア児の子育てが始まる家族に支援を届けたい
NPO法人みかんぐみ(以下、みかんぐみ)は、杉並区立こども発達センターに通園していた親子8組が、「子どもたちと出かけられる場所や一緒にいられる場所をつくりたい」という思いで、14年に立ち上げた団体で、18年にNPO法人化しました。会員数が約50組となった現在は、イベントの開催のほか、勉強会の実施や家族の就労支援などを行っています。
副代表理事の川田かおりさんは「自分と同じような境遇の人がいることや地域とつながる方法を知らなかったので、子どもが退院し、発達センターに通園を始めるまでの自宅での生活の期間が本当に孤独だった。子どもが大きくなり、少し余裕がでてきた時、今のサポート体制の現状を保健師の方に聞いてみると、孤立してしまう環境はあまり変わっていないようだった」と言います。これから子育てが始まる方や一人で頑張っている方が、先輩の経験談を聞ける場があるといいと感じた川田さんは、みかんぐみとまだつながりのない家族にも支援や情報を届けたい思いで、高井戸保健センターに相談しました。みかんぐみ代表理事の村一浩さんも「行政とNPO法人が持つそれぞれの情報やノウハウを組み合わせれば、本当に支援が必要な人とつながることができると思った」と話します。
高井戸保健センター保健指導担当係長の神保宏子さんは「保健師は区内の子育て世帯へ全戸訪問を行っている。こちらが持っているつながりを活かした協力ができると思い、協働提案事業を活用した」と言います。「協働提案事業」は、杉並区とNPO法人や地域団体などの地域活動団体が、地域の課題解決に取り組む制度です。提案した事業が採択され、20、21年度に事業を行うことになりました。事業の主な内容は、医療的ケア児の子育てをしてきた先輩によるサポートを通して、これから子育てを始める人たちが在宅生活や将来のイメージを持てるようになることをめざしたピアサポート交流会の実施や、冊子の作成などです。
ピアサポート交流会の開催に向けて
ピアサポートは、障害分野に限らず、同じような立場や境遇、経験を持つ人同士の支え合いを表す言葉です。横並びの関係性の中でお互いの経験を伝え合い、分かち合うこともピアサポートの一つの形です。交流会を実施するみかんぐみスタッフの不安や負担感が軽くなるよう、講師を招き、ピアサポートの基礎を身につける研修会を開きました。また、スタッフと保健師のミーティングも行いました。「電話をかけても『今は忙しい』と断られてしまう。連絡頻度に迷うことがある」といった保健師の悩みや、「忙しくて対応できない時もあったが、保健師さんには伴走者でいてほしいと思っていた」という当事者側の思いなど、本音を交えたものになりました。神保さんは「現在訪問しているご家庭との一対一のやりとりではなかなか聞けない内容で、保健師にとっても医療的ケア児の子育てを経験してきた先輩方と話ができ、とても貴重な時間だった」と振り返ります。
「一人ではない」と思えるような交流会を
ピアサポート交流会当日は、自己紹介と、食事面や入浴面などのテーマを設定したトークや、フリートークの時間を設けました。また、託児スペースを用意するなど、安心して過ごしてもらえるような場づくりを心がけました。交流会は年6回開き、多い時で4名ほどの参加がありました。子どもの体調に合わせて、オンラインでも参加できるようにするなど、臨機応変に開催し、参加者に「一人ではない」と伝わるような交流会をつくりあげていきました。川田さんは「直接会って話すのが一番だが、会場に来るのが難しい方もいる。オンラインを活用することで、つながる方が増えるといい」と話します。
交流会の終了後は、参加者からのアンケート回答をもとに、より良いピアサポートを行っていけるよう、必ず、みかんぐみのスタッフと保健師で振り返りをし、次回に活かすようにしました。川田さんは「協力してくれる看護師や保育士の確保、ほかにも研修の講師や会場の手配の準備は、みかんぐみだけでは困難だった。役割分担をし、それぞれのできることや強みを発揮できたのが良かった」と言います。
22年2月には、交流会を開催するまでの過程や、それぞれの立場の悩みや不安などの気持ちをまとめた冊子『ピアサポート交流会のつくり方』を作成しました。このほかにも、「交流会に行くのはまだ難しい」「みんなの前で自分の話をするのは躊躇してしまう」といった方には、みかんぐみスタッフと保健師で家庭を訪問する訪問事業も行いました。そこから交流会への参加につながった家庭もあり、「訪問事業を通して、交流会に行ってみようかなと思ってくれたら嬉しい」と、神保さんは言います。
川田さんは「この交流会が、つながりや居場所がなく、特に大変な最初の子育ての時期の手助けになるといいと心から願っている」と、活動への思いを語ります。村さんも「冊子のタイトルにもあるように、さまざまな地域で交流の場ができるといい」と話します。
医療的ケア児支援法施行の影響とこれからについて
協働提案事業としてのこの活動は2年間で終了しましたが、医療的ケア児支援法が施行されたこともあり、今年度も引き続き、ピアサポート交流会や訪問事業を実施しています。
杉並区には、教育や保育、学童クラブ関係など、保健と福祉が分野を超えて、今後の医療的ケア児の支援体制を協議する場や、学識経験者や民間団体などが一緒に検討を行う場ができ、その内容が今後の区政に反映されることが期待されます。神保さんは「当事者のご意見は大変貴重。その方々の意見を行政として反映していけるよう、現場の声を伝えていくのが私たち保健師の役割だと思っている」と話します。
また、みかんぐみと他団体が共同で作成した「小児版介護者手帳 ケアラーズノート」を母子手帳の副読本として、未就学の医療的ケア児がいる全家庭への配付(※)も始まっています。「ケアラーズノート」は、重症心身障害児や医療的ケアが必要な親子のための手帳で、子どもの身体の状態や必要なケアの情報を書き込めるページが多いのが特徴です。
村さんは「当事者団体としてのベースを大切に、ピアサポートのほかにも、親の就労支援や学童クラブなどでの受入れ体制整備がすすんでいくよう、これからも活動を続けていけたら」と言います。これからについて、川田さんは「子どもたちにはそれぞれ意思がある。障害や医療的ケアの必要の有無に関わらず、児童館や公園、学校などの居場所が誰にでもあり続けてほしい。安心して生活ができ、『大丈夫、ここにいていい』と、誰もが思える社会であってほしいと願っている」と話します。
(左)NPO法人みかんぐみ 副代表理事
川田かおりさん
(中央)杉並保健所保健サービス課高井戸保健センター保健指導担当係長
神保宏子さん
ピアサポート交流会の様子
(※)東京都が実施している「障害がある子供など、子供それぞれの特性に応じた情報について、母子健康手帳と一緒に使える様々な手帳」を自治体が該当保護者に配布する際の費用補助を活用。
冊子やピアサポート交流会の詳しい様子は、
みかんぐみのホームページからもご覧いただけます。
https://mikangumi.com/
https://mikangumi.com/
杉並区高井戸保健センター
https://www.city.suginami.tokyo.jp/normalife/soudan/1015379/1008430.html