国立ハンセン病資料館
来館者数50万人を達成 歴史の教訓を伝え、差別や偏見のない社会をつくる
掲載日:2022年9月29日
2022年9月号 TOPICS

国立ハンセン病資料館

国立ハンセン病資料館

事業部事業課長の西浦直子さん(左)と事業部社会啓発課長の大髙俊一郎さん(右)

事業部事業課長の西浦直子さん(左)と事業部社会啓発課長の大髙俊一郎さん(右)

 

◆普及啓発事業の概要

 東京都東村山市にある国立ハンセン病資料館は、1993年にハンセン病回復者が中心となり民間施設として設立されました。その後、らい予防法違憲国家賠償請求訴訟の原告側勝訴などを受け、2007年に国立の施設としてリニューアルし、現在に至ります。

 

資料館の目的は、ハンセン病患者・回復者とその家族の名誉回復を図るために、ハンセン病問題に関する正しい知識を普及啓発し、偏見や差別を解消することです。主な取組みとして、ハンセン病問題の基礎的な理解を深めるための常設展や年2回の企画展、図書資料の閲覧・貸出、資料の収集・保存、他の博物館等への資料貸出、講演会や教育機関への出張講座、教員やマスコミ対象のセミナーなどを行っています。

 

また、オンライン化も積極的にすすめており、展示の解説や語り部の講演、イベントなどの動画をYouTubeチャンネルやzoomで配信しているほか、新型コロナ禍以降は出張講座やイベントのライブ配信も行っています。

 

事業部社会啓発課長の大髙俊一郎さんは、「2017年に資料館運営に関する有識者会議の提言があり、啓発により力を入れていく方針が明確になってきた。関心のない方へのアプローチを強化するため、動画配信や親子イベントの開催など、多くの方にとって関心を持つ入口となる取組みをすすめてきた」と経緯を話します。

 

◆展示や出張講座で伝えたいこと

 常設展は、ハンセン病問題に関する「歴史展示」に始まり、治療薬ができる以前の苛酷な生活の様子を紹介する「癩(らい)療養所」、回復後も隔離が続く中でどのように一人ひとりが生き抜いてきたのかを伝える「生き抜いた証」で構成されています。

 

事業部事業課長の西浦直子さんは「私たちが『ハンセン病患者・回復者』とひとくくりにして差別してきた人たちは、それぞれが人権をもった一つの人格として存在しているのだという理解にたどり着くように組み立てている」と説明します。

 

企画展では、常設展ではできない幅広いテーマを設定し、絵画や音楽、文学なども扱ってきました。8月末まで開催していた「生活のデザイン」では、ハンセン病患者・回復者が実際に使用していた自助具や義肢、補装具などから、一人ひとりの暮らしぶりをイメージできるような展示にしました。西浦さんは、ハンセン病そのものに関心をもっていなくても、足を運んでもらえるきっかけが必要とした上で、「ハンセン病のことはよく知らないけれど、生活用具やデザインに興味があるという人はいるので、その切り口で取り上げた。スプーンやラジオなど暮らしにまつわる道具なので、身近に感じてもらえたのでは」と話します。そして、「展示資料を説明する際、文芸や、聞き取りで聞いた回復者の声を一緒に届けることで、より理解が深まる。学芸員である私たち自身が、回復者の話を聞いた時に驚いたことや心を動かされたことを来館者に伝えられるようにしたい」と、当事者の声を活かした展示について話します。

 

外部に発信するイベント企画等では、ハンセン病問題に関する報道や裁判などいろいろな切り口があるため、何かしらとっかかりにして関心を持ってもらえるように組み立てているといいます。また展示と違って60分や90分という時間的制約のある出張講座は、「受講者がハンセン病に触れる機会は一生の内で今回限りかもしれない」という前提で構成します。

 

大髙さんは、「概要を押さえた上で、どのような人権侵害や差別による被害があり、当事者の方がどう生きてきたのか。そして私たちが差別のない社会をつくるために、ハンセン病問題の歴史の教訓をどのように活かしていくのかといったことを具体的に伝えている」と言います。そして、「子どもであっても大人であっても、それぞれの立場に引きつけて、ハンセン病問題や人権問題、差別の問題に向き合ってくれたら」と話します。

 

◆課題と今後の取組みの方向性

これまで資料館は当事者と来館者の交流を促進してきた場所でしたが、コロナ禍により対面での交流ができなくなっています。また、かつては国立療養所多磨全生園の入所者が語り部として来館者に話をすることが大きな柱でしたが、高齢化などにより難しい状況です。

 

現在、全国のハンセン病療養所入所者の平均年齢は80代後半となり、その体験をいかに聞き取り、つないでいくかが課題となっています。これまで集中的に取り組まれてこなかった当事者家族への聞き取りも必要です。

また、関心が薄い層への普及啓発活動に力を入れる方向性が示されている中では、福祉関係や地方自治体、企業等、多方面への働きかけが必要ですが、特に学校教育へのアプローチが重要だといいます。大髙さんは「提言が出た2017年の2年後にはハンセン病家族訴訟の判決が出て、文科省の責任が明確化された。93年の開館当初から学校との関わりはあったが、これらの展開を受けて、学校への関わりをより強めていくこととなった」と話します。現在は東村山市や東京都をはじめ、首都圏の教育委員会との連携も少しずつすすめているそうです。

 

◆感染症と差別を考えるきっかけに

コロナ禍以降は、感染者やその家族、医療従事者などへの偏見や差別が社会的に問題になりました。資料館でも、団体見学の際に「今ある差別に対して自分たちはどうしたらいいのだろう」といった反応や、新型コロナ関連の質問が多く出ているといいます。

西浦さんは「『感染症にかかるかもしれない』という当事者意識を持つことはなかなかないので、感染症と差別について、実感を持って受け止めた方も多かったのでは。コロナ禍の今だからこそ、ハンセン病問題に関心を持ち、感染症と差別について考えてもらえたら」と話します。

 

【注】※ハンセン病は「らい菌」という細菌に感染することで引き起こされる感染症の一種です。国による誤った隔離政策が原因で、患者や回復者、その家族に対する人権侵害や差別が引き起こされました。

取材先
名称
国立ハンセン病資料館
住所
東京都東村山市青葉町4-1-13
概要
国立ハンセン病資料館
https://www.nhdm.jp/
開館時間:9時30分~16時30分(入館16時まで)
休館日:月曜日(祝日の場合は開館)、年末年始、国民の祝日の翌日、館内整理日
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