婦人保護施設いずみ寮施設長
全国婦人保護施設等連絡協議会会長 横田 千代子
夫は転勤が多かったので、腰を落ち着けて働いたり学んだりすることが難しい時期が続いていました。それでも札幌に滞在していた時期に花屋を約2年間経営したことがありました。そこでの経験が「人と交わる仕事」につながっていったと思います。
東京に戻った時に、新たなチャンスとの出会いがあり、1982年に東京都社会事業学校(※1)に入校しました。それが福祉との出会いでした。学校では、婦人問題を扱ったゼミに参加しました。そこで「売春」問題を知る機会を得たのです。
さらに、貧困や日常的に性暴力・虐待を受けている女性たちの実態を知り、尊厳や人格を否定され生きづらさを抱えた女性たちへの支援について、座学だけでなくさまざまな場面を通して多くのことを学びました。
婦人保護施設いずみ寮との出会い
卒業論文の作成にあたって、担当の先生から「婦人保護施設いずみ寮」を紹介していただき、職員や利用者と交流の時間を持つことができました。いずみ寮職員として採用につながり、婦人保護施設の設置根拠法が「売春防止法」であったことも知りました。働き始めて、さまざまな法による弊害と出会うことにつながりました。施設は売春防止法第4章「保護更生」を目的にして外部(地域)とのつながりは皆無でした。そこでの生活は、私の目から見ると犯罪者のような扱いの生活に見えたのです。プライバシーの配慮が無い空間と、低廉な賃金の内職作業、すべての時間が管理されている生活は、自立のための支援の場とは思えないものでした。それでも、売春防止法の婦人保護事業だけが唯一の公的な女性支援事業として位置づけられ、女性支援のための中核的事業だったのです。
利用者と共に生活する中でさまざまな女性たちの存在に気づかされました。貧困だけでなく、精神疾患の治療を受けている女性、軽度な知的障害により生きづらさを抱えている女性などが少なくありませんでした。福祉的な支援の必要性を痛感しました。施設の中でもできる限り普通の生活ができる構想をこらし、自己決定の尊重やプライバシーの確保、一人ひとりに寄り添った支援をめざしました。
生きているだけの時間から暮らしの時間に変えていく支援
現在の婦人保護施設の設置根拠は、売春防止法だけではなくDV防止法等もあります。今、施設利用者の入所理由は圧倒的に「暴力被害」が多い状況です。売春防止法による利用者も、ほとんどが何らかの暴力被害を受けています。
施設で生活している間は暴力被害から守ることができます。さらに必要な支援は、時間をかけて傷ついた心身と自尊心の回復をめざすことにあります。
「生きてきたけれど暮らしてこなかった」。暴力被害の中でぎりぎり生きているだけであった生活から、その人らしい生活の時間につくりかえなくてはなりません。いずみ寮では、06年に「暮らしつくりの支援」を支援の中核に掲げました。職員は、利用者一人ひとりと向き合って、利用者と共にその人らしい暮らしのための時間づくりを支え、尊厳の回復をめざしています。
女性支援のための法律制定に向けて
貧困や暴力により生きづらさを抱えた女性たちと共に「人権の尊重」や「尊厳の回復」を図り生活再建を支援する時、その支援の法的な根拠が曖昧なため、限界を感じることがありました。売春防止法は特別刑法で、自立支援のための法的根拠にはなっていません。女性の自立と人権が保障される新たな制度や法律が必要だと思い続けていました。
08年から、多くの関係者と共に売春防止法の改正と女性の自立支援のための新たな法律の制定に向けた活動を始めました。「女性のニーズに対応できる総合的支援の枠組みと法的根拠の整備」をめざして学習会や検討会を重ねました。18年からはこの問題を厚生労働省が中心となって検討することになり、法整備に向けた動きが加速していきました。
22年5月に、困難な問題を抱える女性の支援・施策を促進し、女性が安心・自立して暮らせる社会を実現するための「困難女性支援法」(※2)(議員立法)が、衆院本会議で全会一致で可決、成立しました。売春防止法による婦人保護から66年ぶりの改革です。法律が変わることで支援の根拠法が売春防止法と言わなくてよくなることがとても嬉しいです。
今後は、この法律の下で「女性自立支援施設」として、当事者を真ん中に、女性の人権の尊重を中核にした施設として、自分らしく生きる権利、心身の健康回復のための支援に一層力を注いでいきます。さらに、退寮後に地域の中で孤立させないようなサポートするしくみも積極的に続けていきたいと思っています。
(※1)1950年ボランティアリーダー・社会福祉主事養成のため東京都民生局が設立・運営、2001年3月閉校
(※2)困難な問題を抱える女性への支援に関する法律(2024年4月施行)