あらまし
- 西多摩郡日の出町では、福祉施設と社協が協力して、小中学校を対象にした福祉教育プログラムを実施しています。特に中学校を対象に行っている車いす体験講座では、多くの福祉施設職員が参加して、生徒自身の気づきを大切にした学びの時間を提供しています。
生徒3人に1人の職員が付き添う「車いす体験講座」
人口約1万6千人の日の出町には、3つの小学校と2つの中学校があります。日の出町社会福祉協議会では、福祉教育に関する学校からの相談や依頼に応じて、複数のプログラムを提案しています。中でも「車いす体験講座」の人気が高いといいます。
講座内容は、舗装路と砂利道などの未舗装路の違いを体験したり、生徒を3人一組のグループに分け、車いすで学校近辺を周回し、車いすに乗る役、押す役、見守る役を順番に体験したりするものです。その際、各グループに必ず福祉施設の職員が1人付き添うことが大きな特徴です。1学年の人数にもよりますが、毎回15~20人程度の施設職員が分野を超えて参加しています。日の出町社協の青木建治さんは、「授業で話をするだけでは深い理解につながらないので、体験や交流を通した学びを重視している」と説明します。
またこの講座では、参加する施設職員に対して次のお願いをしています。それは、(1)安全面に最大限配慮する、(2)車いすの操作方法などを先回りして教えない、(3)生徒とたくさんコミュニケーションを取って仲良くなる、の3つです。特別養護老人ホーム栄光の杜の神田裕子さんは、「私は『教えたい派』なので最初はとても不安だった。でもそこをぐっと我慢して見守っていると、最初は騒いでいた生徒たちも最後には『お互いに助け合うことが大事』と話したりするので、毎回、我慢して良かったと思う」と振り返ります。
【車いす体験講座プログラム例】 (1)オリエンテーション 参加職員の紹介(氏名・仕事内容・施設の場所などを紹介) (2)自走体験 (3)車いす体験(実践) (4)車いすの清掃 (5)振り返り |
体験や交流を通して気づきや学びを深める
2021年10月に平井中学校の1年生と実施した際には、慣れない車いすの操作をきっかけに、生徒たちに新たな変化が生まれました。
タイヤが溝にはまって動けなくなったり、段差が乗り越えられなかったりすると、はじめは困惑していた生徒たちも次第に声を掛け合うようになります。そして、トラブルを解決するためにチームで話し合い、工夫する姿が見られるようになります。時には施設職員からヒントをもらうこともありますが、基本的には生徒たちが考え、行動しています。解決できた時には、施設職員と一緒に喜ぶ様子もあったといいます。
日の出福祉園の河野英明さんは「順番に体験するので、みんなが車いす利用者の気持ちを想像することができる。『つまづいたらどうしよう』とか『こういう押し方は怖いな』といったことは、自ら経験するからこそ実感できる」と、体験による気づきや学びの大切さを指摘します。
振り返りの時間では、施設職員が自分の受け持ったグループの良かった点を順番に発表していきます。「しっかりコミュニケーションが取れていたね」「他のチームを助けに行っていたね」等、具体例を挙げながら参加者全員で共有します。生徒にとっても、自分たちの行動を褒められることで達成感にもつながっているといいます。
ボランティアセンターの取組みを基盤に、社協と施設が連携
多くの施設職員が参加する福祉教育プログラムは18年から取り組んでいますが、基盤となっているのはボランティアセンターの活動です。10年以上前から、高齢・障害・保育・医療の各施設のボランティア担当が集まる「ボランティア運営委員会」を隔月開催し、関係を築いてきました。15年からは「ボランティア受入施設向け研修会」も定期的に開催しています。
日の出町社協では町内に福祉施設が多数あることから、施設と連携した地域づくりを意識してきたといいます。青木さんは「福祉のプロである施設のことを地域の人にもっと知ってほしい。体験講座や日の出町ハートワークフェア(※)などの機会に、施設職員の優しく面白い人柄を伝えたい」と話します。より良い交流の機会となるよう、福祉教育プログラムでは実施校の近隣施設に職員派遣要請をしています。
当初から参加している神田さんは、「関係性ができている社協からの協力依頼だったので、すぐに応じることができた」と言います。そして「福祉施設の入居者も職員も、同じ社会の一員。特に職員は施設の中だけで働くのではなく、地域の一員として外に出ていくことに意義がある」と、参加の姿勢について説明します。栄光の杜では、副施設長と現場長が中堅の介護職やリハビリ職を中心に参加者を調整しているそうです。
子どもたちが福祉に関心を持つきっかけを
コロナ禍以降、施設では地域との接点が少なくなっています。子どもたちにとっても福祉に触れる機会が減っている中、車いす体験講座は施設職員との交流を通して福祉と関わる場にもなっています。
河野さんは「実際に体験することがその分野に関心を持つきっかけになるので、将来につながる取組みだと思う」と話します。日の出福祉園では福祉教育プログラムへの参加を地域貢献活動として位置づけ、業務調整をした上で、なるべく参加したことがない職員に声をかけて、送り出しています。
「職場の代表として車いす体験講座に参加することは、職員にとっても良い影響がある」と河野さんは言います。参加した職員からは、「普段の業務を離れて中学生と接する中で、初心を思い返すことができた」、「他部署や他施設の職員と交流する機会が持てて良かった」、「自分の仕事が価値あるものだと思えた」といったポジティブな感想が多数寄せられており、仕事へのモチベーションアップにもつながっているそうです。
次の展開につながる取組みに
神田さんは「講座の最後に、参加した職員全員が一列に並ぶのを見ると、日の出町には子どもたちを見守るために協力してくれる施設がこんなにたくさんあるんだ、と幸せな気持ちになる」と話します。そして、「施設同士の横のつながりもできているので、これからも協力していきたい。みんなが福祉に興味を持ってくれたら、もっと住みやすい町になる」と期待します。
今後の取組みについて、河野さんは「これまでは車いす体験を通して身体障害について伝えてきたが、これからは視覚や聴覚、精神、知的などさまざまな障害について理解を深める機会をつくりたい」と展望を語ります。
青木さんは、「交流の機会を持ったことで、今度は『福祉教育で一緒に回ってくれた職員がいる施設でボランティアをしてみたい』とか、『職員と話をしてみたい』といった次の展開が生まれる可能性がある。そういったビジョンを持って取り組んでいることを各施設にも伝えながら、一緒に福祉教育プログラムに取り組んでいきたい」と話します。
(※)2017年から日の出町で開催されているイベント。子育て・障害・高齢・医療などの各事業所が集まり、実行委員会形式で運営している。
https://www.hyuman.com/
(社福)ほうえい会 特別養護老人ホーム栄光の杜
http://www.eikounomori.or.jp/eikonomori/
(社福)日の出町社会福祉協議会
https://hinodeshakyo.jimdofree.com/