上智大学グリーフケア研究所、グリーフサポートせたがや
自らのグリーフについて知ること ~長引くコロナ禍でのさまざまな喪失の先に~
掲載日:2022年12月6日
2022年11月号 NOW

 

あらまし

  • 新型コロナウイルスの国内感染者数は2千万人、死者数は4万4千人超(2022年10月時点)。20年の世界的流行から長引くコロナ禍により社会全体は大きな影響を受け、多くの人がさまざまな喪失を体験しています。今号では、医療や介護現場でも研修等で取り組まれているグリーフ(さまざまな喪失体験による悲嘆)とグリーフケアの取組みについて、上智大学グリーフケア研究所とグリーフサポートせたがやへの取材から紹介します。

 

グリーフは特別ではなく自然な悲嘆反応~一人ひとりの向き合い方で~

大切なひとを失くす。思い描いていた人生が送れなくなる。死別だけではなく、人やもの、権利やつながりを失うことも含めあらゆる喪失による悲嘆反応を「グリーフ」といいます。特別なものではなく、誰もがいずれ経験する自然な反応です。その反応は身体面や精神面に現れることが多く、抑うつ状態が続き仕事どころではないほど、大きな影響を受ける場合もあります。その現れ方や期間は、同じ喪失体験をしても一人ひとり異なります。

 

「『もう1年も経つじゃない』、『早く立ち直りなさい』。そんな周囲の言葉は、喪失の悲しみや怒りの感情下の人にさらに刺さるもの。グリーフの只中にある人を孤独にさせる」と上智大学グリーフケア研究所特任教授の栗原幸江さんは話します。グリーフを知ることは、自らの状況を理解するだけでなく、グリーフを抱える他者を傷つけないことにつながります。

 

◆グリーフと共に生きていくために

喪失体験後、自分のペースでグリーフと向き合い、自らの経験の一部として喪失体験を消化していく作業を「グリーフワーク」と呼びます。自分にしかその作業はできず、辛いこともあります。ただ、失った人について新たな気づきを得たり、改めて大切な思いを実感したりとその過程でみえることはとても貴重です。

 

グリーフワークの山あり谷ありのプロセスのケアとなるものが「グリーフケア」です。グリーフを共有するサポートグループや、誰かが丁寧に話を聞くこともケアにあたります。葬式や三回忌などの儀式もその一部といえます。「サポートやケアは、グリーフを抱える人を癒せるわけではない。その人が持っている力で、その人が癒えていくプロセスを邪魔しないこと。半歩下がるペースでついていく」と栗原さんは強調します。サポートやケアの担い手は、きめ細やかに接しながらも適度な距離で相手の話を聞く必要があり、グリーフを抱える人を受け止めるために幅広い学びや実践が求められます。

 

◆グリーフを語ることでみえること

「一人でグリーフに向き合うことも大切。ただ、他者とのグリーフの共有で、自分だけではないという気づきや打ち明けていいという安心感を得られる。自らの経験が誰かの力になることを実感する」と栗原さんは、理事を務めるNPO法人マギーズ東京(※1)でのグループで行うグリーフケアを例に、グリーフを語ることの有効性を話します。

 

しかし、こうしたグリーフを語ることのできる場所は少なくなっているといいます。その背景に、核家族の増加や地域のつながりの希薄化、施設や病院死の増加が挙げられます。「病院で公開講座をした際、定員の倍近い申込があった。終了後も参加者から質問が相次ぎ、グリーフを語れる場所がないことを間近に感じた」と栗原さんは話します。

 

◆グリーフを知り、グリーフを自分事に

長引くコロナ禍で、病院での面会や葬儀等、私たちの生活は大きく影響を受け、さまざまな喪失を多くの人が体験しました。コロナで家族や友人を亡くした人の中には、その最期に立ち会えなかった人や、コロナという理由でその喪失を語ることができない人もいます(公認されないグリーフ⦅※2⦆)。

 

「『(喪失から)1年経ったから普通の生活に……』という雰囲気がどこか社会にある。多くの人がグリーフを知り、他者のことを自分事とする人が増えていけば」と栗原さんは話します。同研究所では、グリーフを学ぶ講座やグリーフケア人材養成課程を通して、グリーフやグリーフケアの普及啓発に取組んでいます。誰がいつグリーフを抱えても、その人たちを受け止めることのできる社会には、グリーフを自分事として捉える人や語れる場が増えていくことが求められています。

 

※1…がんの影響を受けたすべての人を対象にプログラムや居場所を提供

※2…90年代エイズで親を失った子どもなども公認されないグリーフの例として挙げられる

 

グリーフワークとしてできること
(参照元:『グリーフケア 大切な人を亡くしたあなたへ』)

 

サポコハウスがそこにあり続けること~さまざまな喪失の先に~

グリーフを抱える人に対してのサポートに取り組むグリーフサポートせたがや(以下、グリサポ)コアメンバーの松本真紀子さん、生田ゆみさん、佐光正子さん、稲吉久乃さんに、取組み内容や活動を通じた思いや気づきについてお聞きしています。

 

サボコハウス内の「火山の部屋」

ここでは子どもたちが感情を爆発させたり、

感情に埋もれたりできる

 

◆震災後に感じたそれぞれのグリーフから

女性支援や犯罪被害者支援などをそれぞれが行いつながりのあったメンバーが東日本大震災後に感じたグリーフへの気づきを機に、12年にダギーセンター(※3)の研修に参加したことがグリサポのはじまりです。そこでは、死別を体験した子どもたちが集い、遊びやおしゃべりを通して自らの経験や気持ちに触れることができる場を提供しています。自分たちの地域でも、グリーフを抱える人をサポートする活動やグリーフを抱える人が行ける場所づくりをしたいと13年にグリサポの立上げに至りました。

 

設立当初は活動場所もない中、世田谷区の協力によりグリーフに関する連続講座を開催。誰でも当日参加可能とし、各回100人近くの参加となりました。「今のコロナと同じく、大震災の後で先が見えず、社会全体が揺れていた。誰もがグリーフを抱えていて、多くの参加につながったのではないか」と松本さんは振り返ります。その後、世田谷区の空き家モデル事業により、現在の活動場所である「サポコハウス」を14年にオープンしました。

 

◆大切な何かを失ったすべての人に

グリサポでは大切な何かを失ったすべての人に向けて広く取り組んでいます。現在は、死別体験した人を対象にピアサポートプログラムを行うほか、ピアサポートプログラムの担い手を育てるファシリテーター養成講座を開催しています。また、世田谷区グリーフサポート事業の補助を受けながら、死別だけでなくあらゆる喪失によりグリーフを抱える人に対して個別相談や電話相談を行っています。

 

月に一度、グリーフを話すのではなく思いのままに時間をすごせる場所(サポコラボ)の提供もしています。コロナ禍以降は事前申込制となり、アートワークや上映会を実施し、参加者は自分の時間を大切に過ごすことができます。「ここはその人が話したいことを自分のペースで話せる。自分をありのままに受けとめられたと感じられる場所でありたい」と松本さんは話します。保健所や自治体の窓口を経てサポコハウスにつながる人や、自分が抱えていたものがグリーフであるとここで初めて気づく人がいます。

 

◆「Doing」ではなく「Being」、自分事としての支援

「グリーフを他人事、特別なものとしている限り、支援してあげるという姿勢になる。グリーフは自分事であるという意識が大切」と稲吉さんが言うように、グリサポでは「Doing」ではなく「Being」な姿勢で、グリーフを抱える人を迎えています。ファシリテーター養成講座においても、参加者が自らのグリーフに気づくことを何よりも大切にしています。「チラシを大切に持ち続けて、2年越しに電話をかけてくれた人がいた。その人の力があるから電話をかけてこられる、ここにたどり着くことができる。その人が座りたい時は、隣に座って話を聞く」と、生田さんは経験を踏まえながらグリサポが行う支援について話します。

 

◆サポコハウスがそこにあり続けること

グリサポにたどり着く人の中には、コロナで大切な人を亡くした人もいます。会えないうちに誰かを失ったり、亡くした後もしばらく会うこともできなかったり。また、在宅時間が増えたことで、グリーフを抱える人の孤独感は一層増しているといいます。佐光さんは「家族じゃなくて誰かとつながれる、行ける場所があることがやはり求められているのではないか。何かをするというよりも、そこにあり続けることが求められていると思う」と、コロナ禍での取組みを通して再認識しています。オンライン開催への切替えや電話相談の回数を増やすなどし、コロナ禍でも止まらずに取組みを続けてきました。

 

「そこで何かをするわけでもなく、元気でなくても、自分がそこにいてもいい場所。今はしんどくて動けないかもしれないけど、何かあったら行けると思える場所があることが大切」とグリサポのメンバーは考えています。日々揺れ動く社会でさまざまな喪失を体験しながらもまた歩みをすすめていくには、サポコハウスのような場所がそこにあり続けることが大切といえます。

 

※3…1982年に米国オレゴン州で開設され、身近な人を亡くした子どもたちのケアを行う

 

講座の記録を本としてまとめている

(グリサポHPより注文可)

 

取材先
名称
上智大学グリーフケア研究所、グリーフサポートせたがや
概要
上智大学グリーフケア研究所
https://www.sophia.ac.jp/jpn/otherprograms/griefcare/index.html
グリーフサポートせたがや
https://www.sapoko.org/
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