ルーテル学院大学名誉教授 市川一宏 (Kazuhiro Ichikawa)
- 早稲田大学法学部卒業後、日本社会事業学校研究科、東洋大学大学院社会学研究科社会福祉専攻博士前期課程・後期課程。1983年に現ルーテル学院大学でソーシャルワーカー養成に関わる。2023年3月に定年退職するまでに、14年間学長を務める。キリスト教社会福祉学会会長、日本地域福祉学会理事、日本社会福祉学会理事・監事を歴任。全国・都道府県・市区町村の行政や社協、民間団体の計画の策定、実施、評価および調査研究、人材養成・研修等に多数関わる。
2023年3月にルーテル学院大学を定年退職された市川一宏さん(ルーテル学院大学名誉教授)から寄稿いただきました。
◆偶然の出会いから始まった私の社会福祉の歩み
大学1年生の夏、阿佐ヶ谷教会が募集した知的障がい児施設の大島藤倉学園でのボランティア活動に、行けなくなった友人の代わりに参加した。当時、出会うことのなかった知的な障がいを持つ方々の生活に接し、自分の生き方が問われた。また知的障がい児者の父、糸賀一雄先生の「この子らを世の光に」という言葉から、私は、この子らがコミュニティで当たり前の生活をしていることが光となり、豊かな社会を創るのだと学んだ。
以降、ボランティア活動を続け、大学 3年生の時に将来の道を探し求め、横須賀基督教社会館の館長だった阿部志郎先生をお訪ねした。先生から「ボランティア・市民活動とは、自分を振り返りつつ、連帯・協働して、コミュニティを耕す自発的な活動であり、あるべき社会を描く挑戦である」と学び、その思想を源流とする社会福祉の道にすすもうと決意した。
◆ソーシャルワーカーの使命
1983年、私は、現在のルーテル学院大学で、社会福祉の専門職であるソーシャルワーカーの養成に携わり、学生の当事者理解と、援助の専門的知識と技術の習得をめざした。本年3月、40年の教員生活を終えたが、その間、卒業生は、全国の行政、社会福祉協議会、社会福祉法人等の社会福祉領域、医療、教育機関等で重要な役割を果たしている。私の誇りである。
なお、ソーシャルワーカーの使命は、第一に当事者のさまざまな可能性を活かし、利用者自身が誇りを持って生活できるように、自立を支援すること。そのためには、自分勝手につくる利用者像に当事者を閉じ込めてはならない。「専門職である前に、一人の人間として」当事者理解を深めてほしい。
第二の使命は、サービス、活動、保健医療福祉等の専門職、住民、ボランティアという人材の支援等、コミュニティにある資源を活用し、もしくは掘り起こして、当事者の自己実現を図ることである。
◆コロナ禍における困難な生活状況にどのように臨むか
コロナ禍にあって、ひきこもり状態にある人、被虐待児童、自殺者の数はますます増加した。さらに仕事を失った方々が増え、多くの方が生活の場、生活する術を失った。同時に子どもや単身世帯の貧困が広がっている。しかも、コロナ禍にあって、多くのサービスや支援が停滞した。その結果、支援してきた方々が生活困難のただ中に置かれた。また例えば特別養護老人ホームでは、感染を恐れ、家族や友人の訪問を制限せざるをえず、忸怩たる思いをもった。ソーシャルワーカーは、まず今までのサービスや活動を検証し、支援を再編、強化していくことが求められる。
私は、東日本大震災発災後から2020年3月まで、石巻市社協と関わり、地域支援を考えてきた。被災直後の津波による被害を見て、呆然と立ち尽した自分を思い出す。家が流され、家族や友人を失い、失意の中にある方々がおられた。しかも、支援者も傷ついており、支援は難しかった。
お金を失うと生活の危機、名誉を失うと心の危機。希望を失うと存在の危機に直面する。現地のソーシャルワーカーがめざしていたことは、互いの存在を認め合い、支え合って共に生きていく寄り添うケアであった。それぞれの人生の一コマ一コマで、さまざまな出会いがあり、困難を乗り越えていくために、多くの絆が生まれる。第二に、ソーシャルワーカーには、相互の絆と希望のあるコミュニティを創り出す役割が求められる。
◆これからの私の挑戦
今、福祉系の大学等教育機関に入学する学生が減少している。そして社会福祉機関・団体が求人を出しても応募者が少ない傾向がみられる。しかし、ソーシャルワーカーを必要とする人々は確実に増加している。この閉塞感を打開するために、生活課題に一緒に取り組み、学び、互いに励まし合いながら解決してきた卒業生、仲間と協働して、未曾有の危機に挑戦していきたい。