東洋英和女学院大学名誉教授 石渡和実さん、知的発達障害部会人権擁護委員会
一人ひとりの尊厳が守られる社会に ~障害者の権利擁護から考える
掲載日:2023年8月9日
2023年8月号 NOW

 

あらまし

  • 2014年に障害者の権利条約を批准してからまもなく10年。制度的な改善はすすむ一方、障害者に対する権利侵害や虐待事案は減っていません。障害者をはじめ、子どもや外国籍、高齢者などを含め一人ひとりの尊厳が守られる社会の実現に私たちが求められていることは何か。今回は、東洋英和女学院大学名誉教授の石渡和実さんと知的発達障害部会人権擁護委員会への取材を通して、“障害者の権利擁護”から考えていきます。

 

 

すべての人の尊厳が守られるために社会に求められていること

障害のある人の人権や自由を守ることを定めた「障害者権利条約」。2014年の条約批准を機に、日本の権利擁護の取組みは大きく転換してきました。24年には改正障害者差別解消法が施行され、民間事業所に対しても「合理的配慮の提供」が義務化されます。また、本条約は障害分野以外にも大きく影響し、「法律の前にひとしく認められる権利」を謳った12条は高齢分野や終末期ケアにおける“当事者の思いや願いをどれだけ尊重するか”という意思決定支援の流れに寄与しているといいます。

 

22年8月、批准後初めて日本政府の取組みに対する国連障害者権利委員会の審査が実施され、9月に勧告が公表されました。勧告の冒頭では津久井やまゆり園事件が言及され、事件以降の日本の障害者政策の変化が問われました。津久井やまゆり園事件の検証委員長も務めた石渡和実さんは本勧告について、「『パターナリズム』という言葉が改めて今回注目された。支援が必要な人たちを私たちの視点から守ろうとしていたのではないか。安全や管理を重視するばかりで知的障害の人たちをはじめ色々な人たちの可能性を奪っていたのではないかと勧告を受けて再確認をしている」と話します。障害者権利条約や津久井やまゆり園事件をきっかけに「当事者の思いを尊重し一緒に歩む」という流れが社会にできつつある一方、障害者差別解消法の社会認知が依然すすまないことや障害者への厳しい虐待や権利侵害が明らかになる現実を石渡さんは指摘します。

 

◆人権を考えることは当事者の声から始まる

施設入所者の声を聞くオンブズマン活動の経験や津久井やまゆり園事件等を通じて、石渡さんは「人権擁護において、人権が侵害される側の人の声をしっかり受け止めることが大切。人権を考えることは当事者の声からスタートする」と考えています。本事件の裁判では、支援者や家族の声を聞く機会はありましたが、被害者は匿名で本人の声を聞かないまま事件が語られ、「本人不在」とさかんに指摘がされました。事件をきっかけに、神奈川県では「当事者の望みや願いを尊重」していくために、23年4月より当事者目線の障害福祉推進条例が施行されています。

 

また、支援現場に求められる取組みとして、「虐待をなくす取組みというよりはその芽を摘んでいくことが必要。これをやってはいけないというようなチェックリストばかりに注目すると支援者が疲れ切って気持ちも沈んでしまう。よくヒヤリハットではなく『にこりほっと』といわれるが、利用者がにっこりして、支援者も一緒に力づけられるような質の高い支援をどれだけやっていけるか。そのためにはより望ましい支援をどのように展開していくかに注目できる現場づくりが求められてくる」と話します。

 

これからは当事者の思いや声を受け止める支援がより大切になってくるとともに、第二期成年後見制度利用促進基本計画が示すように、その人を取り巻くさまざまなネットワークが重なり合いながら支援することができる地域づくりが必要になってきます。

 

◆一人ひとりの人権が当たり前に守られる社会には

22の勧告を経て、障害者権利条約が「人権モデル(※1)」に変わったことが注目されています。「このことは障害者観の転換に留まらず、虐待されている子どもや認知症のお年寄りも含めた『人間観の転換』を日本社会に生み出しているように思う」と条約の意義を石渡さんは改めて感じ、当事者を中心に地域全体がさまざまな支援ができるようにネットワークが構築されることで社会が変わる流れもできてきているといいます。

 

一方、SNSの誹謗中傷などを見ると障害者や外国籍、LGBTQなど人権侵害を受けやすい人に対する社会の理解は十分であるとはいえません。そうした現状について、石渡さんは「小さい時から共に学んだり、共に生きるという経験をすることが大人になってからも差別や偏見を持たない、一人ひとりを尊重する社会をつくっていく」と強調します。すべての人の尊厳が当たり前に守られる社会に向けて、制度や環境整備がすすみゆく中、まさに私たち一人ひとりの意識が問われているといえます。

 

(※1)…障害は社会のさまざまな障壁によるという「社会モデル」を補強するのが「人権モデル」。人権モデルでは、誰もが生まれながらにして尊厳を有することを強調し、障害があっても権利や自由を等しく享有する社会をめざす。

 

東洋英和女学院大学名誉教授 石渡和実さん

 

 

ネットワークだからできる権利擁護の取組みを~利用者の声、そして現場の声を聞くことから~

東京都社会福祉協議会の知的発達障害部会(以下、知的部会)は、およそ480の知的障害児(者)の施設および事業所から構成されます。さまざまな事業所が集まる知的部会では、「人権擁護委員会」が20年以上前に発足し、人権意識を高め、利用者の権利擁護を考えるべくその時勢に応じた多様なアプローチを継続してきました。

 

委員は17名と部会内でも参加希望の多い大所帯な委員会ですが、5名前後で運営する時代もあり、委員会に対する施設の意識が異なっていたといいます。広報誌「じんけんBoard」(※2)の発行のほか、講師を招いた研修や委員による出張研修など必要な取組みを模索してきました。近年は、新型コロナの影響を受けながらもオンラインを活用し、年4回にわたる虐待防止・権利擁護研修や、人権フォーラムを開催するなど、利用者の権利擁護について部会全体に問い続けてきました

 

(※2)…現在、じんけんBoardは知的部会広報紙「かがやき」の紙面の一部として掲載しています

 

人権擁護委員会メンバー

     左から(社福)文京槐の会 は~と・ピア サービス管理責任者 市川順子さん

   (社福)滝乃川学園 グループホーム部 寮長 今永博之さん

     (社福)みずき福祉会 八王子平和の家 施設長 渡辺和生さん

(社福)田無の会 たんぽぽ 施設長 髙橋加寿子さん

 

◆本人の声を聞くことが私たちの原点

これまで委員会として大切にしてきた取組みの一つに”人権フォーラム”があります。講演やパネルディスカッションを通して、「利用者の権利をどう大切にしていくか」を考える機会としてきました。感染対策に追われ2度の延期が続いていましたが、コロナ禍を経てフォーラムの意義を委員はより強く感じ、23年1月に第24回人権フォーラムを開催しています。

 

2年ぶりのフォーラムは、新たな試みとして各施設の利用者による知的部会の「本人部会」と合同で行いました。企画に至った経緯について、長く委員を務める髙橋加寿子さんは「本人部会からの発信も増えてきてはいるが、『私たちは利用者の本当の気持ちをちゃんと聞けているのか、吸い上げられているのか』とどこかひっかかっていた。人権擁護について支援者が集まって話す中で、私たちは本当に利用者が見えていたのか」と思いを明かし、委員長の渡辺和生さんも、「私たちの仕事は相手を幸せにもできるし不幸にもしてしまう。支援者の原点はご本人の声をしっかりと聞いていくこと。それが本当の仕事だと改めて思った」と続けます。フォーラムは集合方式ではなく映像配信で開催し、多くの施設に利用者の声、そして委員の思いが届くことをめざしました。

 

◆日々の小さな積み重ねが変化につながっていく

これまで20年以上にわたり必要な取組みを模索し続けている人権擁護委員会ですが、今なお権利侵害や虐待事案が生じる現状に活動の難しさを感じているといいます。委員の今永博之さんは「だからこそやっぱり利用者の声を届けることが大切だと思う。誰だって自分が罵られたり、お金を使われたりすることは嫌だとわかっているのに、支援や支援者との関わりの中で利用者が嫌な思いをすることが実際に起きている。今回のフォーラムのように、利用者本人に声を上げてもらい、多くの人に届けることが私たちに求められているのでは」と実感しています。利用者の中には声を上げることが難しい、権利侵害や虐待自体を認識できない人も多くいます。委員の市川順子さんは「私たち職員が、利用者の日々の変化をどれくらいキャッチできるかが大切。難しいことだけれど頭の片隅にその意識があるだけで変わってくる」と話します。

 

虐待防止委員会の設置や職員への研修実施が制度化された今、人権擁護の取組みがルーティンにならないためにはそれぞれの意識がより重要になってきます。「法制度もすすみどの施設も体制は整っているが、経営層の温度感や現場への浸透レベルは施設によって違う。なので、委員会で他施設の話を聞いてヒントを得たり、施設の取組みを振り返る、そんな一見小さな積み重ねが大切になってくる」と髙橋さんは痛感しています。

 

◆人権擁護委員会だからできる権利擁護の取り組み

今年度も始まっている虐待防止・権利擁護研修では、毎回多数の応募の中から当選した70人が参加し、グループワークの時間は職員の悩みや声を共有する場になっています。コロナ禍でようやく研修を再開した際には、グループワーク終了後に参加者から自然と拍手が沸き起こったといいます。その光景が印象的で、「思いや悩みを共有する場が求められていることを改めて感じた。部会というネットワークだからこその強み」と委員の皆さんは振り返ります。

 

「『〇〇をやっちゃいけない』といった虐待や権利侵害を起こさないための研修ではなく、みんなで利用者本人の権利について改めて考えていくこと。一人ひとりの心に響くような取組みをしていきたい。それが委員会としての使命だと思う」と委員長の渡辺さんは考えています。今後は、本人部会とコラボした企画や研修アンケートを通じて現場職員の声を聞き活動に反映するなど、それぞれの「声」を大切に人権擁護委員会だからできる取組みを模索し続けていきます。

 

じんけんBoardでは、人権フォーラムの報告や現場からの声などを毎回お届けしている

取材先
名称
東洋英和女学院大学名誉教授 石渡和実さん、知的発達障害部会人権擁護委員会
概要
知的発達障害部会ページ
https://www.tcsw.tvac.or.jp/bukai/chitekisyogai.html
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