あらまし
- 民間企業に雇用されている障害者の数は2022年時点で約61万4,000人と、19年連続で増え続けています。こうした中、同年改正された障害者雇用促進法では、法定雇用率の段階的な引き上げや雇用の質の向上などが盛り込まれ、量と質の両面でさらなる充実を図ることがめざされています。今号では、福祉職場における障害者雇用について、施設の取組みから考えます。
当事者の声に耳を傾けることが大切
―社会福祉法人多摩棕櫚亭協会
多摩棕櫚亭協会(以下、棕櫚亭)は、1987年に共同作業所を国立市内に開設して以降、30年以上にわたり精神障害者支援に取り組んできた法人です。
棕櫚亭では、就労トレーニングから定着支援まで、就労移行支援事業所ピアスと障害者就業・生活支援センター(※1)オープナーが連携しながら支援を行っています。スモールステップを踏みながら準備を重ね、必要であれば定着支援にジョブコーチを派遣するなど丁寧な支援があれば、勤怠が不安定だと言われている精神障害者も十分に働けることを活動の中で証明してきました。その中で、一般企業から福祉分野の非営利法人まで、多様な職場の障害者雇用に関わっています。特に、雇用をすすめている福祉職場については、福祉に関する基礎知識や障害を受け入れるという基本的な姿勢や配慮があることが特徴だといいます。一方で、多忙を極めるため、「困ったらこの人に聞けば良い」といった業務上の指示系統がつくりづらく、実際に働く当事者が困る事もあるそうです。
また、障害への理解があるからこそ、それが配慮しすぎにつながり、職場の枠組みを超え福祉施設のようになってしまった事例もあるそうです。理事長の小林由美子さんは「たまたま働いた職場が福祉施設だったという事なので、『働く場』としての枠組みは押さえ、その範囲での配慮をしていく事が必要。それがないと本人も苦労してしまうし、結果として職場での疎外感や孤立にもつながってしまう」と指摘します。職場としての一体感も大切で、清掃や調理補助も含め、すべての部門で一体感を意識できるようなしくみや関わりが求められます。
(※1)障害者の身近な地域において就業面と生活面の一体的な相談・支援を行う機関で、全国に設置されている。通称「なかぽつ」
左から
就労移行支援・自立訓練・就労定着支援 ピアス 高橋しのぶさん 伊藤祐子さん
障害者就業・生活支援センター オープナー 荒木浩さん
相談支援・地域活動支援センターⅠ型 なびぃ 山地圭子さん
障害者就業・生活支援センター オープナー 小林由美子さん
◆当事者が安心して働くことができるように
今回の法改正では、雇用率の算定方法の変更や、雇用の質の向上が盛り込まれています。
雇用率については、24年4月以降、所定労働時間が週10時間以上20時間未満の人を算定できるようになりました。障害のある人の「働きたい」という思いを尊重し、短時間であっても働くことを通じて社会とつながる機会が増えることに一つの意義があります。「オープナー」施設長の荒木浩さんは「ひきこもりからのチャレンジなど、働く際の選択肢が増えるし、働きながら就労継続支援B型との併用も考えられる事は当事者の大きな安心感につながる」と話します。
また、雇用の質の向上については、キャリア形成の支援を含めた適正な雇用管理を積極的にすすめることとされています。事業主には、本人の希望や適性、能力に応じた配置や、能力開発、多様な業務の経験の機会の提供などが求められます。ただし、そこにも配慮や個別性が必要で、「ピアス」副施設長の高橋しのぶさんは「仕事に就くことが最初のゴールという現実もある。また、変化しないことを安心と捉えている人もいる」と、一概にキャリアアップのみが雇用の質にあたるわけではないと強調します。「なびぃ」副施設長の山地圭子さんも「キャリアアップか現状維持か、一人の中にどちらの要素もある。それを本人が選んでいける事が大切だと思う」と話します。また「ピアス」施設長の伊藤祐子さんは「障害のある人たちのことを考えて社会をつくっていくと、みんなにとって良くなると言われているが、雇用についても同じかもしれない」とさらに広げて話します。
棕櫚亭では働く当事者が体験談を語るセミナーを実施して今年で13年目を迎えます。小林さんはそれを続ける意義として「当事者自身の働きがいや働き心地を社会がどのように捉えていくか。当事者がそれを発信できる場をつくり、少しでもそれを広げていくことが必要だから」と言います。そして、「まずは当事者本人の声に耳を傾けること。それが、合理的配慮や就労定着、ひいては当事者の幸せ実現につながっていくのではないでしょうか」と話します。
障害者雇用だけでなく実習も受入れ
―社会福祉法人フレスコ会 フレスコ浅草
フレスコ浅草は2016年に台東区で開設したユニット型特別養護老人ホームです。法人職員数は約100人で、これまで2~4人程度の障害者雇用に取り組んできました。現在は、2名の非常勤職員が清掃部門で働いており、24年度からはさらに1名が介護補助として勤務することが内定しています。
取組みのきっかけについて、施設長の佐藤信太朗さんは、「開設後2年ほどして落ち着いてきた時期に、日々の清掃や洗濯など介護の専門職でなくてもできる業務を切り出して、障害者雇用をすすめようと考えた」と説明します。
障害者雇用を開始する前には、障害のある生徒の実習受入れにも取り組みました。ハローワークのイベントでつながりができた特別支援学校の実習生を受け入れることとし、学校の先生を招いて職員研修を実施するなどして、障害のある人と一緒に働く準備を整えていきました。
その後、知的障害や精神障害、発達障害のある職員の雇用を始めた直後は、「どこまで任せて良いのか」「本人の負担になっていないか」「一人にしても良いのだろうか」など、職員からさまざまな声が聞かれたといいます。佐藤さんは「『あまり難しく考えず、本人とコミュニケーションを取ることから始めてみたら?』と伝えた」と振り返ります。さらに職員の変化については、「現場の職員は当初から受入れに理解があったので、変化らしい変化はない。むしろ面倒見の良さなど新たな一面を知ることができて、職員に対するこちらの見方が変わった」と言います。また、実習に来ていた特別支援学校の生徒の内定が決まったことなども、職員のモチベーション向上につながっているといいます。
◆誰もが働きやすい職場をめざす
現在の清掃部門では、臨機応変な対応が苦手であることに配慮して、一日の業務を可視化し、時間割を決めて仕事をすすめるようにしています。作業の見守りは事務職員が順番で行っており、必要に応じて声掛けをしています。「真面目で作業に熱中しすぎてしまうことがあるので、こちらからブレーキをかけることが必要。自分のペースでやってみて、終わらなかったらまた考えようと声をかけている」と話します。
これまでの障害者雇用では、求職者との話し合いにより、清掃部門ではなく介護職として採用したこともありました。心身の不調で離職した介護職経験者のケースでは、履歴書に介護福祉士の記載があり、本人と話をしてみたところ「もう一度チャレンジしたい」という意志が確認できたため、ハローワークとも調整して介護職として雇用したといいます。雇用前の段階で本人に仕事への不安がある場合には、実習の機会を設けるなど柔軟に受入れをしています。
フレスコ会では、20年に「もにす認定(※2)」を取得したほか、特別支援学校の職業体験や障害者の職場体験実習の受入れも継続し、今後も障害者雇用に取り組んでいく方針です。佐藤さんは「障害があっても働ける人はたくさんいるし、定着してくれれば現場も助かる。障害者雇用に限らず、誰にとっても働きやすい職場でありたい」と話します。そして「清掃部門のスタッフが成長してリーダーになってくれたら嬉しい。一緒に実習のプランを考えたりしてみたい」と、今後の展開を思い描いています。
(※2)2020年に始まった障害者雇用に関する優良な中小事業主を厚生労働大臣が認定する制度。「ともにすすむ」を由来とする
(社福)フレスコ会 フレスコ浅草 佐藤信太朗さん
http://www.shuro.jp/
社会福祉法人フレスコ会 フレスコ浅草
https://www.fresco-group.jp/