アトリエ・サロン-コウシンキョク 平山匠さん
すべての人に開かれていて、柔軟だからこそ面白い
掲載日:2023年12月25日
2023年12月号 くらし今ひと

アトリエ・サロン-コウシンキョク

平山匠さん

 

あらまし

  • 人々が行き交い、他者に触れることで誰かに少しでもやさしくなるきっかけになればと、アトリエを地域に開いている芸術家の平山匠さんにお話を伺いました。

 

美術はいつも近くに

子どもの時から〝美術〟はすぐそばにありました。社会的に自閉症と定義された2つ歳の離れた兄がいるのですが、絵を描いたり粘土を触っていると落ち着いたようで、家にはいろんな色の小麦粘土や画材がありました。兄と一緒にオリジナルのキャラクターを生み出して粘土や人形で遊ぶ。そんな時間を多く過ごす中で、美的感覚が養われていったように思います。粘土で何かをつくることが得意だったので、大学は彫刻科にすすみました。

 

幼少期から兄のそばで美術に触れてきた自分にとって、面白いと思う美術やアートの領域は〝色々な視点〟があって、大学のアカデミックな授業に違和感を強く覚えました。気づけば美術をやる意味を見失い、模索する日々が続きました。大学卒業後一度は就職したのですが、本当に勉強したい美術と向き合うことを考えるようになります。障害者の表現やアウトサイダーアートなどについて考えるために大学院へすすむのですが、そこでもまた違和感を覚えました。母がハンディキャップのある子どもたちにアートを通して取り組んでいたり、何よりすぐそばで絵を描き続ける兄を見ていた自分にとって、障害の「ある」人がつくった作品という潜在的な線引きや、権威的な視点にばかりこだわり柔軟にさまざまな視点で作品を見られない状態などがどうしてもしっくりこなくて。そんな時に知人が勧めてくれたカルチャースクールに入ることで、「なぜ美術を必要とするのか、表現したいのか」、自分の原点をひたすら見つめ直すことになります。

 

兄と向き合い、自らをコウシンすることから

これまで兄の障害に対して「本当に向き合っていいのか」という気持ちがどこか自分の中にありました。そんな自分の原点をひたすら探る途中に、幼少期に障害を揶揄する周囲に強く反発した自分こそが、心の奥底に根付いた優生思想の中で兄を差別してきたのではないかということを見出していきました。兄に対する社会のあり方への問題意識と自分自身の逆説的な差別意識から、美術に触れるきっかけをくれた兄と一緒に、美術を介して世界を共有する時間をもう一度もちたいと考えました。そうして、兄の絵をベースに対話と会話を繰り返し、立体化させていったのが「モンスター大戦記ハカイオウ」。兄弟という関係性から離れ、一人の表現者である「兄」と向き合い、二人の視点を近づける過程を積み上げていった作品です。

 

この制作から、〝他者との違い〟や〝コミュニケーションの手法〟等の新たな視点が生まれ、20年に「アトリエ・サロン-コウシンキョク」を開くことになりました。アトリエ兼サロン兼公民館的な場として、行き交う人たちが互いの感性に触れ、誰かを理解しようと“それなり”に頑張ってみない?といったテーマで20年に開きました。アーテイストが展覧会を開いたり、陶芸教室や飲み会などを行ったり、マルチな場所として使われています。地元のおじいちゃんが展覧会と知らずにひょっこり入ってきたり、地元の小学生がノックもせずに突入してきたり(笑)。そんなふうに特定の誰かにではなく、あらゆる人にこの場所を開いていることで、自分を介してさまざまな人が流動的に交わり、それぞれの感覚や視点を更新してもらって、おこがましいけれどそれで救われる人がいたらいいなって。実際、自分は救われていますし。

 

あと、他のアーティストと一緒に企画をやって、美術や表現することが誰にでも開かれていると感じてもらえればなって思っています。

 

「モンスター大戦記ハカイオウ」
制作過程の2人の対話や会話も一緒に展示されていた

 

美術も、自分も、柔軟で開いていたい

コウシンキョクを運営しながら、「出張コウシンキョク」的な位置付けでトークイベントやセミナーなどを主宰したり参加するようにもなりました。障害のある兄の家族として、表現者の一人として、感じてきたことや思いを自らの言葉で伝えることも始めています。また、22年からは都内病院でデイケアの「造形コース」の美術講師をしています。精神的に生きづらさを感じている人を前に、何が自分はできるのか。一人ひとり背景や価値観、表現したいものは違えど、生きるための美術がそこにはあって、〝美術のあり方〟そのものを問い直す時間になっています。同時に、“美術を楽しむ、喜ぶ”といった表現することとストレートに向き合う大切さを改めて教えていただいています。

 

やっぱり権威性を重視したり、一部の人にしか開かれていない美術には違和感があって、ある種優生思想的な文脈につながっていると感じます。だから自分はどんな人に対してもオープンに、どのようにリスペクトして、面白がれるかを大切にしていきたいです。

 

ある日のコウシンキョクの様子

取材先
名称
アトリエ・サロン-コウシンキョク 平山匠さん
概要
平山匠さんHP
http://takumi-hirayama.site/
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