勝林寺住職 窪田充栄さん
住職として、当事者として人と暮らしに寄り添う場づくり
掲載日:2024年1月26日
2024年1月号 くらし今ひと

勝林寺住職 窪田充栄さん

 

あらまし

  • 家族写真撮影や移動水族館など、障害をもつ子どもとその家族の交流の場「くつろぎば」をお寺で開催する勝林寺の住職、窪田充栄さんにお話を伺いました。

 

◆「神も仏もない」と嘆く日々

物心ついた頃から、将来は住職になりお寺を継ぐものだと思っていました。大学卒業後は、埼玉県の平林寺で3年間修業した後に僧侶となり、結婚して2年後に長男が、3年後に次男が生まれました。次男は、出産時のトラブルが原因で脳性麻痺となり、四肢不自由の障害を抱えてしまいました。さらに、お寺の改築や父の闘病、長男の発達障害も重なり、「なぜ私だけこんな目に遭うんだ」、「僧侶という職業でありながら、この世に神も仏もないのか」と精神的にひどく落ち込み、悲観ばかりしていました。

 

次男と公園に出かけた時が一番つらくて、楽しそうに遊ぶ家族を見ることができず、次第に公園を歩けなくなってしまいました。しかし、次男の看護生活は待ったなしで続きます。訪問看護ステーションの看護師さんや区の保健師さんなどと接する中で、少し先の未来を教えていただきながら、だんだんと前向きになっていきました。訪問看護ステーションが開催する当事者同士の交流会にも参加するようになり、自分と同じような境遇を持つ家族と話しているうちに「苦しんでいるのは自分1人だけじゃないんだ、こういう場ってとても大切だな」と思うようになりました。

 

同じころ、妻から誘われた講座で「グリーフケア」を知りました。「グリーフ」とは、失った人や物に対して生まれる心や体の反応を表します。それを忘れたり、乗り越えたりしようとするのではなく、抱えやすくするのが「ケア」の考え方です。「喪失」と聞くと「死別」が真っ先に浮かびますが、携帯を無くしたり、お気に入りのお店が閉店したりするのも「喪失」です。学んでいくうち、次男が生まれる前に抱いていた「楽しいであろう子育て」から一気に突き放されたと感じることも「グリーフ」なんだと気づかされました。

 

次第に、僧侶であり障害をもつ子どもの親でもある自分が、お寺という環境を生かして同じ境遇の方たちと思いを共有する場をつくりたいと思い、2016年12月に障害をもつ子どもとその家族が交流する場「くつろぎば」を始めました。

 

くつろぎばの様子

 

◆悩みや不安を吐き出す場づくり

「くつろぎば」では、まず自己紹介をして、お昼を食べながら会話をし、催し物で楽しむという流れになっています。訪問看護師さんもボランティアで同席してくれています。お昼はお寺の檀家さんがケータリングしてくれます。メニューはリクエストに応えつつ、季節を感じられるものを提供するようにしています。子どもから目が離せず、手の込んだ料理がつくれない家庭が多いからか、メニューに揚げ物のリクエストがよく挙がりますね。大切にしていることは「話す時間」です。日々の不安や思いを吐き出してもらい、みんなで分かち合いながら、「一人じゃない」と感じてもらいたいと思っています。子どものための場でありつつ、その家族も笑顔にしたいという思いがあります。

 

催し物は、流しそうめんや家族写真撮影をはじめ移動水族館など、多岐にわたります。また、障害を持つ子どもとその家族で、写真と着付けも込みで七五三ができるプランも開催しています。カメラマンやヘアメイクさんをお寺に呼んで、親御さんも含めて着付けとヘアメイクができて、法要も一緒に行うというもので、年間20枠くらいの予約枠がすぐに埋まってしまうほど、毎年好評です。好評なのは喜ばしいことなのですが、それだけ障害をもつ子どもとその家族が楽しめる場所が少ないということにも気づかされます。

 

どれも、自分の子どもに経験させてあげられなかったことを同じ境遇の方々と一緒に体験したいという思いで企画を考えています。参加者からは「来て良かった」「ゆっくり食事ができた」などと言っていただき、その言葉が何よりの救いです。

 

毎年大人気の葛西臨海水族館の移動水族館

 

◆お寺を生活に身近な存在にしたい

勝林寺のコンセプトは「人と暮らしの間にあるお寺」です。人と暮らしの中にあるさまざまな思いや出来事と向き合い、前にすすむためのお手伝いをさせていただくことが、勝林寺の役割だと考えています。「くつろぎば」を開催してみて、住職という立場、そして障害を持つ子どもの親という当事者の立場として、人と人との間をつなぎ、思いを共有する場を作ることができるのは、自分にしかできないことではないかと使命感のようなものを感じています。

 

これからも、「くつろぎば」を細く長く続けていければいいなと思っています。同じ取組みを広めたいというより、例えば子ども食堂に熱心に取り組んでいるお寺や、貧困に対して支援をしているお寺といったように、それぞれのお寺に特色があってもいいのかなと思います。コンビニよりもたくさんあるお寺が、何かひとつ社会の問題に取り組めたら、さらに良い世の中になるんじゃないでしょうか。

 

いろいろな悩みや問題に対して、どうしたらいいかわからない時に頼りにする選択肢のひとつにお寺がある、そんな未来になったらいいなと思っています。

 

 

できあがったお味噌を並べて

 

取材先
名称
勝林寺住職 窪田充栄さん
概要
臨済宗 妙心寺派 萬年山 勝林寺
https://www.mannen-syourinji.com/
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