東京都福祉人材センター研修室
担当者任せにせず、組織として人材の定着・育成を考える ~「新任職員の定着・育成入門研修」の活用事例~
掲載日:2024年4月4日
2024年3月号 NOW

 

あらまし

  • 東京都福祉人材センター研修室(以下、研修室)では、「令和4~6(2022~2024)年度 東社協中期計画」の重点事業の一つとして、2023年度より「新任職員の定着・育成入門研修」を実施しています。今号では、本研修の企画の経緯や内容、実際に研修を活用した事業所の取組み等をお伝えします。

 

◆自組織の課題を考えるきっかけに

研修室では、福祉施設・事業所の人材定着・育成につながる多様なテーマ型の研修(採用・広報/OJT/コーチング/職場内研修/育成面談など)を実施してきました。その中で、受講者から「職員の定着・育成に関する取組みは、担当者任せにされがちで困っている」「研修内容はどうしても標準的な内容になるので、自事業所の組織体制・現状では現実的に取り組むことが難しい」といったご意見をいただくことが多々ありました。

 

採用や職場内研修の担当者がテーマ型研修を受講するだけでは、こういった課題の解決は難しく、組織全体で自組織の人材定着・育成の課題について考えてもらうことが必要だと考え、そのきっかけになればと本研修を企画しました。

 

◆課題の幅広さと整理手法を学ぶことが目的

本研修は、人材の定着・育成を組織として考える立場にある管理職員やチームリーダー、職員の定着・育成を担う担当者を対象とした150分程度(個人ワーク含む)のオンデマンド型の研修です。23年度は2回実施し、合計で157名の受講がありました。受講者の役職は図1の通りで、業務の担当者だけでなく、管理者も一緒に受講した方からは「内部の職員からの発言では管理者層に響かないことも、外部の講師からの指摘で、今後の担当者としての取組みが展開しやすくなった」との声もありました。

 

研修の目的は「職員の定着・育成に必要となる課題の幅広さとともに、自組織の課題を整理するための手法を学ぶこと」です。まず、職員の定着・育成には多様な課題があることを講義・個人ワークを通じて理解していただきます。次いで、個人ワークを中心に、課題の整理手順と優先順位のつけ方を学び、実際に自職場の人材定着・育成における課題を洗い出し、取組みの優先順位付けを行うという構成です。ただの研修受講だけで終わらせず、受講者が研修成果を職場に持ち帰り、実際に職員の定着・育成に向けた取組みにつなげることが最大の狙いです。そのため、研修受講後、実際に他の職員を交え、職場全体で本ワークを行えることが理想的です。

 

多様な課題を、自職場の実際の状況を踏まえ考えていただくため、ケーススタディを取り入れました。例えば『求人を出してもなかなか応募者がいないA事業所。やっと1名の入職希望者が現れたが、面接の結果、福祉職への適性に疑わしさを感じる部分があった。しかし、背に腹は代えられず、採用の方向で検討することに。このような状況をあなたはどのように考え、どう行動しますか』といった内容です。受講者からは「自分なら、自職場ならどのように対応するかをリアルにイメージした上で、講師から課題のとらえ方や検討のポイントの講義があり、より実践的な学びが得られた」といった感想がありました。

 

図1:受講者の役職の割合(アンケート回答数157)

 

 

◆本研修受講後の受講者の取組み

本研修の受講後、実際に自職場で課題の構造化ワークを実施した、医療法人永寿会 陵北病院 看護部 介護主任の山本紗織さんにお話を伺いました。陵北病院看護部では、職員の定着・育成を図るための担当者は定めてはおらず、主任層が全体でその役割を担っています。今回は、上司から本研修の情報提供があり、介護主任8名が受講しました。受講後、上司を含む9名で実施したワークの結果、優先度の最も高かった課題は「求める職員像や組織像の明確化」でした。この理由は「これがぼやけていると、育成の目的やゴールが中途半端になる。まずは組織として何を大事にするのかを職員全体で共有することが最優先だと考えた」と言います。

 

その後、介護主任が中心となり、求める職員像・組織像の具体案を考え、どれが良いか全職員で投票し、求める職員像を「利用者を第一に考えられる誠実な人」、「暮らしを支えるための知識と技術をもつ人」などの5つに定めました。また、看護部のめざす姿や組織像は「その人らしく豊かな時間が過ごせる陵北病院」に決定したそうです。そして、現在はこれを念頭に、個々の職員の状況に応じた人材育成ができるよう、業務の標準化やマニュアルの整理といった取組みをすすめているとのことでした。

 

また、同僚の職員と先述のケーススタディに取り組んでみると、山本さんは「入職後の指導方法でフォローする。疑問があればすぐに言えるような環境をつくる」と回答したのに対し、別の職員は「求人に応募がない理由や、正しく自職場の理念や魅力を伝えられているかを考える」という意見を挙げました。「入職後のサポートだけでなく、幅広い視野で、職員の定着・育成を考えることの大切さに気づいた」と、山本さんは話します。

 

こういった取組みについて、研修講師で、(社福)東京聖新会 向台町地域包括支援センター センター長の近藤崇之先生からは「職員一人ひとりが組織の理念やビジョンをしっかり捉えられると、一体感のある組織を築くことができる。また、職員の経歴・経験年数や現在の役職・立場等によって、その考え方には違いが生じる。管理者層がこの違いをきちんと理解できていると、個々の職員に応じた定着・育成のフォローや、チームマネジメントの参考にできるのではないか」とのコメントがありました。

 

図2:実際に自職場で課題の構造化ワークに取り組めるか(アンケート回答数116)

 

◆受講者アンケートからみる現場の課題

本研修の受講者に「実際に自職場で、職員の定着・育成における課題の構造化のワークは実施できそうか」と尋ねたところ(図2)、「不可能だと思う/分からない」と回答した理由として①人手不足で余裕がないので時間が割けない、②管理職や他の職員の理解を得るのに時間を要するといったご意見が目立ちました。このように「現に絶対的な職員数が足りない→組織として人材の定着・育成まで手が回らない→職員が定着せず、離職してしまう→現に絶対的な職員数が足りない…」という悪循環が大きな課題になっています。

 

この課題について、近藤先生は「忙しいから『大きな絵』が描けないのではなく、『大きな絵』が描けていないから振り回されていることはよくある。何を大事にしたいか、どのような方向にすすみたいかを先に整理することが大切」と指摘します。加えて「その過程を通じて、職員が安心して働ける組織風土が醸成され、結果的に人材の定着・育成がすすむ。まずは、スモールステップでも取り組み始めることが重要」と言います。人手不足や職員間のコミュニケーションに悩む事業所こそ、本研修を活用し、課題の構造化のワークに取り組むことを期待しています。

 

◆定着・育成の好循環をつくり出すには

福祉業界に限らず、人材不足が深刻な社会情勢の中、定着・育成の好循環をつくり出すことは喫緊の課題です。そして、そのための取組みは各施設・事業所の規模感や組織体制等によって大きく異なります。だからこそ今、組織を支えている人たちが共に考え、話し合いながら、この課題の解決に挑む姿勢が求められています。支援の要が「人」である福祉事業所こそ、職員全体でこれに取り組む必要があるといえます。

 

このような福祉従事者の皆さまの取組みがすすむよう、研修室では、今後も福祉現場のニーズを踏まえた研修を実施していきます(本誌9ページ「令和6年度研修一覧」参照)。

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