studio fuku 廣瀬和子さん
装うことに困っている人の話を聞き、ともに解決策を探っていく
掲載日:2024年5月8日
2024年5月号 くらし今ひと

studio fuku 廣瀬和子さん

    医療福祉機器メーカー勤務を経て、2021年から現職。

趣味はフィギュアスケート(観ることと滑ること)

 

あらまし

  • 性別や障害の有無などに関わらず、装うことの悩みや不便を解決したいという思いから2021年に「studio fuku」を立ち上げ、オーダーメイドの洋服づくりに取組む廣瀬和子さんにお話を伺いました。

 

幼少期から介護が身近にあった

私の母の妹は重度の知的障害のあるろうあ者でした。コミュニケーションは簡単には取れないながらも、一緒にご飯を食べたり遊んだり、家族の一員として普通に暮らすことが当たり前の環境で育ってきました。支える祖父母も、母も母の姉も、大変だったと思います。彼女の未来をおぼろげながらに考えた時に、「この人を最後まで見るのは私なんだ」という自覚が幼いながらにあり、漠然としたプレッシャーを感じていたこともあります。

 

大学進学は、幼い頃から好きだった手仕事に関われる服飾関係か、海外の困っている人を支援するような2つのルートを考えましたが、国際政治を選びました。勉強する中でソーシャルワークという言葉に出会い、「困難な状況や社会の中で資源を結びつけたり、なければつくり出したりしていくこと」とあって、世の中にはすごい仕事があるんだなあと感銘をうけました。社会人になってから、大学に入り直し、社会福祉士を取得しました。

 

大学生活の後半は、父方と母方の祖母が2人とも倒れたため、その介護に多くの時間を費やしていました。当時は資源も相談先も限られていたので助けてもらえることも少なかったです。母や叔母と手分けしてがんばっていましたが、「もっと便利なモノやサービスを提供できるんじゃないか?」といろいろなことを感じ始めたころに就職活動の時期を迎えました。情報収集がてらシルバーサービス展を訪れ、出展していたさまざまな企業に「就職したいのですけれど……」と、はがきを出して、ご縁があって医療福祉機器メーカーに就職することになりました。展示会に出展する会社は新しいものをつくって世の中を変えようとしているのだろう、と期待してのことでした。

 

相談者とともに解決策を探るオーダーメイド

19年勤めたメーカーでは一貫して企画畑を歩みました。振り返ると、エンドユーザーから実際の困りごとやニーズを教えていただいて、仕事の現場にフィードバックしていくことをずっとやってきたように思います。

 

福祉用具は高齢や障害のある方だけでなく、家族やヘルパー、医師・看護師、メンテナンスをする人、消毒をする人など、さまざまな人が関わって使われるものです。それぞれがどんなことに困って、どんなことを求めているのかということを教えていただいていました。製品を届けて喜んでいただいたこともありますが、それよりも叶えられなかったことがいまも心に残っています。

 

自分の好きな服づくりのレベルを上げていけば、お客様の困りごとを聞いて、一緒につくって、使ってみたよというところまで伴走できるので、それならひとりでできそうだし、楽しそうだなとぼんやり考えていました。

 

退職後、パターン(型紙、衣服の設計図)の勉強をしていることを知り合いに話したところ、リクライニング型の車椅子用のレインコートがなくて困っている人がいるというので、私に障害者の衣服のことを教えてくれた人と一緒に話を聞きに行きました。「同じものでいいのだけど、もう市販品は売っていなくて……」ということだったので、素人ですがとお断りした上で、製作を引き受けることにしました。お母様は、いろいろなところに投げかけたけどだめだったという経緯を穏やかに話されていましたが、私も介護経験があり、困りごとが解決せず心配ごとばかりが澱のように溜まっていくしんどさが身に沁みていたので、それを一つでも取り除けるならという思いで引き受けました。その時の精一杯でつくってお納めして、今も問題なく使ってもらっています。その経験から、困っている人がいて自分にできることがあるならやってみようと、studio fukuを立ち上げました。

 

オーダーメイドですが、お客様も初めから「これをつくってほしい!」という形を具体的に提示できるわけではありません。お互いに話し合って、試作をして、試着してもらって……と2人で解決策を探しているみたいな感じです。お納めするととても喜んでくれて、すてきな笑顔を見せてくれます。その瞬間とそこにたどり着くまでの過程の、最初から最後まで関われるのが楽しいです。

 

「これは他の方に喜ばれるんじゃないか」とか、「これならお友達が使っているところがイメージできる」といったものは、よりシンプルな形にして、ネットショップで販売したりしています。

 

地域のおせっかいおばさんになりたい

おばあちゃんになっても地域で仕事をしている人にあこがれます。将来的には「あの人は裁縫が得意らしいよ」と気軽に相談に来てもらえるような存在になりたいです。

 

洋服のことはいろいろな制度からこぼれ落ちていて、相談先すらないのですよね。日常生活用具給付等事業や介護保険制度にもないので、そうするとケアマネも相談に乗ることができません。服のことで困っている人はたくさんいるので、相談窓口を設けてそこでノウハウを蓄えるようなしくみがあったらいいと思います。縫える人たちが、そこで「こんなことがあったよ」とか「これなら簡単につくれるよ」といった情報交換をしてそれぞれが持ち帰り、また相談者と向き合うような、そんな人が中学校区に一人くらいいたらいいですね。縫えることが世の中の役に立つということを、多くの人に気づいてもらえたらいいと思います。

 

私も微力ながらデザインシートという書式をつくって、ウェブサイトで公開しています。服をつくれる方はそれを見てもっと良いものにしてもらいたいし、服に困っている方は「自分が言いたいのはこういうことなの」と伝えられる手段になったら良いと思っています。

 

障害があることや介護をしていることは、隠すことでも特別なことでもなく、誰にとってもいつかの自分なのだと思います。ご自身が得意なことはそれぞれあると思うので、今の生活を変えない範囲で、こういうことなら自分はできるよと動き始めると、世の中が変わるのではと思います。まずは自分にできることを、自分が出会った人のためにやっていきたいです。

取材先
名称
studio fuku 廣瀬和子さん
概要
studio fuku
https://www.studiofuku.jp/
タグ
関連特設ページ