あらまし
- 福祉現場へのデジタル機器·ICTツールの導入·活用が一層すすめられています。主に人材が不足する中で各分野での導入促進に向けた施策が打ち出されており、介護分野では2024年介護報酬改定で「生産性向上推進体制加算」も新設されました。福祉·介護のDX(デジタルトランスフォーメーション)化ともいわれ、職場環境の変容が求められています。デジタル機器·ICTツールを導入·活用する目的は、職員の働きやすい職場づくりを実現することで、結果的に利用者への質の高い支援を提供することにあると考えられます。より良い職場づくりに向けた取組みをすすめる2施設の現状をお伝えします。
障害者支援事業所「竹の塚あかしあの杜」の取組み
左から)竹の塚あかしあの杜 香取一平さん、青木恵子さん、
三瓶善衛さん、佐野あゆさん、白井嘉代さん
働きやすさ向上のため、機器を導入·活用
足立区内で多くの障害者支援事業所を運営する(社福)あいのわ福祉会の「竹の塚あかしあの杜」は、生活介護、短期入所のほか、法人内で唯一、施設入所支援事業を実施する多機能型事業所です。
法人全体で職員の働きやすさの向上につながる取組みを積極的に行っていますが、同施設では数年前より、特に入所部門の業務量増加が課題になっていました。施設長の三瓶善衛さんは「業務見直しを行ってきたものの、さらなる効率化には限界もありました。そこでデジタル機器・ICTツールの導入・活用を通じて、職員の負担軽減、働きやすさ向上と利用者支援の質の向上の両立をめざしました」と言います。2020年度に「業務スリム化委員会(現:業務見直し委員会)」を立ち上げ、事務・通所・入所・医務の各部門の職員約10名で検討を始めました。当初より、東京都の補助金活用を想定し、工程表を組んで準備をすすめました。
業務実態を丁寧に把握し、必要な機器を選定
委員会ではまず、職員アンケート等を通じ、支援員業務の見える化や課題把握を行いました。主任の青木恵子さんは「最大の課題は情報共有でした。建物の構造上、ちょっとした手助けを求める際も他の職員を見つけにくく、内線でのやり取りにも時間がかかりました。またナースコールが重なると待たせてしまう状況がありました」と言います。そこで、ナースコールを押す利用者に「いま行きますね」とまず伝え、安心感を与えられることを重視して、ナースコールと連動するインカムを選定しました。同時に、機器活用の前提となるWi-Fi環境の整備もすすめました。
インカムとともに、都の補助要件となる記録作成支援ソフトと見守り支援機器についてもデモを行い、機器同士の連携も大きなポイントとして選定をすすめ、2022·2023年度に都の補助金(「障害者支援施設等デジタル技術等活用支援事業」による)を活用し、機器導入を実現しました。業者との連絡調整や都への補助申請は事務部門が担いましたが、副主任事務員の佐野あゆさんは「初年度は補助決定から約2か月間で、Wi-Fi環境と3機器を導入しました。十分準備はしていても大変さはありました」と振り返ります。
使い勝手と手順書を見直し、さらに有効活用
記録作成支援ソフトの導入で、各自がスマホを持ち、随時、支援結果を記録できるようになりました。副主任支援員の香取一平さんは「食事·入浴·排泄等の支援のタイミングごとに、誰でも選択ボタンを押すだけで記録できるよう、業務に合わせてかなりカスタマイズしました」と言います。実績記録や連絡帳の他、請求システムにも連動しており、大幅な業務効率化が図られました。また、見守り支援機器については、体調を崩しやすい利用者にはバイタル測定タイプを、動きがある利用者には安全確保のためにセンサー等を順次導入しました。夜勤の負担軽減とともに、記録との連動で利用者の健康・安全管理を向上させています。
主任支援員でサービス管理責任者の白井嘉代さんは「手順書や研修を通じて職員に使用方法を徹底しました。導入後は機器の使い勝手を調整し、手順書を更新しつつ機能を使いこなすことに取り組んでいます」と言います。三瓶さんは一連の過程を振り返り「職員間や部門間の連携が強まり、施設としての組織力が上がりました。今後はさらに働きやすさの向上に努めつつ、障害分野の他施設にも取組みの成果を伝えていきたいです」と語ります。
特別養護老人ホーム「砧ホーム」の取組み
(社福)友愛十字会 法人本部事務局人材確保·育成推進室副室長・
介護生産性向上推進室室長/特別養護老人ホーム友愛荘 施設長 鈴木健太さん)
専門性の高い職場づくりにも活用
世田谷区にある特別養護老人ホーム「砧ホーム」((社福)友愛十字会)では、見守り支援機器や移乗支援機器、コミュニケーションロボット、介護リフト、記録作成支援ソフト、インカムなど、さまざまな機器を活用しています。きっかけは約10年前。区内で特養新設が相次ぎ、人材確保が困難になり、今後の働き手不足を実感したことです。砧ホームでも職員の退職が続き、残る職員が有休を取れない状況になるなど職場環境が悪化しました。そのため、専門性への意識の高い職員を採用・養成し、少数精鋭化する方針を立て、特に介護職の専門性の向上に取り組んできました。
前施設長で、看護師や針きゅうマッサージ師、福祉用具専門員等の資格を持つ鈴木健太さんは、専門知識を生かして施設全体のパフォーマンスを高めることを考える中で、国の方向性もふまえて「ノーリフティングケア(持ち上げない介護)」に取り組むことにしました。福祉用具や介護リフトの知識を職員に伝えてともに学び、2014年に初めて介護リフトを導入しました。「職員が共通の知識や技術を持つことで、積極的な導入につながりました」と振り返ります。
徹底的に介護職の目線で導入し、継続運用
以降、常に多くの機器のデモを行いながら、新たな機器の導入時には徹底的に介護職の目線で選定を行っています。目的のためシンプルに使いこなせて「必ず使う状況をつくれるか」が機器活用を定着させる一つのポイントです。「例えば、目の前の利用者をベッドに移乗したいという時、利用者を待たせて離れた場所にある移動式の介護リフトを取りに行くか、と考えます。ベッド固定式のリフトでは使用対象者は限定されても着実で継続的な利用が見込めます」。そうした視点で一部の利用者から使用を始め、慣れてくると、他の機器の利用にも積極的になります。「導入を決める経営層と使用する職員の目線が違うと、機器活用は難しくなります。発想から導入、使用、継続的運用へは何度も壁がありますが、『使わなくて良い理由を探す』ことにならないことが大切です」と言います。「医療従事者が医療機器を使うように、福祉用具を使いこなすのは福祉の従事者の専門性だと考えています」と鈴木さんは語ります。
利用者ファーストにつながる職員ファースト
砧ホームのこうした取組みの根底には、介護職中心の組織づくりをめざして掲げる「多職種協働原理」があります。専門職同士が互いに信頼し合う関係性を構築し、施設外への発信、視察の受入れなどにも積極的に取り組むことで、職場への帰属意識が高まり人材定着につながっています。鈴木さんは「機器は、あくまで職員の働きやすさ向上のために導入し、活用により生まれた時間は職員の教育、研修、有給休暇取得等に使います。職員が疲弊しては質の高いサービス提供につながらない。利用者ファーストにつながる職員ファーストです」と語ります。
砧ホームでは、厚生労働省の「介護サービス事業における生産性向上に資するガイドライン」を事業計画に取り入れ、3M(無理·むら·無駄)の徹底的な見直し、手順書の作成などもすすめています。こうした取組みが評価され「令和5年度介護職員の働きやすい職場環境づくり内閣総理大臣賞」を受賞しました。
鈴木さんは「自施設に限らず、有効な取組みを『横展開』したいと思います。業界内で人が回っても人材不足は解消しません。今後は、機器活用も含め、福祉業界が積極的に生産性向上に取り組み、他業界からの関心を高める必要があると考えています」と語ります。
夜間、ホーム内で全利用者の睡眠覚醒状態を映し出す大型モニター
http://www.ainowa.or.jp/facility-takenotsuka
砧ホーム
https://www.yuai.or.jp/facility/kinuta-home/