あらまし
- 2024年1月1日に「共生社会の実現を推進するための認知症基本法(以下、基本法)」が施行されました。
認知症の人が尊厳を保ち続け、希望をもって暮らすための基本理念のもと、国や地方公共団体の計画策定等の責務と基本的施策を明らかにするとともに、共生社会の実現を推進することがうたわれています。
今号では、認知症の本人や家族への支援施策がすすむ方向性をふまえ、長く支援活動を行う2つの団体に取材し、その実践とともに、今後の地域や社会への期待などをお聞きしました。
公益社団法人認知症の人と家族の会 東京都支部の取組み
公益社団法人認知症の人と家族の会 東京都支部
松下より子さん、大野教子さん、石黒秀喜さん
孤立しがちな介護家族がつながる活動の意義
「認知症の人と家族の会」の本部は、1980年1月に京都で設立されました。当時、認知症の方は「呆け老人」と呼ばれ、本人も介護する家族も、家の中に閉じこもり孤立していました。会の設立が報道等を通じて全国各地に広がる中、同年8月に東京都支部が設立されました。以来、「つどい」「会報」「電話相談」を活動の三本柱に、本人や家族の思いに寄り添った支援活動や、社会への発信を続けています。
東京都支部の活動は、介護経験のあるボランティアの「世話人」により運営されています。月1回開催する「つどい」には、家族介護者を中心に、男女問わず参加し、日頃の悩みなどを共有しています。「支部報」は年6回、勉強会やつどいの報告のほか、会員の声などを掲載し、発行しています。支部報が届くとつながりを感じる、という声が多く寄せられています。
「電話相談」は、全国に先駆けて1982年に東京都支部が始め、2022年までの40年間で33,161件が寄せられました。内容は、家族間のトラブルや介護離職等による経済的負担、将来への不安などで、地域での支援につながる前の最初の相談窓口となることが多くあります。副代表の松下より子さんは「傾聴して不安を受け止め、時には他の相談先につなげるなど、一歩前に踏み出すきっかけづくりをしています。地域包括支援センター(以下、包括)やケアマネジャー(以下、ケアマネ)等との関係に悩む相談もありますが、話す中で気づきを得て自ら前を向く方が多くいます」と語ります。
電話相談や学習会等の活動は、当初より記録され、分析の上で報告書として蓄積されています。認知症を取り巻く社会の変化が感じられる貴重な資料となっています。
本人の思いに心を寄せ、社会の「認知症観」を変えていく
東京都支部の代表、大野教子さんは、2000年の介護保険制度・成年後見制度の開始、2004年の「痴呆」から「認知症」への呼称変更と、翌年の啓発キャンペーン等の国の動きが、今日につながる社会の大きな変化のきっかけとなったと言います。また同じ頃、当事者が講演会等で語り始めたことの影響も大きかった、と話します。「私自身、会の世話人の活動をしながら嫁として義母の介護をする中で、当時は多くの家族介護者同様、『なぜ私が』という被害者意識を強く持っていました。初めて当事者の講演を聞き、『本人はこんな思いでいるんだ』と頭を殴られたような衝撃を受けました。本人の思いに心を寄せ、寄り添う大切さに思い至りました」と振り返ります。
(NPO)いきいき福祉ネットワークセンターの取組み
(NPO)いきいき福祉ネットワークセンター 駒井由起子さん
「制度の狭間」にある若年性認知症の方の通いの場づくり
NPO法人いきいき福祉ネットワークセンターは、2005年に設立され、目黒区で、高次脳機能障害と若年性認知症の方たちに通所事業等による支援や相談を行っています。
活動のきっかけは、代表の駒井由起子さんが施設で作業療法士として働きながら、若年性認知症の家族会活動に関わる中で、高次脳機能障害と若年性認知症の方の居場所づくりをはじめたことです。「身体は元気でも、家族以外の人との交流や外出の機会がない様子を見て、必要性を感じました」と振り返ります。
2006年には活動を発展させ、介護保険制度の通所事業を開始しました。「若年性認知症の方は介護保険サービスのデイサービスが利用できます。しかし高齢の利用者の中でうまく適応できない場合や、行動上のリスクが高く施設側に通所を断られる場合も多くあります。『制度の狭間』にいる彼らが安心して通える場が必要でした」と言います。区外の方の制度利用上の課題もあり、2か所あった事業所を現在は障害福祉サービス事業所「いきいきせかんど」に統合し、障害者総合支援法上の自立訓練(生活訓練)や就労継続支援B型等を提供しています。
「いきいきせかんど」で、若年性認知症の方は、主に趣味やスポーツ、行事や外出等を楽しむピアサポート活動、お菓子製造やボランティアでの清掃活動などに取り組んでいます。ここでの社会参加の活動は、本人と家族が病気を受け入れ、新たな人生を歩むためのステップとなっています。駒井さんは「高次脳機能障害の方は、訓練を通じて薄皮が剥けるように徐々に症状が改善します。一方、若年性認知症の方たちは徐々に症状がすすみ、数か月から数年でまとまった作業や通所自体が難しくなります。通う中で段階的に病気を受け入れ、地域のケアマネにつないで介護保険サービスの利用に移行していきます」と現状を語ります。
不安を解消し、地域の支援につながる中で前に踏み出す
2015年からは「東京都若年性認知症総合支援センター」を都から受託し、専任のコーディネーターが主に23区内を対象に、相談支援や啓発・研修等を実施しています。本人・家族からの相談の大半は、生活に関するものです。「早期に診断を受け、相談や支援にたどりつく方が以前より多くなりました。仕事を辞めると収入が絶たれるという現実的な不安が大きいからです」と、駒井さんは言います。「相談では経済的な支援制度があることを伝え、状況を整理し一緒に手続きをすすめます。その過程で徐々に混乱や不安が収まり、病気になったことを受け止め、少しずつ前向きに、次の生活に踏み出していきます」と言います。
駒井さんは「地域での支援の充実が重要」と語ります。ケアマネや包括、障害の相談支援事業所など、関わる人や機関が増えることが、安心につながるからです。一方で、一人のケアマネが出会う若年性認知症の事例が少なく、支援経験が地域に蓄積されにくいこと、制度の枠組みに状況が合わず使いづらいことは課題です。最近は一人暮らしの本人からの財産処分に関わる相談なども増えており、行政も含めた地域での支援体制の充実が必要だと感じています。
また、「当事者が自ら発信する機会も多くなり、相談でも『自分にできることをやりたい』という声を聴くことが増えました。社会の受け止め方は明らかに変化していると感じます」と言います。基本法の施行を受けて「法では、若年性認知症の方へは『就労支援』が想定されています。しかし本人たちは職場だけでなく、地域で生活していきます。就労の継続が難しくなっても、若い彼らが何か地域の役に立つような役割を担えるといいと思います。そのためにも本人が地域との接点を早く持てるよう、医療と福祉的な相談の連携を早めていくことが必要だと考えています」と今後を語ります。
注 東京都若年性認知症総合支援センター
多摩地区には「東京都多摩若年性認知症総合支援センター」が設置されている(別法人が受託)
https://www.alzheimer.or.jp/?page_id=375
(NPO)いきいき福祉ネットワークセンター
https://www.ikiikifukushi.jp/