(社福)足立区社会福祉協議会・NPO法人音まち計画、石神井いとなみの起点プロジェクト
領域を超えて、多様な人が取り組む地域づくり
掲載日:2025年10月8日
2025年10月号 NOW

あらまし

  • 予測が難しく、激しく変化する現代社会。
    人口が減少する中、既存の取組みやつながりだけでは対応できない課題が増えています。
    そうした中で生まれている多様な主体による共創。都内の2つの取組みから、その意義や可能性を考えていきます。

 

■福祉とアートで取り組む、地域共生社会づくり
(社福)足立区社会福祉協議会・NPO法人音まち計画

超高齢化社会が深化し「望まない孤独」や「社会的孤立」が生まれる中、アートが人や社会にもたらす力が注目され、ケアの領域においてもアートと連携した取組みが近年広がりをみせています。足立区でも、2022年度から(社福)足立区社会福祉協議会(以下、足立社協)とNPO法人音まち計画が芸術と福祉の連携(芸福連携)に向けた取組みを始動。アートを接点に新たな人と人の「縁」を生み出すことをめざしてきた音まち計画と足立社協が連携に至った背景には、双方が抱いていた「福祉」/「アート」の外側にある可能性への期待があります。


地域包括支援センターで、多世代交流の機会創出等を通じて高齢者の介護予防や社会参加支援に取り組んできた足立社協の堀崇樹さん。取り組む中で従来の福祉の枠組みではない多様な主体との連携の必要性や、文化・芸術活動によって拓かれる福祉の新たな可能性を感じていたといいます。音まち計画のディレクター吉田武司さんも福祉領域への広がりを模索しており、それぞれの思いが交わるかたちで、2023年度の芸福連携プロジェクト「うめだアートリンク」の実施へつながっていきました。

 

福祉とアートが歩み寄る先に生まれる可能性

住民主体を意識して、地域住民や関係者から成る「絆のあんしん連絡会」での協議をふまえながらすすめられた「うめだアートリンク」。“文化・芸術活動を通じた介護予防のきっかけづくり”を掲げ、居場所づくりに取り組む団体やアート関係者、福祉施設等、多様な関係者の参加・協力のもとにプログラムが実施されました。地域住民の自主的な活動を支援するものから、社協が主催するものまで計7本。その一つである「アートで多世代交流」は東京藝術大学との共催で、介護予防教室という枠組みの中でアートを通じた地域共生社会づくりを意識した企画。3回にわたる教室は各回異なるアーティストがファシリテートを行い、ダンスやパフォーマンスといったアートが介在することで、日常では交わりにくい子どもや障害者、高齢者などが同じ時間や場を共有することにつながりました。高齢者の社会参加を入り口にしつつ、アートで拓く地域共生社会づくりへの可能性を見出した取組みでもありました。こうした取組みにおいて、そこに居合わせた誰もが安心感を持てる場づくりが大切だと振り返る音まち計画の吉田さん。実際に高齢者が通い慣れた場で企画が実施されたり、参加者の様子や雰囲気から企画が変容していったりと、一人ひとりを大切にしながらプログラムがかたちになっていきました。全プログラムを通して延べ523人が参加、187人のスタッフ・出演者が関わり、終了後も継続的な取組みが生まれています。

NPO法人LAND FESの松岡大氏による「アートで多世代交流」の一コマ。(撮影 石原 朋香)

芸福連携で取り組む地域共生社会づくり

その後も地域からの芸福連携に向けた取組みの相談に応じたり、公開講座や情報交換会なども開いて関係づくりをしたりと、芸福連携の取組みを広げるアプローチを続けてきた足立社協と音まち計画。2025年度からは「芸福連携の実践基盤構築に向けたアートプロジェクト」と題し、「芸福あだち(*1)」とともに、これまでの取組みを続けながら地域共生社会の実現に向けて検討をすすめています。芸福あだちには多様な背景や領域からメンバーが参加していて、プロジェクトに関わる中で生まれる多様な他者との出会いや、アートを切り口にお互いの考えや取組みを共有する時間がそれぞれにとって学びや気づきにつながる大切な場になっているといいます。


同じ地域で活動する二者の思いが交差し、動き出した芸福連携の取組みですが、月日を重ねるごとに関わる人やつながりの幅が広がり、寄せられる期待も大きくなっています。そうした中で吉田さんは、「アートも福祉も、自分たちの枠を広げようとする柔軟性が大切なように思います。関わる人のそれぞれの意識が少しずつ変わっていくような働きかけをしていきたい」と話します。発起人である堀さんは、「地域の中で福祉とアートが同じ目線で取り組んでいける、そんなしくみづくりをすすめていけたら」と展望を明かします。どちらも正解がなく、その人らしさを大切にする福祉とアート。その両者が交わることで拓かれる、地域共生社会づくりの可能性をこれからも探し続けます。


(*1)福祉施設や地域団体、学識経験者やメディア等、芸福連携の取組みに関わり、共感した関係者の有志で2025年に発足したグループ。


■多様な主体と描く、誰もがあたりまえのいとなみを続けられる社会
石神井いとなみの起点プロジェクト

練馬区石神井に「地域生活支援拠点」を整備することをきっかけに、2022年に生まれた「石神井いとなみの起点プロジェクト」。拠点の設置主体である(社福)東京都手をつなぐ育成会(以下、育成会)をはじめ、デザイン会社、建築・設計会社、学識経験者等、多様な領域からメンバーが参画しています。地域生活支援拠点とは、障害のある人が慣れ親しんだ地域で安心して暮らし続けていけるように地域全体で支えるサービス提供体制をいい、育成会として馴染みの深い地域で拠点を考えた際、異なる専門性や視点を持つ人と取り組む必要性を感じたといいます。


プロジェクトリーダーである育成会の仁田坂和夫さんは「地域生活支援拠点は5つの機能を担い、それをやっていくだけでも大変なんですけど、それだけでは『本当の拠点』になるには何か足りないと感じました。多様な人が関わることで、私たちだけでは経験できなかった新たな発想やつながりといった“化学反応”が生まれるのではという想いでした」と振り返ります。こうした言葉の背景には重度障害のある人の住まいの場が都内では見つかりにくく遠方だと家族がすぐに会えない現状や、障害のある人と地域とがつながることが難しいという当事者の声があります。2026年春完成の新たな拠点が「本当の拠点」になることをめざし、プロジェクトが立ち上がりました。

 

福祉の枠を超えて、多様な人とつながっていく

まち歩きから始めたプロジェクトも3年が経ち、「誰もがあたりまえのいとなみを続けていく地域づくりの起点」をビジョンに拠点の準備をすすめながら、地域の多様な人との接続に向けて取り組んできました。近隣の中学・高等学校の探求学習への参画だったり、学生向けに実施した「こまった課?(*2)」の体験だったり。プロジェクトをともに動かしていくからこそ、それぞれの視点や専門性が交わり、新たな発想やつながりが生まれてきた一方で、当初は難しさもあったといいます。プロジェクトの担当者である育成会の福田隆志さんは「はじめの頃、他領域の方々は『障害者』や『強度行動障害』に対してイメージが沸きづらかったと思います。それが今では『強度行動障害のユニットだからレイアウトはこうしたほうがいいんじゃないか』といった、設計士さんが建築にプラスして福祉の視点から必要な対応を一緒になって考えてくれるようになったのは大きな変化で、大変嬉しい」と話します。仁田坂さんは、「デザイン会社でも学校の先生でも、手法や取組みが異なるだけで、社会に対する思いはそう変わりません。同じような社会を描いている福祉じゃない人と出会っていきたい」と続けます。

(*2)育成会とデザイン会社のコラボで生まれた、楽しみながら障害を知ることをめざしたカードゲーム。「知らないから怖い」という実体験をベースに生まれたもの。

 

「こまった課?」を体験する子どもたち。カードを通じて、

目に見えない障害についてみんなで考えてみる。

 

誰もが慣れ親しんだ地域で暮らすことが「あたりまえに」

拠点となる建物が完成した後も、多様な人が行き交い、共創できるプラットフォームとしてプロジェクトは継続。変化し続ける社会の中で新たな可能性やつながりが生まれ、他の事業所や地域に広がっていくことを意図しています。福田さんはこの間を振り返り、「緩やかでもつながり続ける、発信を続ける、そうした小さな継続の先に可能性があると実感しています。始まったばかりですが、生まれたつながりを大切にしていきたい」と話します。立ち上げから関わる仁田坂さんは、「30年以上障害福祉で働いてきて、やっぱり障害のある人が地域で楽しく生きていってほしいと思っているんですよね。これまでもお祭りをやってみるとか、入所施設が閉鎖的になってしまう状況を何とか壊そうと取り組んできましたが、重い障害の人が地域から離れてしまう現実が東京は特にあって止められない部分もあります。それでも多様な人と楽しみながら、障害のある人も地域でこんなに楽しいことを一緒にできるよって。その関わりしろをつくっていきたいです」と取組みへの思いを明かします。拠点のオープンまであと半年。領域や地域を超えて同じ想いをもった人が共創し、障害のある人もない人も、誰もが暮らしやすい地域づくりを石神井からめざしていきます。

 

拠点のイメージ


2つの取組みからみえてきた、既存の枠を超えて多様な主体と取り組むことで生まれる新たな可能性やつながり。自分とは一見無関係に思えることも、見方や考えを少し変えることで関わりしろがみえてくるかもしれません。予測できない現代だからこそ、一人ひとりが自分の枠をちょっとでも広げてみる。そうした意識の変化が、誰もが自分らしく生きていける社会への大きな一歩ではないでしょうか。

 

取材先
名称
(社福)足立区社会福祉協議会・NPO法人音まち計画、石神井いとなみの起点プロジェクト
概要
(社福)足立区社会福祉協議会
https://adachisyakyo.jp/

石神井いとなみの起点プロジェクト
https://pj-shakujii-kiten.ikuseikai-tky.or.jp/
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