あらまし
- 5月号から計5回にわたり、さまざまな立場から「身寄り問題」を考えてきました。取材を通して見えてきたのは、「身寄りがある/ない」だけでは捉えきれない孤立や、他者を頼ることの難しさでした。最終回では、これまでを振り返りながら、「身寄り」の有無にかかわらず誰もが安心して暮らせる社会について考えます。
5回の連載を振り返って
まずは、これまでの連載の内容を振り返ります。
5月号では、「身寄り問題」は高齢期に限らず、さまざまな年齢層、場面で起こり得る問題として捉え、地域の多様な主体が協働する必要性を考えました。6月号では、知的障害のある方の親なき後、本人の体調管理など、日常生活を支える役割を誰が担うのかを考えました。7月号では、予期せぬ妊娠に悩み、誰にも頼れず孤立してしまう人に向けた内密出産等の取組みに触れました。8月号では、里親家庭で育った若者が「信頼できる大人=地域の応援団」を増やしていくことの大切さを取り上げました。9月号では、ひきこもりの人にとって、「この人なら頼っていいかもしれない」と思える関係を築くことについて考えました。
「身寄り」という言葉から考えられること
「身寄りのない人」と聞くと、家族や親族がおらず、そうした人を頼ることができない人を思い浮かべるかもしれません。しかし、取材を重ねる中では、「身寄り」という言葉そのものに違和感があるという声も聞かれました。
家族や親族がいて、一見頼れる先があるように見えても、さまざまな事情から頼ることができない人がいます。その一方、血縁関係がなくても、困ったときに気に掛けてくれる人や、安心して戻れる場所、相談できる関係を持っている人もいます。いくつかの取材先では、そうした関係もその人にとって一つの「身寄り」になり得るという話がありました。こうした考え方は、国の「地域共生社会の在り方検討会議」の議論とも重なります。中間とりまとめでは、地縁・血縁・社縁といった従来のつながりが弱まる中で、新たな人と人とのつながりを地域で生み出していくことの重要性が示されています。
つまり、「身寄りがある/ない」と単純に分けるだけでは、その人が実際にどのような頼る先や関係を持っているのか、どの程度孤立しているのかを十分に表すことはできないということです。
また、「身寄り問題」を考える上では、大きく二つの側面の課題があるのではないでしょうか。一つは、入院や住まい、契約など、社会や制度のさまざまな場面が「血縁を基本とした身寄りがあること」を前提に成り立っているという、社会のしくみの側面です。もう一つは、本人が「自分には頼れる人がいない」「誰にも頼れない」と感じ、困りごとを抱えていても助けを求めること自体が難しくなっているという関係性の問題です。
これまでの取材でも、支援制度や相談先等があっても、そこにつながること自体が難しい人がいることが分かりました。7月号では、誰にも相談できず「社会のセーフティネットから抜け落ちている」状態にある人がいることが語られ、9月号では「つながっていることとSOSを出せることは違う」という言葉もありました。
こうして考えると、二つの課題は別々に存在しているわけではありません。制度や社会の側にある「身寄りがあること」を前提としたしくみや、支援につながりにくい環境が、「誰にも頼れない」という本人の孤立感や孤独感を強めていることとも考えられます。
身寄りのあることを前提としない社会づくりに向けて
東社協総合企画委員会からの提言では、共有したい視点、めざす方向性として「誰もが直面しうる、領域を超えた共通課題として位置づける」ことを示しています。この提言にもあるように、まずは「身寄りのあることを前提としない」という考え方を、福祉関係者だけでなく地域全体に理解を広げていくことが必要ではないでしょうか。家族関係や暮らしの変化によって、誰もが頼れる人を持ちにくくなったり、頼ることそのものが難しくなったりする場合があります。それを前提としたうえで、支援のあり方についても、身寄りの有無や本人の他者を頼る力によって利用しやすさ、アクセスのしやすさに差が生じない形へ見直していくことが必要です。あわせて、本人を中心に意思決定や意思表明ができるよう、家族だけに依らず、地域や支援者との関係づくりを支えていく視点も重要ではないでしょうか。
総合企画委員会からの“協働”による取組みの提案“身寄り”問題への取組みはこちら








