あらまし
- 自分らしさってなんだろう。障害ってなんだろう。福祉ってなんだろう……。
2025年1月、福祉施設への“滞在”を通じて、高校生5人が自分自身や福祉について考えを巡らせる時間を過ごしました。
今号では、今回の企画が生まれた背景や当日の様子についてお伝えします。
2025年1月6日~7日の2日間にわたり、東京都社会福祉協議会(以下、 東社協)が(社福)愛成会の協力の下に実施した「“滞在”から、わたしと福祉を考える〜BeingThinkingTour2025」。都内の高校1・2年生が対象となる福祉施設を舞台としたツアーは2024年度から始動しました。
取組みの出発点は、中高生世代に福祉を身近に感じてもらい、自分事として捉えてもらうような接点となる機会を 東社協として生み出せないかとの考え。膨大な情報に触れることができるようになった現代は、地域のつながりが希薄化し、自分のコミュニティを超えて多様な考えや価値観に触れることが難しくなっています。とりわけ家と学校が中心の学生時代はその傾向が顕著であり、今後の進路選択に向けていろいろなことを考える時期にある高校生に、自分の生き方や社会との関わりを福祉施設で過ごす時間を通して、考えてもらう取組みを新たにすすめていくことが決まりました。
参加者が主体となり、福祉を感じ、考えてもらう企画へ
企画にはヘキレキ舎の小松理虔(りけん)さん(※1)にアドバイザーとして参画いただき、小松さんの経験に基づく助言から、高校生が福祉施設へ“滞在”する取組みを行うことになりました。施設で職場体験するのでもなく、見学するのでもなく、“ただ、そこにいる”という“滞在”。その人らしくいられることを大切にする福祉施設には社会や人生における気づきや学びが多く存在しています。大人が用意したプログラムを体験するのではなく、参加者自らが主体となってそこに流れる時間や空気を感じたり、思いをめぐらせたり、時には行動してみたり。そうした自分発信の体験から、福祉を内在化してもらうような機会をめざして、準備をすすめていきました。
冬休み期間の2日間にわたる滞在ツアーの行き先は(社福)愛成会が運営する「メイプルガーデン」に。中野ブロードウェイ近くの住宅街にある障害者支援施設で、地域との関係性や今後の接点を考えて、対象は中野区周辺エリア在住・在学の高校1・2年生に限定し、参加者一人ひとりと向き合い、思いや考えを深堀りできるように定員は8名に設定しました。準備段階には、滞在の受入れ経験がある(社福)武蔵野会やそのプログラムを担う(一社)ぼくみんの佐藤由(より)さんにも協力をいただき、施設側としての姿勢やあり方を共有いただきました。学生と接点のある関係機関に周知を依頼し、募集開始から1週間で定員を超える申込みがあり、事前オリエンテーションやチャットツールを用いて、参加者の不安軽減や関係性づくりを図っていきました。
(※1)福島でオルタナティブスペースUDOK.を運営しながら、食や観光、福島、文化芸術など幅広い分野で地域活動を行われている。近年は、福祉施設へ滞在した内容を書籍や記事を通して発信するなど、福祉に対して取り組まれている。
わたしと福祉を考える旅
2日間の滞在ツアーは、9時30分~16時で実施。感染症等により当日の参加は5名となりましたが、福祉との距離や動機はそれぞれです。ツアーコンダクターとして小松さん、参加者に近い存在としてサポーター役で佐藤さんが引率し、メイプルガーデンでの滞在を軸としつつ、2日目には同法人運営の通所事業所「ふらっとなかの(就労継続支援B型事業所・生活介護事業)」にも足を運ぶなど、障害のある方が働く姿や入所施設との違いなども感じてもらいました。施設に到着して簡単な案内を受けたら、そこから“滞在”がスタート。やることや求められることが明確にない中、最初は戸惑いもみられましたが、次第に参加者それぞれのあり方で施設に溶け込んでいきました。メイプルガーデンの職員の皆さんには「いつもどおりで参加者のことは気にせず、何か聞かれたら対応いただければ」とお願いしてあり、利用者さんの隣に座って話してみたり、少し離れてその場の様子を伺ってみたり、流れに身をまかせてカラオケで歌うことになったりする人も。そうした、参加者自身が自分の視点や思いのままにその場を過ごしていきました。
レンズを通して、中野のまちを切り取ったり。
また、両日とも対話の時間を2時間設け、参加者は自分の“滞在”を通した発見やゆらぎなどを、同世代やツアー関係者との間で言語化し共有する作業を重ねていきました。1日目の振り返りでは、参加者から「障害は個性なのか?」、「対等な関わりって?」、「当たり前や正解とは?」などのそれぞれの問いが生まれ、自分の問いを携えて2日目の滞在に臨んでもらっています。問いに対してどんな結論に至ったのか、答えはでなかったのか、自分の中で巡った思いをそのままツアーの最後に共有してもらいました。職員の方も対話に参加し、施設や職員のあり方、姿勢など、自分たちが日ごろ大切にしながらも、当たり前になっていて意識していないところを高校生が気づき、そのストレートな感想から、改めて自分たちを知る良い機会になったとの声が聞かれました。限られた時間の中、同世代と一緒に福祉施設に“滞在”し、言葉を交わす経験は、アンケートの回答からも、参加者それぞれにとって大切な時間になったようです。
福祉施設を起点とした、学び合える地域をめざして
今回の取組みは、高校生に自分自身と重ねて、福祉や地域について考えてもらうことが目的であるとともに、その様子を福祉関係者や教育関係者へ伝え、取組みが広がることも意図しています。2日間のツアーの様子は写真や映像でさまざまなプロジェクトを記録するアーティストの冨田了平さんに映像制作を依頼し、また、対話の時間のグラフィックレコーディングを民生児童委員でもある齋藤みささんにお願いしました。今後、映像(※2)や冊子等のアウトプットを介して、福祉施設での“滞在”が参加者や施設にもたらす作用や、参加者・関係者の声を共有していきながら、より多くの施設や地域で取り組んでいくことができるようなアプローチを次年度以降すすめていきたいと考えています。
次世代に向けた新たな取組みとして動き出した「“滞在”から、わたしと福祉を考える旅」。(社福)愛成会の職員や利用者の皆さんをはじめ、多くの関係者の協力により実現に至りました。進路や人生を考え始める、多感な時期にある参加者にとって、福祉や地域との接点が生まれたことに加え、多様な考えや価値観、立場の人に出会えたことは、自分の選択肢や可能性が広がる機会にもつながったと考えています。同時に勇気をもって参加してくれた高校生から、新たな気づきや視点、そして問いを大人たちがもらう機会にもなりました。今後も、生まれたつながりを大切にしながら、取組みを広げていくことを想定しています。福祉施設をきっかけに、多様な他者の価値観や考えに触れ、学び合える地域社会をめざして―。
(※2)当日の様子は 東社協ホームページで公開予定です。
ツアーに参加した高校生から寄せられた声をちょっとシェア!
- ●この2日間は私の価値観やもともと持っていた考え方を大きく揺さぶられるような、本当に貴重な時間だったなと感じます。
●自分の中での障がい者のイメージが変わったというよりは、自分の中での想像の幅が広がったという感じがします。
●生活を送っていく中で、生まれた疑問をここまで深堀りすることもないし、同世代との意見交換をする機会もないので、楽しい時間を過ごすことができた。
●1日目の終わりにメンバーと話すという機会をいただくこともできて、自分にはない視点で物事をみるきっかけに。他者の言葉を介して過ごすことで、視点の移り変わりを感じられて、同世代と同じ立場で多角的に物事を捉える楽しさや難しさを学んだ。
●「障害は個性だ」という考え方は、健常者が自分は障がい者に対して偏見を持っていないと思い込むためのきれいごとなのではと思いました。障害を自分から遠ざける、個人の問題と思いこむというような考えを導くきっかけになってしまうのではないかと感じました。
https://www.aisei.or.jp/maple-garden
(社福)武蔵野会
https://musashinokai.jp/
(一社)ぼくみん
https://bokumin.stores.jp/