2025年度は、厚生労働省の社会保障審議会福祉部会において約7年ぶりに福祉人材確保専門委員会が動き出すなど、少子化による生産年齢人口の減少を背景に、持続可能な福祉社会の実現に向けた人材確保等の議論は活発な様相を見せています。東京都社会福祉協議会に設置されている社会福祉法人経営者協議会(※)の調査研究委員会でも、そのような背景のもと、2023年および2024年度に人材確保・育成・定着等に関する調査を実施しました。
(※)社会福祉法人が公共的な精神のもとに質の高い福祉サービスの拡充と地域福祉の推進を図ることおよび自らの経営基盤の確立を図ることを目的とした、高齢分野、障害分野、子ども分野など種別を越えた横断的な協議体
福祉人材の確保・育成・定着に関するインタビュー調査に至るまで
調査研究委員会では、2023年度に福祉人材の確保・育成・定着に関する量的調査を実施しました。前回の調査対象期間が2018年度であり、実に5年ぶりの調査でした。背景には、物価高騰に対応した2023年春闘による全産業平均賃金との格差拡大および人材確保・定着への懸念等の経営課題がありました。調査では、人員配置基準に対して職員が足りていないと感じる法人が7割にのぼること、有料職業紹介事業者に対する紹介料支払いの平均値が高齢者事業経営法人で約480万円、複数事業経営法人で約700万円など高額であること等が統計的に明らかになりました。
2024年度の調査では、離職率の低い法人や職員採用数の多い法人、DX推進に積極的な法人など、10を超える法人を取り上げてインタビュー調査を行い、その取組みからヒントを得ることをめざしました。その中から人材の定着に向けた2法人の取組みをお伝えします。
■職員満足度調査に定量的分析を (社福)風の森の取組みから
(社福)風の森はルーツである久我山幼稚園での保育・教育のノウハウを活かした地域の子育て支援への貢献をめざし、杉並区内で6か所の保育所を運営しています。

運営施設の一つ「ピコナーサリー久我山」
特徴的な取組みとして、職員満足度調査の定量的分析があります。実施の背景には法人設立初年度に発生した職員の離職。職員の満足度に着目した取組みは多くの法人で実施されていますが、風の森では、調査結果を定量的に分析して満足度向上に強い相関がある項目の抽出まで行い、優先順位をつけた取組みを可能としています。調査を始めた当初は満足度向上と強い相関のある項目が「休暇の取りやすさ」などの待遇面でしたが、待遇面が充足されてくると「意見を言える雰囲気」や「同僚の協力・安心感」等の人間関係へとシフトする様子も伺えます。こうしたデータを職員向けの説明で効果的に用いることで、法人の方向性に対する職員の納得感が生まれ、離職低下につながっています。また、児童発達支援や一時預かり保育事業など、事業とともに勤務形態を多様化することで早番や遅番といったシフトのない勤務環境を整備し、子育て時期にも続けられる職場づくりへ積極的に取り組み、職員の働きやすさに寄与することをめざしています。
■“横のつながり”が働きやすさややりがいに (社福)調布市社会福祉事業団の取組みから
障害分野の入所施設および通所施設のほか、子ども家庭支援センターや学童クラブ、児童館などを運営する(社福)調布市社会福祉事業団では、主任級以上の職員を対象に、法人内で年代別の定例会を開催しています。福祉サービス第三者評価等で人材育成方針の強化が課題として指摘されたことや、同年代の横のつながり強化をめざしたことが取組みのきっかけです。同年代特有の課題や問題意識を共有することで、「実践発表交流会」等の取組みが生まれました。
「ちょーじープラス」も定例会でのユニークな取組みの一つ。「事業団は大きなチーム!施設を超えた活動を“あたりまえ”にしたい」というメッセージを掲げ、「利用者や市民の日常を豊かにします」「職員の経験を増やします」「施設の支援の質を上げます」の3つのプラスをめざし、複数種別を運営している法人の強みを生かして、勤務の隙間時間で他施設をお手伝いする制度です。職員にとっては、「ちょっと気になっていたあの施設を体験できる」「以前働いていた施設の利用者にまた会える」という良さがあり、法人全体への意識の高まりにもつながっています。

両立支援プロジェクトの資料
また、仕事と家庭の両立に悩む職員の声から生まれた「両立支援プロジェクト」では、育児・介護等のプライベートと仕事との両立に関連して、積立保存休暇制度(※)の要件緩和やジョブリターン制度の制定、介護ハンドブックの作成、「小1の壁」座談会、育児懇談会などの取組みがひろがり、職員同士の「お互いさま感」も生まれています。女性の管理職6割以上や1桁台の離職率はこれらの取組みが実を結んだものといえます。
(※)時効により2年間で消滅する有給休暇を年に5日間、最大40日まで積み立てることができる制度。現在は積み立てた有給休暇を時間単位で取得できるように要件緩和されている。
(写真 両立支援プロジェクトの資料)
職員が安心して働ける職場づくりをめざして
インタビュー調査を通じて、離職率が低い法人や職員採用がうまくいっている法人の共通点として、次のようなキーワードがみえてきました。
| 安心して働ける職場づくり | 1年目職員への勤務面での配慮、OJT、カウンセリング型1on1、個別ミーティングの実施など |
| 職員が働きやすい勤務環境 | 十分な休日が取れる職員体制、介護や育児に対応した制度、週休3日制の導入など |
| 多様な職員のインクルージョン | LGBTQをオープンにできる風土、外国籍人材への対応など |
| 職員のやりがいや主体性を育む職場づくり | 職員への権限委譲を前提とした委員会制度、職員参加によるDX推進の検討や人事考課制度の改善など |
| 採用面での大学との連携強化 | 1年目職員による母校訪問、大学教員からの学生のニーズ把握、大学を会場とした取組みなど |
| ICT機器等の導入 | ベッドセンサーやコミュニケーションロボット、電子記録ソフト、誤薬防止機器など |
これらの意識や取組みが働きやすさや法人職員としての誇りを創出し、職員の定着率の高さや職員採用数の多さなどにつながっていると考えられます。
さらに現状を把握した上でより良い組織づくりをめざす経営者の意識も共通する傾向でした。職員を「人財」として大切にする法人は、職員が互いを大切にする風土を醸成し、サービス利用者を含めた「人」を大事にする法人文化につながっていきます。
社会福祉法人経営者協議会の調査研究委員会では、人材確保が厳しくなる状況の中でも、やりがいをもって働き続けられる職場づくりをめざし、法人を今より更に良くしようとする経営者や法人の取組み事例を今後も届けていきます。
※インタビュー調査で把握した他法人の取組み事例は、近日、東社協ホームページで公開予定です。
https://www.kazenomori.or.jp/
(社福)調布市社会福祉事業団
https://jigyodan-chofu.com/











