
宮里 耕太さん
品川区八潮生まれ八潮育ち、今も八潮で子育て中。
幼稚園勤務の経験や自身の得意を生かしながら
八潮の可能性を信じ、まちづくりに奔走している。
日本ダンゴムシ協会会長の父親のもとで育つ。
あらまし
- 八潮という地域を愛し、面白がりながら魅力あるまちをめざし静かに熱く活動を展開する宮里耕太さん。その話からは自分も何かできるかもしれない、そう思えるヒントが散りばめられています。
関心の原点は
品川区の八潮は都会だけど都会らしくない、自然豊かなまちです。子どもの頃はそんな環境のなかで秘密基地をつくったり木登りをしたり、よく外で遊んでいました。児童館の児童厚生員だった父と幼児教育に携わっていた母の影響を強く受けたのか、自然と“子ども”とか“あそび”が自分の軸になっていったのかなと思います。大学では幼児教育や子どもの育ちについて学び、教員免許を取得し、卒業後は幼稚園教諭として働き始めました。
自分にとって大きな転換点となったのが2011年の東日本大震災。ボランティアをするのも大事だけど、自分の足元は誰が支えるのか、と思いました。そこから自治会活動に参加するようになり、先輩方と一緒に地域の祭りで焼き鳥を焼いたりしましたね。当時24歳くらい、楽しかったですよ。コミュニティをつくってきた人たちの存在が非常時には心強いんだろうな、と思いましたね。
八潮団地の変化を住民として感じて
八潮団地ができて40年くらいです。その当時移り住んできたファミリー層は「みんなでこんなまちにしよう」という思いで運動会や清掃活動など精力的に活動していました。そこから月日が経ち、いろんな考えを持つようになった住民のあいだで“ねじれ”が生じてきたというか。高齢化になって活動を辞める人もいたり、上の世代と若い子育て世代がうまく交われなくなったりして、まちとしての力が弱くなってきたんだろうなと感じていました。そんな状況を経て何かできないかなと思い、別のイベントで知り合った同じ八潮に住む町田崇洋さんと2021年に任意団体「やしおぼーず」を立ち上げました。といってもどちらかというと裏方でいたい2人ですので(笑)、「このまちを変えてやるぞ!」というより、「とりあえずできることからやってみよう」ということで、僕はものづくり、町田さんは料理と、それぞれが得意なことを八潮で暮らす人たちと一緒にやっていくという団体です。そこから仲間集めをしながら、少しずつ活動を展開しています。
仕事もまちづくりもシームレスに
“淡く、濃く”を大切にするやしおぼーず。人それぞれ関わり方には濃淡があっていいし、活動に参加できなくても自分の居場所があると感じてもらえたら、と思います。活動には僕たちと同じ子育て世代の参加が多いですが、年齢を限定した活動にはしたくないですね。縁側のようにふらっと立ち寄れて、いろんな人が混ざり合うような場にしたいです。上の世代の方々は子どもたちと触れ合って元気になるし、子どもたちは上の世代から学ぶことが多々あります。例えば八潮周辺の森を散策する「やしお森っこ」は未就園児親子が対象ですが、ボランティアで上の世代に関わってもらうなど、どう混ざり合うか工夫しています。
幼稚園勤務の経験ややしおぼーずの取組みも生かして昨年(株)えんのしたを設立。品川区と連携して「こども素材センター」をオープンしました。まちづくりは、仕事や家庭に比べると、どうしても優先順位が下がりがちです。けれど、「そもそも自分は何のためにまちづくりをしているんだろう」と、ずっと問い続けてきました。家庭と仕事、そしてまちづくりが分断されていることこそが課題なのではないか。そう考え、本気でまちづくりに向き合うために、生業として成り立つ形をつくろうと決めました。埋め立て地の八潮には、いろいろなところから移り住んできた人がいます。いろんな“素材”が集まってできた八潮で取り組むことは、きっと意義があるだろうなと思っています。
https://yashiobozu123.wixsite.com/yashiobozu
(株)えんのした
https://www.ennoshita.net/








