藤島 岳彦さん
認知症のことをもっと知ってほしい
NEW 掲載日:2026年7月10日
2026年7月号 くらし今ひと

藤島 岳彦さん
57歳の時に若年性アルツハイマー型認知症の診断を受け、

以後、仕事をしながら各種講演やイベントなどに登壇し、

若年性認知症に関する啓発活動を行っている。趣味はマラソン。

 

あらまし

  • 働き盛りの50代で認知症の診断を受けた藤島岳彦さん。自身の体験を話すことで、認知症の早期発見につながってほしいという想いから講演活動や啓発活動を行っています。認知症の診断を受ける前と後の生活の変化や、当事者として今思うことを取材しました。

 

きっかけは小さな違和感から

東京で生まれ育ち、営業一筋で海外赴任を経験するなど、充実した社会人生活を送っていました。そんな生活が変わりだしたのが2022年。57歳の時です。そのころ新潟に赴任し仕事をしていたのですが、朝、家を出るときに鍵を閉めたかどうかが分からなくなって行ったり来たりを繰り返したり、自分の車を駐車場のどこに止めたか分からなくなったり。当時は住み慣れた東京を離れたばかりで「慣れない環境で疲れているのかな」と思っていましたが、自分が自分でないような、小さな違和感がずっとぬぐい切れませんでした。次第にネクタイの結び方を忘れたり、職場でもお客様の顔が判別できなかったりするなど顕著になっていき、とうとう会社の上司から退職と受診を勧められました。まさか自分が病気だなんて思っていませんでしたから、受診を勧められた時は悔しかったですね。病気ではないことを証明したいと思い、東京の病院で精密検査を受けたところ、若年性アルツハイマー型認知症と診断されました。

 

診断を受けて、不思議と落ち込むことはなく、むしろ違和感の原因が認知症だったんだと腹落ちして、正直「良かった」と思いました。もともと前向きな性格でもあったので「なってしまったものはしょうがない」と、そんな心境でした。

 

自分の経験を語ることで早期発見につなげてほしい

働くことをあきらめたくなかったので、若年性認知症総合支援センターから紹介いただき、いろいろな仕事にチャレンジしました。しかし、自分のスキルと仕事内容とのミスマッチングが続き、なかなか長続きしませんでした。そんな時に紹介されたのが、介護付有料老人ホームでのクリーンスタッフでした。これまで、仕事がなかなかうまくいかないのは、認知症という病気の事や自分にはできる事とできない事があることが、現場に細かく伝わっていないことが原因だったのかもしれないと思い、まず働く上で自分ができないことを施設側にしっかりと伝えるようにしました。施設長やスタッフの皆さんも、私の病気について理解を示してくれて、おかげさまで今でも仕事を続けられています。働きやすい職場で、70歳までは頑張って働き続けたいと思っています。

 

同時に、若年性認知症に対して社会の理解がすすんでいない現実も知りました。認知症には「痛み」がないので、自分一人で気づくことが難しい病気です。だからこそ、多くの方に認知症のことを知ってもらうことで早期受診・発見につなげてほしい。そのために自分の体験がきっかけになったらいいという想いから、啓発活動も始めました。現在は、行政や地域包括センター、当事者会などが主催するセミナーや講演会で自分の体験をお話ししています。

 

認知症になったからこそ伝えたい

これまで、家族をはじめ病院の先生や看護師さん、若年性認知症総合支援センターの方々など、本当にたくさんの方たちから応援やサポートをいただきました。そのおかげで今、人生を楽しめています。日常生活では、できない事を嘆くのではなく、工夫をすることが大事だと思っています。そうすることで生活しやすくなるし、「まだまだできることはある!」と希望がわき出てきます。啓発活動を経てさまざまな分野の方たちとの縁も広がり、認知症になったから世界が狭まっていくと思いきや、逆に広くなっている。認知症にならなければ見られない景色を見ることができています。これからも、仕事をしながら認知症の啓発活動を続けていきたいと思っています。

 

認知症についてさらに理解がすすみ、認知症になってもやりたいことをあきらめずに済む社会になることを願ってやみません。

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