
久保田 浩司さん
東京都立青鳥特別支援学校 主任教諭 ベースボール部 監督
八王子市生まれ。都特別支援学校の教諭に採用され、
17年にわたりソフトボール部監督として指導。
教諭の傍ら務めていた社会人野球クラブチームの監督を経て
2021年に東京都立青鳥特別支援学校に赴任。
2023年にベースボール部を創部し、2024年には特別支援学校として
全国初となる単独チームで公式戦に出場。甲子園夢プロジェクト発起人。
あらまし
- 青鳥特別支援学校にベースボール部を創部し、知的障害のある子どもたちと甲子園出場に向け挑戦を続ける久保田浩司さん。久保田さんが特別支援学校で野球を教えるようになったきっかけや子どもたちへの思いなどについてお話を伺いました。
ある生徒との出会い
小学校3年生から野球を始め、中学・高校・大学と野球一色の生活を送ってきました。大学生の時に高校野球の監督になって甲子園をめざしたいという夢が生まれ、教員の道へ。しかし実際に採用されたのは養護学校(現:特別支援学校)でした。当時は「障害のある子たちに野球を教えることは無理だな」とショックを受けたのを覚えています。
赴任して3年目にクラブの顧問を引き受けたことをきっかけにソフトボールを教えるようになったのですが、ここで転機が訪れます。あるダウン症の生徒が私に「キャッチボールを教えてくれ」と言ってきたのです。あまりにも真剣なまなざしで訴えるので教えてみたら、時間はかかりましたが少しずついい球を投げるようになったので「ナイスボールだ!」と思わず言ったら、その子が満面の笑みで喜んでいて、その姿に衝撃が走りました。今まで障害のある子どもに野球は無理だと思い込んでいたけれど間違いだったと。何よりその子の喜んでいる姿が忘れられず「障害があっても野球はできる。この子たちに野球を教えたい」と思ったのが最初のきっかけです。その生徒との出会いがなかったら、今どうなっていたか。それほど印象的な出来事でした。
夢だった硬式野球にチャレンジ
やるからには大会をめざそうと、まずは私自身がソフトボールを一から勉強しながら、しっかり指導していきました。必死に練習を重ねていくうちに徐々に実力がついていき、ついに東京都養護学校ソフトボール大会で優勝することができました。多摩市主催のソフトボール大会では健常者のチームにも1勝することができて、本当に嬉しかったです。その後、いくつかの学校へ異動を経験しながら17年ほど特別支援学校でソフトボールを教えました。縁あって、教員をしながら社会人野球クラブチームの指導者も約13年間務めました。野球を楽しむことに限っては健常者も障害者も関係ないと確信しましたし、監督としての指導の幅が広がり、自分の野球人生にとってプラスになった経験でした。
クラブチームの指導者を後進に譲り、同じ頃に青鳥特別支援学校への異動が決まりました。「夢だった高校野球に挑戦するには今しかない」と密かな想いを持ち続けていた頃、全国の特別支援学校に通う子どもたちに野球をする機会をつくりたいと思い、2021年に「甲子園夢プロジェクト」を発足。全国から集まった11名の子どもたち全員、野球が上手で衝撃を受けました。130㎞くらいの球を投げる子もいて「障害があるというだけで機会に恵まれず、こんなに上手な子たちが全国に埋もれている。自分が先陣を切って環境を変えていかなければ」と思い至り、自分のフィールドである青鳥特別支援学校でも硬式野球のチームをつくり、甲子園をめざすという私の新しい挑戦が始まりました。

ある日の練習風景
硬式高校野球の監督人生がスタート
当時の青鳥特別支援学校には硬式野球の前例がありませんでした。障害のある子に硬式野球は危険という声もあったので、いろいろな配慮を織り交ぜた硬式野球の安全対策マニュアルを整備して学校側と交渉を重ね、硬式野球ができる環境を整えていきました。
最初は3名の生徒が入部をしてくれましたが、野球は大好きだけど基本的な野球のルールはよく分かっていない子ばかり。障害の特性ゆえに習得したことをすぐに忘れてしまう、感情のコントロールがうまくいかない……。最初は問題が山積みでした。そんな状態でしたから、まずは挨拶から野球のルール、グローブやバットの持ち方など、硬式野球の基礎をとことん教えていきました。「甲子園をめざすなら都の高等学校野球連盟(以下、高野連)加盟は必須。この実力で大丈夫か」と逡巡していましたが、また転機が訪れます。部員の一人がある時、新品のグローブを持っていたんです。硬式野球のグローブは高価なので「どうしたの?」と聞くと「野球がしたいから自分のおこづかいで買いました」と言うのです。その時に、高野連加盟を悩んでいた自分を恥じました。実力は伴っていなくても、それだけの意欲があるなら挑戦してみようと思い、都の高野連加盟に向けて動き出しました。そして2023年5月。念願の都高野連に加入が認められました。
同年に都立深沢高等学校、松蔭大学附属松蔭高等学校とともに連合チームで全国高校野球選手権西東京大会に初出場を果たし、翌年2024年度には単独チームとして大会に出場することができました。初年度は0-66とコールド負けでしたが、相手との点差も年々縮まり、少しずつ実力が伴ってきていると実感しています。

ピッチングのフォームを教える久保田先生
子どもたちと夢を追いかけ続けたい
これまで節目節目で生徒と出会い、背中を押してもらいながら指導の道に邁進できた野球人生でした。野球ができることが楽しく、いきいきとボールを追いかける生徒。「野球、楽しいか?」と聞くと、「楽しいです!」と笑顔で答えてくれる生徒。私にとって子どもたちの笑顔は何よりの喜びですし、「よし、もっとうまくさせたい!」と思います。子どもたちにはずっと野球を好きでいてもらいたいですね。
子どもたちに指導する時に心がけているのは、分からないことを前提にして、どうしたらできるようになるかを根気よく考え、その子のレベルに応じて、1つできたら2つできるように指導すること。「なんでそんなことも分からないんだ」という考え方をもつと、彼らは一ミリも成長しません。「分からないのが当たり前」という気持ちで、うまくいったら褒める。これは常に心がけていることです。
目標は“とにかく1勝”。そして甲子園出場。そのために日頃の努力は怠らず、子どもたちと楽しみながら野球を続けていきたいです。









