「場面緘黙」症の当事者活動をしている 入江 紗代さん
「場面緘黙(ばめんかんもく)」を知っていますか?
掲載日:2017年11月29日
2016年2月号 くらし今ひと

子どもの頃の写真(家にいる時)

 

あらまし

  • 特定の場面において話ができなくなってしまう「場面緘黙」症状を抱えながら、「声にならない声」を発していく当事者活動をされている入江紗代さんにご寄稿いただきました。

 

 「       」。無口で無表情、地蔵のように固まる私。それとは逆に、過敏になっていく全身のアンテナ。閉じ込められている声が、言葉が、感情が、外に出してくれといつも叫んでいる。

 

家の外ではしゃべれない

家ではうるさい程におしゃべりでした。しかし、幼稚園や学校ではしゃべれない。大人しく人見知りの面はありましたが、別人のように固まってしまう「緘黙症状」は入園して初めて経験したと思います。自分の気持ちを出すことができない。声も出ない。雑談や人の輪に入ることができない。「ありがとう」が言えない。本来の気持ちや性格を封じられてしまう。理由も分からない苦しさ。重要な事ほど言えなくなる。それらが「場面緘黙」という症状とは知らず、私は長年苦しんできました。

 

子どもの頃の写真(幼稚園にて)

 

力を発揮できない悔しさ

授業中は正しい答えが分かっているのに発言できない。人と協力することが苦手で力を発揮できない悔しさ。優しく声をかけてもらっても反応できなかったり、話せないことで腫れ物に触るかのような目で見られたりする。居たたまれず申し訳ない気持ち、話しかけられるのが怖い、さまざまな想いがどんどん膨らみ、積み重なりました。休み時間は、ただ席で固まっていました。入園前からの近所の友達とは学校でも話せました。成人して何とか人と話せるようになっても生きづらさは消えず、うつなどの心身の不調で入院したこともあります。

 

私ひとりだけではなかった

27歳の頃、「場面緘黙」という言葉を偶然インターネットで知り、私は場面緘黙症の当事者となりました。世界に私ひとりだけではなかったという衝撃、他にも私と同じような人が存在しているという安心感。そして、もっと早く知りたかったという気持ちもありましたが、今まで曖昧で八方塞がりだった悩みの輪郭を、やっと把握することができました。未だに話せない時はありますが、そんな自分を以前の様に責め過ぎない自己肯定にもつながりました。

 

人との関わりの中で

場面緘黙は社会的認知が低く、研究も進んでいません。正確な理解や支援の手も行き届いていない現状です。私は、治療的な支援だけでなく、当事者が人との関わりの中で自己実現(表現)や社会参加が達成できるような、少しずつ経験値を増やせるような、そんな足掛かりとなる機会が必要だと感じ、「かんもくの声」という名前で当事者活動を始めました。場面緘黙を知らない方に知ってもらうことも、常に意識しています。

 

私たちらしい発信の形

緘黙気質を持ちながら活動することで、時に身を削がれるような思いをすることもあります。しかし、声をあげにくいからこそ、今まで埋もれていた「声にならない声」を発していくことが必要です。また、話すことだけではなく、私たち場面緘黙当事者らしい発信の形で社会へ伝えたい。そのような模索も大切だと感じています。今の私の関心は「場面緘黙にとってのバリアフリー」です。それは、緘黙の有無を問わず、より多くの人が暮らしやすくなる社会と通じています。当事者にとって自分を理解してくれ、自然に接してもらえる人の存在は何よりも支えになります。場面緘黙への理解を求めつつも、お互いの対話を大切にできる社会を見つめていきたいと思っています。

取材先
名称
「場面緘黙」症の当事者活動をしている 入江 紗代さん
概要
かんもくの声
https://www.facebook.com/kanmokunokoe

場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)

【用語説明】
保育園や幼稚園、学校など、特定の場面において話ができなくなってしまう不安症状。認知度が低いため誤解も多く、家庭や教育等の現場で必要な理解と支援が得られていません。改善のためには早期の個別的対応と支援が必要だと言われています。
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