(社福)至誠学舎立川 顧問 高橋 利一さん
施設の子どもたちと一緒に育てられた
私が母に連れられて祖父の経営していた立川の少年保護施設に来たのは、5歳の時でした。それからは、施設の子どもたちと寝起きを共にし、同じ学校に行き、同じものを食べて育ちました。高校へ通う費用が工面できないとなれば、施設の子どもたちも総出で子豚を育て、それを売って学費を捻出していました。
施設の子どもたちと一緒に育ってきて身についたのは、福祉職として、支援を受ける立場になって支援策を考えるということです。そのためには、一人ひとりにどこまで寄り添えるかが問題になってきます。「あの子のためにこうしよう」と思えるような関係づくりが、より深いニーズに気づくことにもつながります。
「ニーズの種」を見つける
それと同時に、支援を実現し継続するには、資金面等、経営者の視点も必要になります。継続した支援には必ず協力者が必要です。子どもたちの立場になりつつ、支援者として適切にそのニーズを代弁し、協力者を獲得し、支援につなげる。目的や目標を明確にして、それを実現するためには何が必要で、どんな過程を経れば良いのか。それらを具体的に示すことができれば、支援の道はひらけます。
例えば既存の児童養護施設では、子どもの受け入れが2歳からとなっており、乳児院から施設に入ってくる子どもは、親から乳児院、乳児院から児童養護施設と、大切な時期に何度も環境が変わっていました。そこで、社会福祉法人至誠学舎立川では、0歳から入所が可能で、家族の再統合にも取組める、新しいかたちの児童養護施設の立ち上げを計画したのです。資金面で大きな壁がありましたが、この施設をつくることで、どんな子どもが、どんなふうに助かるのかということを丁寧に説明した結果、企業から寄附をいただくことができ、平成21年に「至誠大地の家」を立ち上げることができたのです。0歳児は自分で意志を示すことはできません。私たちは、今まで関わってきた多くの子どもたちへの支援から「ニーズの種」を見つけ、まだ見ぬ入所者の最善の福祉のために、必要な協力者を得て、施設の立ち上げという花を咲かせることができたのです。
与えられることを待っていては、何も変わらない
児童養護施設は公の措置に基づく施設であるため、資金を公的な補助に頼りがちです。しかし、与えられることを待っているだけでは、決して現状をより良いものにすることはできません。
それは施設にいる子どもたちも同じで、施設を巣立った後、社会に依存しているようでは、誰も面倒を見てはくれません。自分が何をしたいのか、何を周りにしてほしいのか、それを適切な時期に、適切な相手に発信できれば、必ず誰かが手をさしのべてくれます。子どもたちには、「施設にいたからできなかった」ではなく、「施設にいたからできた」という自信をもって、社会で活躍してほしいと思っています。
理念を大切にしてほしい
戦後まもなく設立され、現在まで続いているような法人は、設立当初の理念が今も経営者、従事者の中で生きているのだと思います。最近は新しく事業を始めるにしても、今目の前で求められているニーズへの対応を優先して、理念については見栄えの良い言葉を選んで後付けしているような印象を受けます。しかし、特に福祉という人を相手にする仕事においては、理念は非常に大切なものです。法人の根幹となる理念が組織の末端まで浸透していればこそ、既存の制度やニーズにとらわれず、本当に必要とされていることに気づき、支援につなげることができます。
既存のニーズに頼ることなく、常に「ニーズの種」を探し、当事者の目線でものを見ながら、支援者の頭で考える。それが今後、福祉の分野で活躍するための鍵ではないでしょうか。
プロフィール
- 高橋 利一さん
1939年東京生まれ。児童養護施設至誠学園指導員、施設長。1993年日本社会事業大学教授を経て、法政大学現代福祉学部教授。法政大学名誉教授。社会福祉法人至誠学舎理事長、至誠学園統括学園長をつとめ、現在同顧問。児童養護実践の専門性の発展に寄与していくことを目的とした、一般社団法人日本児童養護実践学会の立ち上げに発起人として関わり、現在理事長を務める。
http://gakusha.org/