ハンドサイクルに乗る桐生寛子さん
あらまし
- 事故により脊髄損傷を負いながらも、ハンドサイクルをはじめ、さまざまな障害者スポーツを楽しむ桐生寛子さんにお話を伺いました。
スポーツは身近な存在だった
もともとスポーツが好きで、小学校では体操や水泳、中学校・高校ではバスケットボール、大学生になってからはスノーボードを楽しんでいました。小さい頃は身体を動かすことが得意で、できることが増えていくのが楽しかったです。また、中学校・高校と所属していたバスケ部では、朝晩の練習が大変でしたが、仲間とともに「勝ちたい」「うまくなりたい」という目標のもと、楽しみながら続けることができました。
平成22年、スノーボード中の事故で脊髄損傷を負い、車椅子生活となりました。受傷した直後は、今までに感じたことのない絶望感でいっぱいでした。「どうして私が?」と何度も思いました。何より、大好きだったスポーツができなくなることが悲しかったです。しばらくはふさぎ込んでいましたが、治療を終え、リハビリテーション病院に転院してからは、考え方が変わったことを覚えています。同年代の脊髄損傷を負った患者さんが、元気に車椅子で走り回ったり、事故のことなどを笑顔で話していたのです。症状や悩みなどについて話すことで、気持ちが少し軽くなり、前を向くことができるようになりました。
障害者スポーツとの出会い
入院中に障害者スポーツの雑誌を見てチェアスキーの存在を知りました。また、理学療法に車椅子バスケや水泳のプログラムがあり、車椅子でもスポーツができるんだということを知りました。それから、障害者スポーツについて調べるようになり、退院した年の冬には、チェアスキーの講習会に参加しました。今まで挑戦したスポーツは、チェアスキーのほか、スカイダイビングやクライミング、サーフィンやハンドサイクルなどです。一度きりのものもありますが、「とりあえず楽しそうなものはなんでもやってみよう」という思いで挑戦しています。今後もさまざまなスポーツに挑戦したいと思っていますが、何か一つを極めてみたいという思いもあります。これからも続けていきたいと思うスポーツに共通して言えることは、一人ではなく、仲間と一緒に楽しめるということです。脊髄損傷を負ってから、前向きになるきっかけを与えてくれたのも、仲間の存在でした。仲間がいると、喜びや達成感が何倍にもなります。また、頑張ろうという勇気とやる気を与えてくれます。これからも仲間とともにスポーツを楽しみたいと思っています。
サーフィンの様子
仲間とともにチェアスキーを楽しむ(左)
車椅子でもできることはたくさんあることを伝えたい
私自身、障害を負うまでは、障害のある人と関わったことがなく、別の世界の人だと思っていました。そのため、「かわいそう」だと思うこともなければ、「頑張っている」と思うこともありませんでした。一度だけ、学生時代にアルバイトをしていたお店で車椅子の方からの「入店できますか」という電話に対応したことを覚えています。お店は2階にあり、階段を上ることが物理的に難しいと思ったので、お断りしてしまいました。当時は、車椅子を持ち上げて階段を上るという発想がありませんでした。過去の私のような考えをもつ人は少なくないと思います。
現在はSNS等を通じて、日々の出来事を発信したり、障害者スポーツを広める活動に参加しています。地道なことではありますが、”車椅子を使用していても外出できるし、スポーツができる”ということを車椅子を使用する私自身が伝えることが周囲の障害者への理解を深め、心のバリアフリーの一歩となると考えています。