(社福)東京緑新会「多摩療護園」日中活動担当 山下 正文さん
あらまし
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社会福祉法人東京緑新会多摩療護園では、自立退園した方が地域生活を継続していくために、身体的・精神的なアフターフォローの必要があると考えています。
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本号では、まずは退園者等への言葉かけをはじめ、身体に障害がある方が身近な地域で身体を動かせる場を提供している取組みをご紹介します。
立川市で一人暮らしをしている松本たか子さんは、毎週木曜日の午後にマット運動室の地域開放を利用するため、多摩療護園にヘルパーと通ってきます。多摩療護園は社会福祉法人東京緑新会の運営する旧身体障害者療護施設で入所者の全員が障害支援区分6の最重度認定を受けています。松本さんは、9歳の頃に小平市にある整育園に入所し10年間を過ごした後、多摩療護園の前身である多摩更生園で20年間過ごしました。そして、その後、念願かなって地域でのアパート暮らしをはじめて19年が経ちます。
地域開放の時間、松本さんは、マットに横たわり、天井からぶら下がる風船を使った動きや、じゃんけんを応用した手の動きの訓練をPTや日中活動・運動担当職員と一緒に行います。
退所して19年経つ松本さんは、立川市から訪れます
じゃんけんを応用した手の動きの訓練をする松本さんと山下さん
生活の場を活かした運動メニュー
マット運動室は、多摩療護園5階の一角にあります。普段は、居住者や通所の利用者向けに使用している場所ですが、毎週木曜日の午後2時から4時の間は、地域で暮らす身体障害のある方に無償で開放しています。もちろん運動メニューも併せて提供しています。運動メニューと手技などは、施設のPTと地域開放利用者が相談して決めます。利用者自らが強く希望する内容や、担当職員が提案しPTに了解を得た項目などを加えて行います。
マット運動室の開放は平成15年から実施しています。多摩療護園生活部日中活動リーダーの山下正文さんは、取組みのきっかけについて、「施設周辺で中途障害と思われる若い方を見かけることがあった。身体を動かしたくても、障害者スポーツセンターなどへ行くのも大変。身近な場所でミニチュア版ができないかと、当時のPTと話したことだった」と話します。そこで、前述の松本さんのような自立退園をした方や、地域で暮らす通所や短期入所利用経験者の方へ声をかけ、マット運動室の地域開放を開始しました。
アパート暮らしではできない運動メニューもあり、ストレス解消にもつながります。取組み開始当時、訪問リハビリの地域資源が少なかったこともきっかけの一つです。地域開放利用者に職員がマンツーマンで対応できるのは20分程度です。しかし、利用者はこの運動メニューを行うために、家族やヘルパーに同行を依頼して参加するので、真剣に取組みます。山下さんは、「PTとも常に確認し合うが、ここは病院ではなく生活の場。そのため、利用者が主体となり本人の希望に沿って、楽しさを感じながら取組めるよう工夫している」と話します。また、配慮している点は「新しいことや難しいことに無理して取組まないこと」だと言います。その理由について、「家で同じことができなくて落ち込んだり、無理に頑張ってしまう恐れがあるから」と説明します。いまその方にちょうどいい動きを、無理せず楽しく行うことを大切にしています。
短期入所利用経験者の瀬川さん。PTの渡部崇さんと体を動かします。
PTの渡部さんと瀬川さん
退園者の地域生活継続を支える
多摩療護園では、自立退園した方が地域生活を継続していくために、身体的・精神的なアフターフォローの必要があると考え、退所者に対して、担当者を決め半年に1回訪問をします。地域生活では、施設入所時の生活とくらべ、自分の時間を自分で過ごすことがより多くなります。複数の職員が対応するのと違い、家の中でヘルパーと1対1になるなど、介助者との関係性も変わります。ヘルパーが来なくなってしまうかもしれないと、言いたいことが言えずため込んでしまう場合もあります。「在宅生活は、自己決定して自分でヘルパーに伝えなければならない。内容によって伝えられないことや、どんなふうに答えていいかわからないこともある」と松本さんは話します。
このように、退園後の環境の変化や人間関係でストレスを感じるという方もいる中、週1回でもマット室の地域開放で思いを吐き出したり、ほっとできる心の拠り所にもなる場になればという思いで継続しています。
実施体制は、PT1名、日中活動リーダー1名、日中活動・運動担当職員5人のうち1名です。地域開放の対応者は、利用者の身体のことを把握している日中活動・運動担当職員に限定しています。過去に入所や通所でかかわっていた方たちなので、ある程度の身体状態についての情報は把握しています。しかし、退所後、一定年数が経過する中、日々の状態観察はできないため、地域開放の利用者には主治医意見書を提出してもらっています。その上で、身体の動きや呼吸に関しての細かな禁忌や注意事項を確認・把握しています。
施設も地域の関係機関と関係が深まる
取組みの成果として、地域で暮らす退園者の身体的・精神的な支えになっているとともに、その方が地域でつながっているヘルパーや所属支援事業所と多摩療護園の関係がつくれることがあげられます。地域開放利用者の在宅での様子や、サービス利用状況を把握することで運動メニューの内容も工夫できます。また、同時に多摩療護園が近隣地域の事業所や関係者を知る機会にもなり、アドバイス等のフォローが行えるなど、つながりが深まります。
地域開放を行うことで、「施設利用者にとっても、自立生活をおくるかつての仲間の声を聞ける環境ができ刺激になっている」と山下さんは話します。そして、取組みを通じ、「施設利用者の退園後のアフターケアの大切さを職員としてしみじみと感じる」言います。
定期開催する施設オンブズパーソン委員会でも、「地域開放は、ここに来るのを楽しみにしていていい時間を過ごしているのがわかる」「自分のたどった経路を忘れずつながっていることは大切。このようなニーズはある」などの意見が聞かれます。現在は、地域開放利用者は退園者が中心となっていますが、今後、在宅で生活する身体障害のある方にもっと広められないか、そして、地域で行われているさまざまな住民の活動にも接点を持てないか模索しているところです。
オンブズパーソン委員会の様子
平成4年に福祉施設オンブズパーソン制度を日本で初めて多摩療護園が取入れました。
法人概要
- (社福)東京緑新会
昭和47年4月に都立民営方式による身体障害者療護施設「東京都多摩更生園」として開設。平成10年に「東京都多摩療護園」に名称変更。平成21年には、財団法人「多摩緑成会」から分離・独立した社会福祉法人「東京緑新会」が運営を引き継ぎ、民立民営施設となる。現在の定員は、生活介護80名(入所58、通所22)、短期入所2名。
http://www.t-ryokushin.or.jp/