(2)福祉の原点に立ち返りつつ、新しい時代の人格尊重原理を
福祉の世界と私の関わり
気がつけば、福祉の世界に関わって、もう30年を過ぎました。どうして福祉の世界と関わるようになったのかと尋ねられることも多いのですが、特に理由はありません。福祉の世界が他者の人格尊重を目的としている限り、ビジネスの世界におけるよりも自分がやりがいを見出せたということです。
幼いころ、私の周囲には知的障がいのある人たちや生活保護を受給しているヴァルネラブルな人たちがいて、ごく普通の交流がありましたから、福祉の世界に関わることに違和感はありませんでした。ごく自然に他者の人格を尊重するために、福祉の世界に関わることができたと思っています。
この10年で変わったもの
ところが、最近10年で世の中が相当変わってきました。いろいろな原因が考えられますが、最も大きいのは、SNSの発達ではないかと思います。以前は、対面でのコミュニケーションこそが他者との精神的な交流を促し、他者の人格を尊重するために不可欠であると思われていました。しかしSNSの時代には、コロナ禍の影響もあって、対面でのコミュニケーションは激減することになったと思います。
SNSのような社会的なコミュニケーション·ツールが発展すること自体が悪いはずもなく、大いに発展すべきものです。しかし、物事には功罪というものがあり、SNSの「罪」の部分は、他者の人格を貶めることを快楽に変えてしまうところにあると思います。あおり運転、ハラスメントやいじめの問題とも共通しているのではないでしょうか。そして、匿名性が高まれば高まるほど、他者の人格に対する攻撃は強度を増すと思います。
これからの福祉の世界に必要なこと
もしそうだとすれば、福祉の世界、特に権利擁護を目的としている世界と、SNSによる「罪」の世界とは、正反対の関係にあるということです。悲しいことだとは思いますが、他者の人格を傷つけ、それ自体を快楽とする人も存在します。
したがって、これからの福祉の世界に必要なことは、福祉の原点に立ち返って、他者の人格を尊重するとはどういうことなのかを、もう一度明確にしていくことなのではないかと思います。それは、福祉の世界が他者の人格を尊重するために存在しているからこそ可能なのだと思います。
ここで福祉の世界で他者の人格を尊重するとは、必ずしも福祉サービス利用者の人格だけに向けられたものではありません。利用者の人格を尊重する現場の最前線にいる職員の人格も含んでいます。今までの福祉の世界では、職員の人格尊重が見えなくなってしまっていたのではないでしょうか。そのため、福祉の現場でのカスタマー·ハラスメントも生じてきたのではないかと思っています。
これからの福祉に携わる人に向けて
私のような前世代の人間が、偉そうに指示すること自体が間違っているように思います。なぜなら、われわれアナログな感覚の世界とは異なる世界がすでに到来し、これからはデジタルな感覚の世界の中で、他者の人格が尊重されるようなシステムが構築されなければならないからです。新しい舟を動かすのは、新しい乗組員のはずです。
新しい時代には、新しい時代としての人格尊重原理が作られなければならないですし、そのための新しい社会福祉のシステムを構築していくことが求められています。特に、ハラスメントやプライバシーなどという変動する概念については、新しい人たちによるビビッドな捉え方が重要になると思います。われわれ前世代の人間も、新しい人たちによるビビッドな捉え方から学ばなければならないでしょう。
政治の世界だけでなく、福祉の世界でも世代交代が適切に図られなければなりません。先人たちの構築してきた素晴らしい成果を否定する必要はありません。先人たちの足跡から学びながら、新しい福祉の世界を新しい世代に構築してもらうために何ができるのかを考える、それこそが前世代の人間が今後貢献していく道ではないかと思っています。