あらまし
- 近年、福祉を学んだことがない人や他業種からの転職者などの「未経験者」の福祉分野への参入が増えていると言われています。一方、離職した介護職員のうち、約6割が勤続3年未満の職員というデータがあり、新任職員の定着が課題の一つとなっていると考えられます(出典:(公財)介護労働安定センター「令和2年度介護労働実態調査」)。
- これらの背景から、東社協では、未経験者を含む新任職員の定着に着目し、状況改善に取り組んでいる施設のヒアリングをすすめています。今号では、その中から3施設の取組みを紹介します。
充実した採用と育成、定着を実現するために新たな委員会と制度を創設~【児童養護施設】公益財団法人生長の家社会事業団 生長の家神の国寮(国立市)
生長の家神の国寮では、2017年度に施設内に人財対策委員会を設立しました。委員会のメンバーは入職15年前後の中堅職員3名で、主に採用・育成・定着に関する取組みを行っています。
新任職員育成のための「チューター制度」を創設
生長の家神の国寮では、育成やOJTのしくみを体系化するため、2018年にチューター制度を創設しました。
新任職員は入職直後に3日間の新人研修を受講します。その際に、業務チェックリストとKPTシート、目標設定シートが同封されたファイルを配布します。業務チェックリストは自分がやるべきルーティン業務を細かくリスト化したもので、KPTシートは「K:Keep良かった・続けたい P:Problem難しかった T:Try次回からやってみよう」を記載する日誌形式のシートです。KPTシートには、チューターや先輩職員が毎日コメントを記入し返信します。目標設定シートは、1、3、6か月目に自ら目標を設定するシートです。研修最終日にはチューターと新任職員との顔合わせと挨拶を行い、ファイルの使い方等を説明して現場での業務がスタートします。
現場に出て1か月目は、チューター職員をはじめ、先輩職員と同じ時間帯で勤務し、業務を覚え、毎日終業前の15分程度で業務チェックリストとKPTシートを用いた業務の振り返りを実施します。2~3か月目は、単独勤務となり、終業前10分程度のKPTシートを用いた振り返りのみを行います。4か月目以降は、KPTシートを用いた振り返りが1か月毎となり、入職してから1年経過するまで続きます。
これらのシートをまとめたファイルは、新任職員の成長度を可視化し、ホーム内の職員全員が共通の目的をもって新任職員の指導にあたるツールとして活用されています。
チューター自身の成長も企図する
チューターは、新任職員と年齢が近く、経験年数が比較的浅い職員です。チューター制度は主に新任職員の育成と定着を目的にしていますが、同時に、年齢が若く、経験年数の浅いチューターの意識を高めることもねらいの一つです。チューターは任命後、2時間程度のチューター研修を受講し、チューター制度のしくみ、チューターの役割などについて事前に学びます。また、チューター研修終了後も、定期的にチューターだけが集まる会議を実施し、チューター自身が抱えている困りごとや不安、悩みなどをチューター同士で話し合える場を設けています。その場には人財対策委員のメンバーも参加し、皆で情報を共有して、さらにより良い取組みにするためのブラッシュアップを行い、ホームの先輩職員にもフィードバックしています。それにより、新任職員のさらなる成長と、チューター自身の成長にもつなげています。
チューターの担当期間は1年間で、年度末にはチューターと新任職員が1年を振り返る会を開催しています。チューターから見た新任職員の成長ぶりを讃えたり、新任職員はチューターにお世話になったことへの感謝の言葉を述べ、「2年目もさらに頑張って行こう」と拍手と笑顔で締めくくります。期間の最後まで新任職員とチューターのコミュニケーションの機会を大切にすることで、チューター制度終了後も困ったことが相談できる職場環境をつくっています。
チューター制度導入後、チューターからは「新任職員の指導を任されたことで視野が広がり、自身の成長につながった」といった声が聞かれています。また、チューター以外の職員からは「チーム支援への意識が高まった」などの声が聞かれており、制度導入が組織全体の意識の向上につながっています。
児童支援部門副主任の増子雄治さんは「チューター制度の意義をさらに明確化し、施設全体に浸透する工夫が必要だと考えている。全職員に目標管理面接を実施するなど、チューター制度の要素を全職員にも当てはめることで、今後は組織全体の底上げを図りたい」と話します。
チューター会議の様子
評価制度と育成制度の見直しにより、新任職員の定着を実現~【特別養護老人ホーム】社会福祉法人清心福祉会 ファミリーマイホーム(八王子市)
エルダー制度の導入により、指導方針を統一
ファミリーマイホームでは、5~6年前に当時の「育成マニュアル」が機能しておらず、指導が統一されていなかったことにより、新任職員の退職が相次いだ時期がありました。
この状況を受け、2018年度から「エルダー制度」と「育成計画書」を導入しました。育成担当となる職員たちが課題を出し合いながら検討し、育成計画書と業務到達度チェック表を作成しました。育成計画書は、新任職員がめざす成長の期間を明確にし、育成側と新任職員とが相互理解しながら、明確な目標に向かって指導できるものとしました。業務到達度チェック表は、日ごとの到達度が可視化されることで、それを見た職員全員が理解でき、育成担当者以外の職員が新任職員のサポートに付いてもスムーズにフォローすることができるようにしました。制度導入により、指導方針を統一し、職員全体で新任職員の育成にあたるしくみをつくりました。
人事考課を見直して新たな評価方法を導入
田代航也さんがファミリーマイホームの施設長として就任した2020年には、人事考課制度を大きく見直しました。
それまで用いていた人事考課シートは、職種問わず同じ内容の書式でした。ファミリーマイホームでは、介護課、医務課、栄養課など各課において求められる専門性はさまざまです。そこで、適切な評価が行えるよう課ごとに人事考課シートを一新しました。
シートでは、どの課にも共通する大項目として「社会人・組織人としての必須項目」を設けました。挨拶、感謝の言葉などは基本的なマナーとしてだけでなく、職員や、利用者との信頼関係を築く上でとても重要だと考え、人事考課シートにおける中核を担う項目として設定しています。それに続く2つ目の項目として、課ごとに内容が異なる「職務内容に対する必須能力」の項目を設けています。そのほか、自分自身のスキルアップの向上を目的とした「資質向上に向けた目標」、「業務改善・コスト削減に向けた目標」という2項目が続き、合計4項目の構成となっています。
基本的なマナーを底上げすることで、組織全体の意識向上になると考え、小さなことから一つずつ足並みを揃えていくことを意識した人事考課シートとしました。現在、法人全体のスタンダードなシートとして活用しています。
また、シートの改訂にあたり評価を「他者評価」に統一しました。真面目に業務に取り組んでいる職員は自己評価が低い傾向にあるなど、個々の職員の姿勢によって自己評価にばらつきがあったためです。一定の根拠に基づき、公平な視点で評価することができるようにしています。
優れた職員を「ベストマナー賞」で個人評価
そのほかの取組みとしてファミリーマイホームでは2018年度から接遇が優れている職員を表彰する「ベストマナー賞」を実施しています。各職員が一票の投票権をもち「この人の接遇はすごい」と思う職員に投票します。上位10名は掲示をし、うち上位3名については職員の前で表彰します。
それまでは、社会人としての基本的マナーや接遇に関しては、人事考課の中で個別面談を通して定期的に振り返るシステムをつくっていましたが、意識化が十分にすすみませんでした。一方で、これらが優れた職員を評価する習慣もありませんでした。2020年度は新型コロナの影響により個別の表彰としましたが、職員の前で表彰することにより、やりがいにつなげるねらいがあります。
ベストマナー賞表彰の様子
外部の良い取組みを柔軟に取り入れる姿勢
育成考課シートや人事考課シート、ベストマナー賞の創設にあたっては、外部研修や関係団体とのつながりを通じて得た情報が大きかったと言います。田代さんは「自分で調べることはもちろんだが、ノウハウの源泉は常にアンテナを張り巡らせながら、外部研修や各施設で実践されていて良いと思ったものを真似ること。まずは取り入れてみて、その後に法人独自の形にカスタマイズしていくことが、新たな取組みの実践への近道」と話します。
「原理原則」から育成のしくみをつくる~【障害者支援施設】社会福祉法人龍鳳ライフパートナーこぶし(東久留米市)
新任職員の研修とOJTを重視
ライフパートナーこぶし(以下、こぶし)は、新任職員が「楽しい」「できた」など、成長を感じられるような育成のしくみをつくっています。
階層別研修の中で新任職員向けには、障害の特性の基本から理解できるように「基本コース」を設け、年6回実施しています。内容は、自閉症やダウン症等の特性や心理検査の内容、障害のある方とのコミュニケーションの取り方等です。
階層別研修のほか、OJT、SDS(自己啓発援助制度)も実施しています。OJTは、新任職員1人につき2人のトレーナーおよびチームリーダーが付き、計3人の職員で育成しています。また、新任職員自身が1年後の自分の姿を明確化できる育成計画書や、2年目までに身に付けたい知識・技術・態度について確認できるスキルUPシートも設けています。それらOJTのすべての内容が人事考課制度と紐づき、設定した目標をトレーナーと新任職員が協力して達成できるようにしています。
さまざまな職場内プロジェクトで活性化を図る
こぶしでは、新任職員の育成に力を入れるだけでなく、職場全体の良い雰囲気づくりにも取り組んでいます。例えば、職場の活性化や職員の成長等を目的として、働き方改革プロジェクト「やったる課」や人権プロジェクト課等の職場内プロジェクトがあります。
働き方改革プロジェクトでは、職場環境改善に取り組んでいます。人権プロジェクト課では、利用者や支援者の良いところを見つけて書き出す「良いところ探し」や、肯定的な言葉が自然に出るようにするための「肯定語選手権」などを実施しています。肯定語が飛び交う職場になれば、利用者の権利擁護にもつながるからです。
各課の課長には、4〜5年目以降の中堅層を課長に選出し、課長とサブの職員が中心となり、法人の経営計画や組織図に示した各課の職務分担等に基づいて、1年間の運営計画や予算計画を立てます。そうすることで課自体が小さな会社として捉えられ、マネージングや経営的なスキルの積み重ねにつながり、職員自身のやりがいもアップすると言います。
このように取り組んでいる背景には、離職が相次いだ問題がありました。約8年前、連続して複数人の退職者が出た時期があり「当時はトップダウンで物事をすすめていたこともあり、それに対する不平不満があった。その苦い経験から、何かをやる時には職員に対してきちんと説明し、同意を得た方が良いと学んだ」とサービス管理責任者の坂口麻衣子さんは言います。
そこから「人=職員が育つ視点と利用者さんが育つ視点は一緒」という考え方、そして施設長のトップとしての考えや想いを職員に伝えることを大事にしながら、改善をすすめてきました。
新人職員と先輩トレーナーによるチームビルディング研修の様子
「原理原則」の考え方で接する
新任職員の育成について、施設長の貝沼寿夫さんは、基本的には難しく考えなくて良いのではと言います。「きちんと挨拶をする、嘘や悪口は言わない、約束は守るなど基本的なことができれば十分。さらに雰囲気や人間関係が良ければ新任職員も安心できるだろうし、職員も気持ち良く働き続けてくれると思う。当たり前のことを当たり前にやるという『原理原則』は、昔から変わらない。ここがすごい、やってくれてありがとうと伝える方がお互い心地良い。そうすれば、良い所もちゃんと見てもらっているという安心感が組織の中で充たされるはず」と話します。
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現在、東社協では、未経験者を含む福祉職場の新任職員の定着に向けて、彼らがよく抱える困りごと事例やそれを解決するための考え方のヒント、実際の施設での取組み事例等を掲載した冊子を作成しています。今号に掲載した施設のより詳細な取組み内容も掲載します。3月に、本会会員施設等に配布する予定です。
http://www.kamino92.or.jp/index.html
(社福)清心福祉会ファミリーマイホーム
http://www.seishinfukushikai.jp/familymyhome.html
(社福)龍鳳ライフパートナーこぶし
https://fukushiryuhoh.or.jp/kobushi/